↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法を信じるかい? ― マッドサイエンティストの異世界旅行  作者: 黒々猫
■■■■■■ 第8章 マッドは厄介事の代名詞
100/103

■■■ Step077 味覚の違い、価値の違い

翌日、パストングから監視員の5名の選出完了と、スパイ3名を作業的に隔離したとの事で報告を受けた。

スパイ3人は不自然にならないように、今は200名移動に関する物資準備の作業をさせているそうだ。


監視員の5名については、簡単に仕事内容を説明してくれたそうだ。

5名はかなり難色を示したそうだが、最終的には了承してくれたそうだ。曰く「若者の為であれば一肌脱ごう」という事だそうだ。

こういう人物はとても大切だ。出来ればこの仕事を閑職みたいに思って欲しくないので、色々と考えなきゃだな。

いや、「後進の教育」という事で、それを生きがいにしてくれても良いんだけどな。まぁ、それは今後に期待で良いか。


そして、今日は料理長から報告があったので、朝から厨房に入っている。

曰く、「カレーの材料が揃いました!」



「副官殿、お忙しい所申し訳ないですな」

「いや、私も楽しみにしていた事でもあるので大丈夫ですよ」


料理長がカレーに魅せられてから20日ぐらい経過したかな。こっちの世界で似た材料を探す所から始めたんだから、まぁ、時間がかかるのも仕方ないか。


「そう言っていただくと助かります。ところで隣の女性は?」

「あ~、彼女はユリと言いまして、私の」

「リョウの一番の女の子です」

「をいぃぃ!!」

「なるほど。よろしくお願いします」

「ちょっとぉぉぉ!」

「カレーを最初から作るって事らしいんで、私もお手伝いさせて下さいね~」

「いやぁ~、副官殿も...いや、失礼しました」


どうやら、私の不機嫌を察したらしい。

これ以上は、このネタは止めてもらうとして、まずは材料を確認だな。


「ターメリック、クミン、コリアンダー、唐辛子...うん。大丈夫そうだな」

「副官殿のお国ではそのように呼ぶのですな。こちらではキロン、ガガナ、ウブシ、キーナと言います」

「全然呼び名が違うな...悪いが今は呼び名はこっちに合わせてくれ。そうしないと混乱しそうだ」

「承知しました。こちらは材料で判断出来るので問題はないです」

「ありがとう。助かるよ」


呼び名に気を使っていたらスムーズに作業が進まないからな。


ユリと相談しながら、香辛料を調合し、カレールーを作っていく。

実家でも、味を私に合わせると一般人...ユリと輝と葵の事なのだが、彼女たちには辛すぎるので、基本ユリの味覚に合わせている。こちらは多めに用意しようか。

しかし、一から調合するとなると結構難しい。ユリが料理長とも意見を出し合いながら配合を決めていく。そっちは二人に任せよう。


私は自分用に調合を始める。きっと世界には辛いものが美味しいという人もいると思うからな。だが、こちらは少なめにしよう。


さて、カレールーが出来たので、玉ねぎをみじん切りにしてギーで炒め、肉も炒める。


事前に用意した鍋にはニンジンとジャガイモが煮込まれており、程よく柔らかくなっている。

そこに炒めた玉ねぎと牛肉を投入し、少し煮込んだところで二つの鍋に分ける。


それぞれの鍋にカレールーを投入し、弱火で更に煮込む。


やがて、調理場にはカレーの匂いが充満する。


「これは...期待出来ますな!」

「ホンマ!これはえぇ感じやね~!」


料理長とユリが目を輝かせている間に、ご飯を炊く。

異世界の厨房にある料理器具で作るので、ちょっと大変だと思ったが、ちょうど良さそうな蓋付きの土鍋があったので、それでご飯を炊く事にする。簡単だし美味しく出来るぞ。

最悪、夜霧から圧力釜を持ってこようかと思ったが、土鍋があって助かった。


ご飯が炊けたので、底が深い皿にご飯を盛り、カレーをかける。


お昼にはまだ少し早いが、出来上がったものは仕方がない。ともかく実食だ。

料理長とユリは当然甘い方で、私は辛い方だ。


まずは一口食べてみる。

おぉ!辛いぞ!


