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魔法を信じるかい? ― マッドサイエンティストの異世界旅行  作者: 黒々猫
■■■■■■ 第8章 マッドは厄介事の代名詞
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■■■ Step079 マッドサイエンティストの周りにはマッドな人が集まる

「すまないな。夕食後に集まってもらって」


時間は夜の9時を回っている。異世界だともう就寝の時間だが、ちょっと無理を言ってエルセリア諜報団『黒猫』のメンバーに集まってもらったのだ。


「いえ。記念すべき『黒猫』の最初の活動方針の確認ですからな。ねぇ、黒猫隊長」


ミルダンから話を聞いたのだろう。キールが茶化す。


「だからやめてくださいよぉ~...」

「はいはい。始めるからこっちに注目してくれ」

「ふええぇん...」


カリナを含めた5人にはテーブルに座ってもらった。当然カラーは私のそばに控えている。良くできた護衛だ。

カラーは攻撃できないけど、堅牢不滅型なので神の一撃以外では傷一つ付かない。一番の問題は外見が超絶美女なので、盾にする事には抵抗はあるのだが、諦めるしかないな。


テーブルの上にはそれぞれの前にタブレットを置いてある。こちらの操作で画面に色々と表示させるようにしてある。


会話によって表示内容を変える場合は、現在構築中の情報処理専用AI「アルテミス」にさせる。

今朝ワークステーションが届いたので、早速仮稼働をさせている所だったのだ。


「まず最初に私からだが、カタランスで手に入れた白い粉は...人を堕落させる粉だと思う」

「堕落させる粉ですか?」

「あぁ、恐らく...だがな...今、ユリに確認してもらっているんだ」


私の研究所には、さすがに分析器のようなものは無いので、ユリに大学の機器を使って調べてもらっているのだ。


最初は「なんでやねん!!」とごねられたが、分析器を買うからという条件で無理矢理了承してもらった。

他にも、「女性が攫われている」と言ったので、やる気になったというのもあるが...。

分析器なんてものは、注文してもすぐには届かないんだよね...。


しかし、確かに物が物だけに大っぴらには調べられないから、ちょっと時間がかかっているそうだ。

が、分かっている範囲でも、どうやら「麻薬」の一種と考えて良さそうだ。


「聞いた事があります。クラスタンプよりも南方の小さな国で産出する花から取れるそうで、それを吸った者は快楽を得ると...そして...狂うと...」


やはり、この世界にもあったのか...麻薬の類は地球でも大昔からあるからな...。


「なるほど。で、カタランスの貧民街でそれをばらまき、住民を狂わせているか...」

「そう言えば、女性が居なくなっているって話は?」


カリナが聞いてくる。自分も女性だからな。気になるのだろう。


「まだ分からん。が、町長が白い粉をばらまいているとして考えた場合、女性を攫って奴隷として国外に売っているという可能性があるんだよな...」

「それ、普通にありそうですが?」


ミルダンが何でもないかのような顔で肯定してきた。政治の裏側を色々見てきたんだろうな。淡々とした表情だ。

だが、少しイラついているのが分かる。ま、不正に対して怒りを覚えなければ黒梟のような組織で働けないだろう。


「やっぱり普通にありそうなのか?」

「一番ありえそうですね。そもそも、町長に付いた騎士がいるのでしょう?裏工作とか簡単じゃないですか」

「はぁ~...頭が痛いな...」

「後は娼館で無理矢理働かせるとか...いや、それだと簡単に足が付きますな...やはり、奴隷にして国外に売るのが安全ですな」

「世も末だな...」


住民を守るべき町長が、貧民街の住人を奴隷として売る...いや、確定している訳ではないが、それ以外は考えられない。

テクスのように、脅迫している魔物でもいない限りは...ん?町長が脅迫されている可能性はあると言えばあるか...一応考慮しておこう。


「で、どうするのですか?」


カリナの一言で我に返る。確定していない事を考えても仕方がないな。

まずは200人をどうするかだが...。


「カタランスに派遣した200人のうち、100人を港に、50人を町長の屋敷に向かわせる。カタランスに駐留している騎士たちには、他の場所の警備をしてもらおう。不測の事態の対応だと、地元の彼らの方が対応しやすいだろう。残りの50人はそちらに入ってもらう」


タブレットにカタランスの地図が簡略化されて表示され、港に100、町長の屋敷に50、地図の外に327+50という数字が出る。

アルテミスがちゃんと稼働しているようだ。


それを見ても黒梟の面々は驚かない。まぁ、ここ数日カリナと一緒にスパイ衛星千里眼からの映像を見たり、ドローンの操作方法を覚えたりしているから、色々麻痺しているんだろうが...順応が早いな。


「なるほど...確かに一理ありますが...町長の屋敷に50人は多いのでは?」


確かにそうかもな。屋敷の中は感覚的に30人程度だろう。だが、戦闘員がいた場合を考えると、50人でも少ないかも知れないんだよな。


「想定外の事があると困るからな。町長の屋敷にはミフルも潜伏している事だし、念には念を入れるさ」

「ミフルですか...厄介ですな」

「知っているのか?」


そういや、ミフルは一時的に黒梟にも所属していたらしいからな。


「戦闘訓練を何度かしましたが、一度も勝てませんでしたよ」

「ミルダンでもか?」

「我々黒梟は諜報活動が主な任務ですので、戦闘能力はそれほど高くなくても良いのですよ。要は逃げ切れば良いのですから」

「あ~...なるほど」


つまり、「勝つ」意味合いがどこなのか?という事だろう。だが、そう言う意味ではミフルも「生き残る」事にかけてはかなり手強い。


「で、行動は三日後ですか?」

「そうだ。町長派が各地で暴動を起こすと面倒だから、本当は早急に対応したいんだけど、船で逃げる者たちが全て町長の屋敷にいるとは思えないんだよな...三日後の船に乗り込む所を押さえるのが一番確実だと思うんだよな」


本当は今すぐにでも、町長屋敷に突撃をしたい。だが、そうすると犯罪の芽を摘む事は難しくなる。

あと三日...胃が痛い...。


「それが良いでしょう。あとは、海上での捕り物が発生しそうですが?」

「それは私の方でなんとかしよう」

「なんとか出来るんですか?」

「三日後だからな...カタランスに行ってから準備では何もできないだろう?」

「出来ませんな...では、それはお任せします」


ほんとうは海上の話は考えていなかった...あっぶねぇ~...。

ここは夜霧に道具を積み込んででも船を一隻も出さないようにしないとダメだな。


明日、夜霧のメンテナンス時に色々ギミックを追加するしかないな。


「君たちには、クラスタンプから来た諜報員を頼むよ」

「それこそお任せ願いたいですが、具体的にはどのように?というか、クラスタンプ軍をどのように殲滅したか...我々は知らないのですが?」

「あ~...それは、私とカラー以外は誰も知らないぞ?」

「...誰にも教えないつもりで?」


諜報員としては気になるんだろうが、言わないと決めたし、そもそもタニアにも言ってない事だ。


「教えるつもりはない。知る者が少なければ、相手には伝わる事はないからな」

「それこそ、どうするつもりで?」

「クラスタンプの諜報員には、我が軍は強力な武器を持っている。それを見た敵は全て死に絶える。今回のクラスタンプ兵はそれを見た為、全滅した。とだけが伝わるようにしよう」


ともかく、戦闘行為に関しては二の足を踏んでもらいたいのだ。


「...はぁ...確かに、それが良いでしょうな...が、そのような意味不明な噂は難しいですぞ?少し考えさせてください」

「分かった。それは任せる。ちなみに、世間ではクラスタンプ軍の事はどのように噂されているんだ?」


誰も私に教えてくれないのだ。ここで聞くしかないのだが、全員困った顔でお互いの顔を見合わせ、ぽつりぽつりと教えてくれた。


「副官殿が蹴散らした...」

「副官殿が突撃して兵士を飛ばしまくった...」

「副官殿が雷を操って兵士を屠った...」

「副官殿が竜を従えていて、兵士を焼き尽くした...」

「副官殿は黄金の女神の加護を受けている...」


合ってる。合ってるけど...違うのがあるぞ!?