って、当たり前か。辛くなるようにルーを調合したからな。


しかし、もうちょっとコクが欲しいな。コーヒーを入れるとコクが出るとか聞いた事があるが、う~ん...この世界にコーヒーってあったっけな?


見るとユリも料理長も難しい顔をしている。


「なんか...ちゃうなぁ~...」

「そうですね...先日食べたものにはもっと味に深みがあったような...」

「それ、コクって言うんだけど、それが無いな...」

「コクですか...良く分かりませんが、足りないというのは分かります」

「でも、基本はこれで良いと思うんだよ。あとは、ここからだな」

「そうですね...」

「あ、ちょっと待ってくれ。私の手持ちの材料で少し試してみよう」


急いで夜霧に向かい、インスタントコーヒーと、いつも使っているコンソメを持ってきた。


「今日はこれで対応しよう。食材は無駄に出来ないし、せっかく作ったんだ、出来れば美味しく食べたいしな」

「そうやね~...やけど、これでええの?」


コンソメはいつも入れてたけど、コーヒーは試した事ないんだよな。

っていうか、いつもは市販のルーをブレンドして使っていたから、コーヒーは使った事がない。知識で知っていただけなんだよ。


「コンソメはいつも使ってただろ?コーヒーは...ちょっとずつ試してみようか」

「良く分かりませんが、お願いします」


と、そんなこんなでコンソメを足し、インスタントコーヒーを少し混ぜては味見する。それを何度か繰り返した。


「これでえぇんちゃう?」


何度か味を確認し、最終的に満足のいく味になった。


「そうですね。なるほど、苦みも良い味になるんですね」

「らしいね。でも、コンソメやインスタントコーヒーを提供するのは今日だけだ」

「なんで?」

「コーヒーもコンソメも私が持ってきたものだ。私の持ち物で出来たものは、私がいないとダメって事だ。ちゃんと料理長だけで作れるようにしないと、色々と困るだろう?」

「あ~...確かにそうやね...」

「えっと...では、私はこの味を目指して行けば良いと?」


さすが料理長。ちゃんと自分の役割を理解しているな。


「そうだね。基本的なカレールーは間違ってないんだよ。だけど、ここから色んな味にするのは料理長の仕事だ。今のこの味を目指しても良いけど、料理長が納得する味を目指すのが良いんじゃないか?そうでなければ、勿体ないと思うんだよ」

「この『コンソメ』というのは、いつも作っているスープと同じものだから良いですが、この『コーヒー』と同じような食材を探さないとダメなんですよね...私に...出来ますかね?」