「なんだ?最後のは?」

「事実ですね」


すました顔でカラーが胸を張る。

豊かな胸を張るのは、それはそれで絵になるが、それ以上に頭が痛い。


「違うだろ!!」


私の一刀両断も堅牢不滅型ゴーレムには効かなかったようで、さらに胸を張っている。最初はそんなキャラクターじゃなかったのにな...誰の教育だよ。


「ともかく、ここ数日で街中で聞いた噂はそんな感じで、結局『どのようにクラスタンプ軍を全滅させたのか』は分からない状態でしたよ」


私とカラーのやり取りを真面目な顔でぶった切ったミルダンだが、口の端がひくついていたのを見逃さなかった。笑いをこらえていたようだ。


「ふ~ん...そうだ、2組の諜報員は今はどこだ?」


ここはあえて見なかった事にして、話題を変える。

私の敵前逃亡という事ではない。


「エルセリアの近くまで移動してきています。おそらく今日はエルセリアには入ってこないでしょう」


その言葉に反応して、タブレットの画面にエルセリア付近の2組6名の諜報員の位置が表示される。

画面には、諜報員たちが戦闘のあった場所にいる事が示されている。


「どうしてだ?」


諜報員の場所からエルセリアまでは2時間はかからない。今日中にエルセリアに入る事は問題ないはずだが?


「エルセリア郊外での戦闘の跡を調査しているようですので」

「あ、そうなんだ。真面目だねぇ~...」

「聞けば、副官殿は...あの...『電龍』でしたか?あれで敵に突撃しただけで、戦闘そのものはエルセリア軍と首都からの先遣隊が戦ったとか?」


キールが少し言いづらそうに聞いてきた。

いや、それ事実だから言いづらくなる必要はないんだけど?


「そうだね。私は3回ぐらい突撃しただけだ」


そう。突撃しただけ。途中で大怪獣の雄たけびを響かせもしたが、それだけだ。


「それは戦場跡からは分からないですな」


車輪の跡はあるかもだが、それだけでは何も分からないだろうしな。


「エルセリアの噂でも具体的には分からないと思いますが...」


カリナが難しい顔で言う。が、それは難しい話ではないぞ?そもそも事実なのは「突撃」「雷」「女神」だけ。いや、「女神」は勘違いだな。それで何を察しろというんだ?


「先ほど副官殿が言われた『強力な武器を見た敵は全て死んだ』という話、そのまま使えるんじゃないですかな?」


ミルダンが総括してくれた。横目でカリナを睨んでいるがカリナは気が付いていない。その内分かるだろうさ...。


「そうだね。あとは頼んで良い?」

「...お任せを」


返事をしたのはミルダン。ここは黒猫隊長の台詞だろうに...。


「ちなみに、どうするの?今から噂を流すのは時間が足らないと思うんだけど?」

「直接接触してみますよ」

「直接?」

「面と向かってはさすがに危険ですので、同じ酒場で飲み食いしている時に、我々の会話として聞かせるとか...ま、方法は色々あります」

「なるほどね。じゃあ、お任せで」


隊長であるカリナを置き去りにして、ミルダンと会話をして決定してしまった。

後でミルダンから絞られるだろうが、カリナ...頑張れよ。

カリナの横でカールがクスクスと笑っている。カールは全て分かっているんだろうな。一瞬目があったが、その目は「面白いでんな」と言っていた。いや、大阪人じゃないから、そんな言い方じゃないとは思うのだが...。


さて、クラスタンプの諜報員への対応はほぼ決まったな。

こっちはカリナたちに任せて、カタランスの方に集中するか。



翌朝、朝食を食べた後、電話が鳴った。ディスプレイを見ると「ニアラブ」とある。


...めっちゃ出るの嫌なんですけど...知らんふりして切ろうかな?...って、いやいやアカンやろ。


「はい。リョウですが...」


恐る恐る出てみると、元気な爺さんの声が響く。


「『黒猫』とはなんじゃ!全く勝手しおってからに...」

「いや、エルセリアは最前線なんですよ?諜報部隊がないと困るんですよ!」

「分かっとるわい!じゃからカリナやミルダンを派遣したんじゃろうが!」

「だったら別に良いじゃないですか。カリナを好きに使えって言ったのはニアラブ様ですよね?」

「お前の監視じゃ!」


だああぁぁぁああ!!それも知っとるわい!!


「素直にちゃんと監視されているじゃないですか!だからカリナから『黒猫』の話も聞いたんでしょ?」

「全く...毎回毎回思いつきで行動しおって...儂の身にもなれ」


なってますよ!!だから色々とこっちも情報を流しているんじゃないですか!!


「すみませんね。で、言いたい事はそれだけですか?」

「そんな訳あるかい!!カタランス町長は解任という王命が下された。正式な書類は既に出しておる。今日中にエルセリアに届くじゃろう」

「ありがとうございます」


さすがニアラブ様。持つべきものは話の分かる上司だね。


「しくじるなよ?あとタニアはどうするのじゃ?」

「今回もタニアには留守番をしてもらいます。聞いたと思いますが、クラスタンプの諜報員がエルセリアに入りましたので、用心の為動かないように言ってあります」

「よろしい。あとは任せる」

「はい。勝手にやります」

「勝手にせい!!」


と、電話が切れた。


怒られちゃったが仕方ない。しかし、書類を送ってくれたことは非常に助かる。

これで、堂々と町長屋敷を制圧出来るな。


ちなみに、朝食前にエリーからクラスタンプの諜報員がエルセリアに入ったと連絡を受けたのだ。入って来たのは1組だけ。


2組同時に入ったら怪しまれる可能性があるとか考えての事なのだろう。

恐らく、もう1組は昼過ぎぐらいにエルセリアに入るだろう。


カリナにも一応伝えておくか。


そのまま本邸5階に上がり、カリナたちに状況説明をしておいた。

昨晩色々と話をしておいたから、話はスムーズに終わった。


やっぱり事前の認識合わせは大事だよね。



ニアラブ様の電話の後、午前中は前輪二輪大型電動バイク『電龍』と、観光バスサイズのキャンピングカー『夜霧』のメンテナンスをした。

一瞬、裏技を発動して、ゲートを使って直接カタランスに移動しようかとも思ったが、このサイズだと絶対にばれてしまうからな。


やっぱり、軍用ジープみたいなものも導入するべきかな...ま、準備は進んでいるんだけどね。


メンテナンスは異世界では出来ないので、ゲートを使って我が家の地下研究所に持ち込むしかない。

異世界では警護は要らないので、カラーにはエルゼの所に行ってもらっている。カラーは少し嬉しそうだったが、「戻る時はちゃんと連絡して下さい」としっかり釘を刺された。


しばらく地下の整備工場で作業をしていたら、ユリが降りてきて私の作業を見ていたが、急に話しかけてきた。


「了くん、悪の科学者を目指してたから、武器をいっぱい持ってたけど...ホントに使う事になるとは思わんかったんとちゃう?」


椅子に前後逆向きに跨るように座るのは、スカートを履いた女の子としてどうかと思うんだが?まぁ、ユリは普段から裾の長いスカートなので、問題はないのだが...。学生服姿の葵が同じ事をした時はユリが速攻で注意していたけどな。しかし、学生服のスカートって、あんなに短かったか?


ちなみにユリとは、私が5歳、ユリが3歳からの付き合いだ。私が死神博士にあこがれて悪の科学者を目指すと言いだした事は覚えているのだろう。

てか、その原因を作ったのは、貴女のお母様なんだけどね。


小学生に1号からスカイライダーまで観せるんだから...困った大人だよ。

ちなみに、ユリの名前も仮面ライダー関連なんだよな...おじさん、よく了承したよな。えっと、モチーフはテントウムシだったか?


「そうやな~...まさかこんな事になるとは、ホントに思わんかったわ...」

「めっちゃ嬉しそうやん」

「まぁね...例え武器でも、実験出来るんは嬉しいわな」

「...でも...殺し合い...なんよね...」


ユリの顔が暗く沈む。詳しく話してはいないが、私が高校二年生の時に一線を越えた事は分かっているようだ。

そして、葵の時の事も...。


それでもユリはいつもと変わらずに接してくれている。ありがたい存在だ。


「そうや。あそこは異世界で、戦争が普通で、そこには電子機器はあらへん。川中島の戦いと同じ、肉弾戦の戦いや」

「そこに、了くんはこの世界の武器を持っていくんやね」

「戦いは止められへん。話し合いでは止められへん。やったら、最小限にするしかない。やから出来る事をするだけや」

「タニアちゃんの為?」


声のトーンが一層低くなる。その声を聴くと心が痛むが、理由はユリの思う所にはない。


「そうや。タニアを領主にしたんは俺や。やったら最後まで面倒見たらなあかんやろ」

「...最後までって...いつまでなん?」

「領主を辞めるまでやな」

「領主...辞めれるのん?」

「辞めてもらわな困る。そうせんと、みんなで異世界旅行でけへんやんか」


そうだ。平和になるかは分からないが、タニアには出来るだけ早くエルセリア領主を辞めてもらわなければならないのだ。


「みんなって...私も入ってるん?」

「当然。ユリも輝も葵もタニアも入ってる」


それを聞いてユリが嬉しそうな顔をする。ユリは、自分と二人だけだと嬉しい顔をしないんだよな。その癖に、こういう二人きりになる時間をちゃんと確保してくる。可愛い幼馴染だ。