まぁ、今まで出会った事のない料理だからね。自信がないのも分からなくはないが、ここまで出来上がっていれば問題ないはずだ。


「出来ると思うよ?そもそも私もユリも、家庭料理なら問題なく作れるけど、専門家では無いからね。はっきり言って料理長には及ばないんだよ」

「そのようにおっしゃらなくても良いと思いますが...わかりました。あとはお任せください」

「うん。あとはお願いするよ。ユリもそう思うだろ?」

「そうやね...私は了くんが好きなカレーしか作れないもんね」

「...なるほど...さすが、副官殿の一番の女の子ですな」


そこは拾わなくていいよ...。


ただ、ユリはめっちゃ機嫌が良くなった。昨日の件はチャラになったようで、それはそれで助かったな。


「ともかく、今日のお昼にはこれを出してみようか」

「大丈夫ですかね?」

「大丈夫やと思うよ~。普通に美味しいもん」

「そうですか?いや、そうですね。私も皆さんの反応を見てみたいですからな」


料理長が最終決断をしたので、今日のお昼はカレーになった。


ユリバージョンが結構あるので、砦メンバーには十分行き渡るんじゃないかな。

と、言う事はご飯が足りない。さっそく追加でご飯を炊く事になった。ついでに料理長にご飯を炊く方法を伝授する。



真っ先にやってきたのはキャリーとセミアだ。


「あ!この匂い!!」

「美味しい匂いです!!」


食堂から離れている所から声が聞こえてきた。

そして、ダダダダッという走る足音が聞こえ、開け放たれていたドアに二人が横滑りしながら入ってきた。


「あ!これってリョウ様が作ったカレーって奴!!」

「あの、美味しい奴です!」


そういや前回のカレーの時にセミアもレミも食べてたな。匂いで判断するなんて、すごいな。と思ったが、カレーは独特の匂いだからすぐに分かるか。


ん?なんか...かなり遠くから地響きがする...。


「美味しい食い物!!」

「ちょ...ちょっとミーム!!どうしたのよ!!...って、これはアレーだ!!」


あ~...欠食怪獣の鼻は誤魔化せなかったようだ...。

てか、「アレー」ってなんだ?


「おい!リア!ミーム!急に走り出して...って、この匂いは...カレー!?」


あら~...つられてタニアもやって来た。呼ぶ手間が省けたので良しとするか。


そこから次々と欠食児童が食堂に入って来た。あっという間にユリのカレーの大半が消えていった。


まだ数人分のカレーが残っているが、パストングが食堂に来ていない。

欠食怪獣、さらに欠食児童たちはパストングが来たら残りを食べるつもりのようで、目を輝かせている。キラキラではなく、ギラギラなんだがな。まるで、スタートの瞬間を待っている短距離選手のようだ。


「そう言えば、そっちの鍋もカレーなのか?」


欠食怪獣が目ざとく私の鍋を見つける。

匂いに関してはユリバージョンよりも濃いので、すぐにばれるのは自明の理だ。


「そうだけど、これはかなり辛いぞ?」

「そうなのか?ちょっと味見させてくれよ」

「いいけど、まずは本当に味見にしておけよ?」

「分かった。じゃあ味見を...」


と言うと、ご飯を皿に盛り、私のカレーをたっぷりと盛った。


をいをい...まぁいいけど。


「ミーム...盛ったからにはちゃんと食べてくれよ?」

「分かっているって...さて...」


自分の席に座り、スプーンでご飯とカレーを山盛りにして口に運んだ。


「ほう...これも美味しいぞ!」


そりゃそうさ。私にとって美味しいカレーを作ったんだからな。

...さて、香辛料は後から効果を発揮するのだが...ミームの反応は?


「ん?...これは...辛い...辛いぞ!?」

「そうだよ。これは私用のカレーだからな」

「ふぉおおおぉぉぉおおお!!辛い!!これは...これで美味いぞぉおぉぉおおぉ!!」


どこかのアニメの味の王様のような叫び声を上げながら、一気にカレーを腹に入れていく。なるほど、カレーは飲み物だったな。


「副官殿...私にもそちらのカレーを味見させていただけますか?」


ミームの反応を見て、私のカレーに興味を持った料理長が、私の所にやってきた。


「別に構わないが、はっきり言って辛いぞ?」

「そのようですが、ミーム殿は普通に食べておりますが?」

「ま、食べれば分かるさ。ただし、本当に少しだけにしておけよ?盛ったら絶対に全部食べて貰うからな」

「わ...分かりました...」


少しご飯を盛り、カレーを適度にかける。


恐る恐るスプーンですくい、口に運ぶ。一口、二口と噛んでいるうちは良かったのだが...


「うま...い!?ふぉ!?ほおおおおおぉぉぉぉお!!!!辛~いいいぃぃぃぃぃいい!!!!」


あっという間に顔を真っ赤にして水瓶まで走って行くと、コップで水をすくってがぶ飲みし始めた。まぁ、予想通りだな。


「だから言ったんだよ...」

「了くんのカレーは...かなり辛いカレーやからね...」


その様子を恐れおののきながら見ていたのはセミアとレミとエルゼの年少組だ。セミアは19歳だけど、精神年齢は16歳だからな...。一度なんて「タニアお姉様」と言ってしまってたし...。同い年なんだけどな。