「セミアちゃんとレミちゃんとエルゼちゃんは?」

「一緒に来るんやったら、えぇんとちゃうか?」

「リアちゃんとミームさんは?」


正直、その二人は遠慮したいんだが...。


「あ~...一緒に来るって言いそうやなぁ~...」

「カラーさんとキャリーさんは絶対付いてくるよね?」

「...来るなぁ~...」


なんせ、カラーは女神イスフォーンの命令通りに行動している。そして、キャリーは上手く言葉に表せないが、ユリやタニア以上に親近感がある。おそらくキャリーもそう思っているだろう。


「合計11人の美女と美少女を連れての旅行になるやんか...大丈夫なん?」

「...聞くな...」



そんな会話をしつつも整備の手を止めず、なんとか午前中に整備を済ませた。ついでに他にも追加装備を仕込んでから異世界に戻る。

直近の約三ヶ月は異世界での生活がメインになってしまったので、感覚的にも「戻る」になっているな。


ともかく、カラーに戻って来た事を連絡し、昼食後にタニアの執務室で合流する事にした。


昼食後にタニアの執務室に入ると、マリアが書類の束を机の上に並べ、エリーと会話をしながら作業を進めている。

そして、私を見るなり睨みつける。


「ちょっと!リョウ!どうしてこんな事になってるのよ!!」


急に大きな声で迫って来る。近い近い近い!!


「は?なんの話だ?」


急に後ろに下がれないので、いいように迫られるが誰も助けてくれない。そう、カラーも私の横を素通りしていつもの定位置、私の席まで歩いて行った。

なんでこういう時は助けてくれないんだ?


「なんだじゃないわよ!カタランスよ!どうしてこんな事になるまで放っておいたのよ!!」

「あ~...いや、まさかそこまで酷い事になってるとは思ってなくてだな...」

「今度、カタランスで大掃除するんでしょ?終わったらアラノスと一緒にカタランスに行かせてよね!」


大掃除って3日後の事だよな。まぁ合ってるけど。


「なんで?」

「なんで?じゃないわよ!カタランスの管理がここまで酷いんだったら、ちゃんと現場を見ないとダメでしょ?また向こうに任せっきりにして、酷い事になるまで放っておくの?」


そういやお金の管理もボロボロだったって話だったな。

マリアは会計担当だから、気になるのだろう。


あ、町長も解任されるし、そっちも財産確認をしてもらおうか。護衛にアラノスを付ければ問題なかろう。

でも、それについての最終決定は私じゃないんだよな...。


「おおぅ...分かったよ...てか、それはタニアに確認してくれよ」

「そうなの?リョウが全部取り仕切っているんじゃないの?」

「なんでだよ...タニアが領主なんだから、タニアの許可が必要だろ?」


てか、マリアもタニアが領主だから、会計担当に引き抜かれてきたんだろう?


「そう言うアンタはタニアと相談してんの?いつも勝手してるでしょ?」

「勝手なんかしてないわい!てか、ここでタニアといつも話をしているだろう?マリアもほぼこの部屋に居るんだから聞いてるだろ?」

「聞いてないわよ。自分の事で手がいっぱいなんだから!!」


ひでぇ言い草だな。だが、会計の仕事は本当にしっかりやってくれているからな。大目に見よう。


「分かったよ。悪かった。ともかく、その件はタニアに話を通してくれ。了承されたら、いつ行くかとか改めて相談しよう」

「よろしくね」


そう言うと、また机に向かって書類と格闘し始めた。

マリアは本当に優秀なんだけどなぁ~...。いや、マリアに部下を付けなきゃかもな。ちょっと考えておこう。


「なんだ?騒々しいな。扉の外までマリアの声が聞こえてきたぞ?」


扉を開けながらタニアとリア、ミームが入って来る。


「マリアの声が聞こえるのはいつもの事だけどな」

「そうなのか?ミーム」


タニアが振り返りながらミームに確認する。


「タニアはマリアよりも先に部屋にいるから知らないんだろう。エリーとやり合っているのがよく外まで聞こえているぞ?」

「そんなの気にしてられないのよ!」


まぁ、マリアの声は良く通るソプラノだからな。声楽をしていれば簡単にトップになれそうだ。知らんけど。


「マリアらしいな。ま、困る事でもないが、何事かと思ったぞ」

「そうだ!タニア!ちょっと聞いてよ」

「なんだ?そんなに大きい声でなくても聞こえるから、落ち着いて話してみろ」


マリアは改めてタニアにカタランスに行きたいという事を訴える。


「まぁ、それは構わないが、カタランスに行っている間、こっちの仕事はどうするんだ」

「もう落ち着いているから、私が数日居なくても大丈夫よ。必要な事があれば私に連絡して...って、そうだ!リョウ!私に箱頂戴!」

「箱?...箱って何だ?」


私が首を傾げていると、


「箱って、これだよ」


と、ミームが取り出したのは、異世界仕様のスマートフォン。通称「箱」。

ちなみに、私やユリが持っている普通のスマートフォンは「板」と呼ばれているそうだ。命名はマリアらしい。てか、私は知らなかったぞ?


「そう!それ!」

「う~ん...分かった。用意しておくよ」

「やったああぁ!!」


そう言えば、前から欲しがっていたしな。


「なぜそんなに喜ぶんだ?」

「だってタニア!これでアラノスと離れててもいっぱいおしゃべり出来るじゃない!」


確か、以前もそういう話をしていたな。だが、残念な事実がある。


「アラノスには渡してないぞ?」

「なんでよ!!」


ビュンと音がしそうな勢いで首を回す。おっと、かなり首が回っているぞ!?


「今のところ必要なさそうだから」

「必要よ!!」

「なんでだよ?」

「アラノスがあちこちに出向いた時に、私とアラノスがお話出来ないじゃない!!」

「やっぱりそっちかよ...じゃあ、アラノスと一緒に移動するようにしたら問題ないんじゃないか?」

「...へ?」


別にスマートフォンを出し惜しみするつもりはないのだが、ちょっと在庫が心もとないのだ。

マリアの分は問題ないが、そうするとあと2つしか残らない。個人的には在庫は5つは欲しい。


「アラノスが行う管理業務に、マリアが付いて行ってサポートしつつ意見をする。マリアの確認作業の時はアラノスが護衛を務める。っていう事であれば、一緒に移動してもいいんじゃないか?」

「そうだな...二度手間になるぐらいならその方が良いかもな」


私の意見にタニアが賛同する。っていうか、二度手間が気になるだけかい!


「あと、マリアの箱はAIのエリーと会話出来るようにするよ。それで良いか?」

「ホント!それ良い!ベッドの中からでも会話出来るじゃない!」

「何を考えているんだ?仕事だったら、ちゃんとこの部屋ですればいいだろう?」

「仕事じゃないわよ!会話よ!お話よ!」


AIのエリーと何を話しているんだよ!!


「お話って...まぁ後でエリーに確認するよ」

「ダメ!!」


一気に壁まで追い詰められた。マリアは瞬歩でも使えるのか?


「な...なんでだよ?」

「わ...私の個人的な話だから...」

「はぁ...頼むからエリーに変なことを言わないでくれよ?ともかく分かった。エリーにはちゃんと説明しておく。プライベートは良いが、変な話はするんじゃないぞ?」

「うん...わかった...」


元気なく返事するマリア。う~ん...別に怒っている訳ではないんだがな。


「あのなマリア。エリーと会話する事がダメって言ってるんじゃないんだ。別にプライベートな事でも構わない。気になったのは仕事の時間じゃないのに仕事をしていたら問題だと思ったんだよ。休む時は休む。そうしてくれていれば良い」

「本当にそれだけ?」

「本当にそれだけ」

「嘘じゃない?」

「嘘じゃない」

「分かった。でも、急に確認が必要になったりするのはいいでしょ?」

「それぐらいは良いよ。ただ、ずっと急な確認をするのはダメ。その場合はすぐにタニアに相談する事」

「分かった。そうする」

「よし。ただ、悪いけど今渡せる箱の余裕がなくてな。少し待っていて欲しい。いいか?」

「分かった。待つ」


俯いていたが、顔を上げ、私の顔を見てニッコリと笑った。なるほど、この笑顔がアラノスの好みの顔なんだな。口を開かず、ずっとこの笑顔でいてくれれば良いのにな。


「なんか、変な事考えてない?」

「ぜんぜん」


勘が鋭いな...これが女の勘か...。

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