ま、年少組は二度と私のカレーを口にする事はないだろうな...。あの様子だとね。


「おや?良い匂いがしますね。今日のお昼は期待できますね」


と、飄々と食堂に入って来たパストング。

あれ?キナーフと一緒だな。


「お疲れ、パストング。キナーフも一緒だったんだ?」

「そうですね。お風呂の工事状況を確認して、厩舎を周ってきましたので」

「パストング殿に聞きましたが、そろそろお風呂が完成するようですぞ?」

「そういや、予定では明日完成予定だったかな?」

「はい。実に楽しみです。ところで、今日のお昼は何ですか?」

「あぁ、カレーだよ」

「おぉ!カレーですか!...って、どんな料理ですか?」


おっと...パストングはまだ食べた事がなかったか。


「こちらがカレーになります」


いつの間にか復活した料理長が、パストングとキナーフの分を持ってきてくれた。


ふとユリバージョンを見ると、スタートが切られていた。

意外にも勝者はレミだったようだ。ミームは...あ、私のカレーで満足してしまったのか。


と、女子たちを観察している間に、パストングとキナーフがカレーを食べ始めていた。


「おぉ!これは...美味いですな!」

「そうじゃな。食べた事がない美味さじゃ」


うんうん。満足してもらえてよかった。

だが、今回のコクはインスタントコーヒーとコンソメだ。コンソメはこの世界でも存在するので問題ないが、インスタントコーヒーに変わるものを探さなければならない。

が、そこは料理長に頑張ってもらおう。そもそも、この世界の食材については、私は何も知らないんだからな。


「ちょっと!そっちの鍋のカレー...だっけ?食べさせてよ」


と、マリアがやってきた。


「良いけど、さっきの料理長を見ただろう?大丈夫か?」

「いいからさっさと寄こしなさいよ」

「う~ん。じゃあ、ちょっとだけな」

「いいから、普通にして」

「...ちゃんと全部食べるんだぞ?」

「わかってるわよ」


大丈夫か?だが、本人が食べると言うのを止める訳にもいかない。

ちょっとだけ少な目にして渡してやる。


手に持って、くんくんと匂いを嗅ぎ、神妙な顔で席に戻っていった。

本当に大丈夫か?


「じゃあ、私もちょっとだけもらおうかなぁ~」

「ユリもか?まぁ、分かっているから大丈夫か」

「さすがに沢山は無理やから、ちょっとだけやけどね~」


スプーン3杯分ぐらいを盛って、自分の席に戻って行った。

あ、ちゃんと水を用意しているな。


「ふぉぉおお!辛い!」


さっそくマリアが吠えている。だから言ったのに...。


「しかし...なぜか美味しい!!なんなのこれ!」


は?まさかここにも適合者がいたのか!?


「そうなんよ...了くんのカレーも美味いねんけど...辛いんよね~...いつもは生卵で中和するんやけど、ここの卵はちょっと怖いから...」


ユリは結構酷い事を言ってるな。


「中和ってなんだよ。毒物じゃないんだぞ?」

「ここまで辛かったら毒やんか!」

「ど...毒なのですか?」

「毒なの?」


ほらぁ~...セミアとレミがびっくりしてるじゃないか。


「あ~...ごめんね。ちゃんとした食べ物やから大丈夫。でも、あなた達は止めた方がえぇよ。絶対に食べれないから」

「ちなみに私も最初は毒だと言ったぞ。本当にそう思ってしまうぐらい辛いからな」


ユリがフォローした所でタニアが落とす。

フォローしたつもりなんだろうが、天然は恐ろしい...。


「怖いです...」

「怖い...」

「あ...すまない...」


さすがに謝ってるな。これで、学習してくれればいいが、天然は学習を上回るからな。葵がいい例だ。


「まぁ良いよ。誰にでも得手不得手があるからな」

「なるほど、では私も食べてみましょう」

「そうじゃな。何事も試してみなければのう」

「パストングはともかく、キナーフも?大丈夫?」

「ん?儂を誰じゃと思っておるんじゃ?」

「すみません...でも、本当に辛いので、最初は味見程度でお願いしますね」

「ふむ。確かに料理長の反応を見ると相当に辛そうじゃしな。おぬしの言う通りにするわい」

「そうですね。食べきれなかったら大変ですからね」


二人はそういうと、お皿に3分の1程度カレーを盛り、席に座って食べ始めた。


「ほお!これは...辛いですね!しかし、美味しい。どうしてなんでしょうかね?」

「確かに美味いのう。儂はこれが気に入ったぞ」


あらま。これでミーム、パストング、キナーフとマリアが辛党だった事が判明した。


「え~っと...そうすると、この辛いカレーも必要って事ですよね...」


なんか疲れた感じの料理長がつぶやくのが聞こえた。

さっきのカレーを食べて、辛い方に対して尻込みしているようだな。


しかし、要望があるんだったら、作っていくしかないのだ。

それに、私も異世界産の辛いカレーを食べてみたい。


「そうなるんじゃない?ちなみに、カレーは食べ慣れてくると辛い方が食べれるようになるから、その内辛党が増えると思うよ?」

「あくまでも慣れればやね。でも、私みたいに慣れたけど、基本甘い方が良いという人もいてるんよ~」


確かにユリは、私のバージョンも食べれるが、やっぱり甘い方が好みなんだよな。

無理して合わせないけど、それはそれで良いのだ。


「ま、この砦だと甘い方9割、辛い方1割ぐらいでいいんじゃないか?辛党は甘くても食べれるけど、甘党は辛いものは食べれないからな」

「そうですね...しかし、毎回味見が大変です...」

「味見している内に慣れるよ。それに毎回カレーは大変だろう?30日に1日だけでも良いんじゃないか?」

「え~!もっと沢山食べた~い!!」

「キャリー...無茶言わない。材料を揃えるのも大変らしいんだから」

「は~い」


そんなこんなで、まずはカレーの試作は無事成功に終わった。

あとは料理長の頑張り次第だ。



で、その日の午後には例の5人と面談する事になった。

場所は、私の執務室だ。


別にタニアに聞かれても良いのだが、なんとなく自分の部屋の方が良いと思ったのだが...。


「ちゃんと話をするのは初めてですな。私はガーペンです」

「あっしはコトラス」

「リッターだ...」

「僕はラテント。なんか面白い事をするんだって?」

「セレッドって言うんだ。よろしく」


ちなみに、パストングは5人を連れてきた後、「用事がありますので」と言って部屋を出て行った。

なので、この部屋には私と5人。そして、なぜかカラーが私の机の横に立っている。いや、護衛のつもりなんだろう。


「初めましてだな。知っていると思うが、私がタニアの副官のリョウ・カダヤだ。で、パストングから何か聞いているのか」

「騎士の身分を剥奪される者を再教育する、と聞いていますが...意味があるのですか?」


ガーペンが代表して返答してくれる。

そこに誰も追加意見を言ってくれないので、5人全員がそういう認識なのだろう。ガーペンの言っている事に、他の4人が黙っている。


とりあえず、一つずつ整理していくか。


「ガーペンの言う『意味』とは何だ?」

「...は?」


ガーペン以外の4人も怪訝な顔になった。


なんとなく、口論じゃないが、こんな事になるんじゃないかと思ったんだよな。

タニアの執務室でこんな話をしたら、きっとキャリーやリアが口出ししてきてカオスな状態になりかねないからな。


タニアは良いんだ。きっと黙って話を聞いているだけだろう。


ともかく、話を進めるか。


「ガーペン...お前...いや、お前たちの言う『意味』とは何だ?」

「意味?...騎士の身分を剥奪される者を再教育するという事に意味が無いと言っているのですが?」

「だから、その『意味』の内容だよ」

「はい?...『意味』の...内容...?」


よし。考え始めてくれたみたいだな。


「具体的に『意味』の内容があるから、意見を言っているんだろう?ちゃんと聞くから説明してくれ」

「...では申し上げます。その者達がきちんと騎士の本分を理解する事が出来るのか...それが出来なければ再教育する『意味』はないでしょう」


なるほど。ちゃんと言語化出来たな。


ちなみに、言語化出来る事が優秀という事ではない。『説明』さえ出来れば良いんだ。

そういう意味では、ガーペンは『伝える』という事について、かなりのスキルを持っていると思われるな。


「なるほど。『騎士に立ち戻る事がなければ、再教育に意味は無い』という事だな。ちなみに、私は君たちとは違う考えだ」

「それは、どういう事で?」


5人が私の顔を見る。うんうん、興味を持ってくれたようだな。


「当然、最終的には騎士に戻ってもらうのが目標ではある。だが、私にとっては絶対ではない」

「それこそ『意味が無い』のでは?彼らは騎士ですぞ?」


そうだよね。私としても騎士に立ち戻って欲しい。

詳しくは知らないが、騎士になるには国王から直接、叙勲されなければならない。それは限りなく名誉な事のはずだ。

であれば、その騎士の身分を剥奪するような事はしたくない。しかし、騎士だけが生きる道でもないはずなんだ。


個人的には騎士の身分はそのままにして、別の仕事を与えても良いと思っている。だが、まずは誰からも『騎士』として認められる必要がある。


「お前たちの言っている『意味』とは『騎士として生きる』事を指すのだろう?」

「当たり前です。騎士なのですから」

「そこがそもそも私の考えと違うんだ。人によっては騎士として生きる必要がないとも思っている」

「騎士が騎士として生きる必要がないですと!?」


おっと!凄まじい殺気が5人から放たれる。いや、すげ~な...カラーが反応しちゃったぞ?

そっと手を伸ばしてカラーを抑える。この5人はパストングが連れてきた者たちだ。信用しないでどうする。


が、短気なのは直して欲しいな...。


「結局の所、騎士に戻れるかは本人が決める事だ。我々はそこにたどり着く手助けをするだけだ」

「そもそもの話、なぜそんな『再教育』をする必要があるのですかな?」


黙って聞いていたリッターが口を挟んできた。確かにそこが気になるよな。


「このまま、若者たちから騎士の身分を剥奪するだけなら...一度は騎士であった者たちだ。それこそ『生きる意味』を失うだろうな」

「落ちる者は落ちるだけじゃ」


コトラスがぼそっと意見を述べる。まぁ、この世界ではそれが普通だし、地球の大半の国でもそうだろうな。


「だが、『生きる意味』を失えば、犯罪者や盗賊になる可能性もある。それを防ぐ事にも意味があると思わないか?」

「...それこそ自己責任では?」


う~ん...なかなか難しいな...。考え方の一つとしてもらうだけでもいいんだけどな...。


「じゃあ、元騎士だった者が犯罪者になる事について、我々には責任はないと言えるのか?」

「...」

「言い切れないよな?」

「...犯罪者になる、とは言い切れないのではないかと...騎士であった者が...そんな犯罪者などに...」


ガーペンが腕を組み、目をつぶってつぶやいている。こいつ、真面目だなぁ~。


他の面々も様子は同じだな。長く騎士を務めてきた者たちだ。色々見聞きしているんだろう。

おかげで殺気が霧散しちゃったんで有難いけどな。


「じゃあ、本当に今までそういう者は一人も居なかったんだな」

「...」

「言い切れないよな?」


と、5人の表情が悔しそうに歪むのを見た。

おっと!いかん!私は論破したいんじゃないんだよ!!


「あ~、いやすまない!別に私の考えを押し付けようとしているんじゃないんだ。私の考え方を理解して欲しいだけだ」

「...そうですか...ともかく、理解はしました」

「ありがとう」


まだ顔色は良くないが、少しマシになったかな。


コホンと咳払いをして、リッターが話を始める。


「副官殿の考えとしては、最終目的は騎士に戻す事。だが、絶対ではない。ここまでは分かりました。しかし、騎士に戻れない場合、騎士の身分は剥奪となる。だとしたら、結果は最悪犯罪者...というのは変わらないのでは?」


正しい意見だ。だが、そこに拘るのはまだ自分たちの考えが正しいと思っている証拠だな。

間違っているとは言わないが、考え方がまだ固い。


「確かに、騎士でなくなった場合、最悪犯罪者というのは変わらない。が、犯罪者にならないように出来ると思っている。要は騎士以外にやりたい事や出来る事を見つければ、犯罪者になる事はないだろう。私が狙っているのはそういう事だ」

「それは...かなり難しいのではないですかな?」

「難しいね。それこそ性根を叩き直すというのは、簡単ではないと思っているよ」


大阪では特にな...DQNというのは本当に面倒な奴らだよ。


「それなのに、それをやろうとしているのですか?」

「難しいからやらない。というのはそれこそ『意味』がない。それに...もしこれが上手く行けば、定期的に騎士に実施するという事も考えられる。その事で、騎士の質が上がるかも知れない。悪い事ではないと思うよ」


要は再教育という事だが、本当であればあまりやりたくない。というか、そんなに沢山再教育しなきゃならない者がいてもらうと困るんだがな。


「定期的に実施...騎士の質ですか...しかし、失敗したらどうするのですか?」

「それは私の責任だ。お前たちが考える事じゃない。だが、失敗を前提に進めるつもりもない」


多少脱落者は出るだろう。だが、完全に失敗するとは思ってないがな。

それに、この5人は今は文句たらたらだが、実際に始めれば率先して行動してくれるだろうな。そんな気がする。


そもそもだ。私の話にちゃんと付き合ってくれているんだからな。


「具体的に何をするんだ?」


ほらね、セレッドが興味ありげな顔になった。

他の面々も私の顔を見ている。良い感じだ。


「掃除、座禅、慈善活動。当然、鍛錬もだな。さらに部隊内での話し合いだ」

「は?なんですと?」

「慈善活動...とは?」

「掃除?掃除って...掃除?」

「あと、座禅...って何?」

「説明...してくれんか?」


目が点になった5人...ガーペン、コトラス、リッター、ラテント、セレッドが順番に声を上げる。

その気持ちは...分かるような分からないような?


「掃除は活動の基本だ。掃除をする事で精神も綺麗にする事が出来る。あと、座禅は...そうだな、静かに座って心を落ち着かせる事だ」


掃除と座禅については、これ以上の説明が出来ないな...。そもそも再教育とは言っているが「修行」だと思っているからな。


「何なんですかそれは...で、慈善活動とは?」


リッターが眉間にしわを寄せて聞いてきた。なんとなくだが考え込んでいるのだろう。が、非常に恐い顔をしているぞ?


「人の為になる活動だ」

「...騎士もしておりますが?」


リッターがさらに答える。まぁそうなんだけど、意味合いが違うんだよな。さて、どう説明したら良いものか...。


「騎士は命令に沿って行動をするものだ。命令が無ければ基本的には何もしない。慈善活動自体は命令するが、その中では自分から人の為になる事をしてもらう」

「ますます分かりませんな...。そんな事で奴等を騎士の本分に戻せるのですか?」


ガーペンが一番の疑問を口にする。

ぶっちゃけ私も掃除と座禅だけだと無理だと思うよ。だが、これが「修行」なのだ。そして、一番意味があると思う事があるのだ。


「もちろん、それだけじゃダメだ。その為の話し合いをしてもらう」

「話し合いって...何を話し合うのですか?」

「何でもいい。そうだな、まずは『騎士とは』という事で話をしてもらおうかな。あとは『国とは』もいいだろう」


うん。自分が思っていない事でも、考えるだけで正常な認識に戻っていくんじゃないかと思うんだよな。

絶対に、騎士を目指していた時は、純粋だったはずなんだ。


「そんな事を話して...意味があるとでも?」

「あると思うぞ?試しに聞くけど、お前たちは『騎士』というものをどう考えているんだ?」


目の前に騎士がいるんだ。ちょっと話をしてもらおうか。


「騎士は国の盾ですな」


ガーペンが早速意見を言う。うん、一般的だな。


「いや、剣じゃろ?」


コトラスがすぐに返す。まぁ、それも一般的だな。


「両方だろう」


リッターが静かに言う。これも普通と言えば普通だな。


「そもそも護りを担っているのだから、両方としても主軸は盾だ」


ラテントの意見も普通だな。


「お主たち、国内の事を忘れておるんじゃないのか?騎士とは規律だろ?」


ほう...セレッドはそう来たか...。面白くなってきたな。


「はぁ~?規律で国は守れないだろ?」


ラテントが返す。確かに「規律」だけでは無理だろうね。


「何を言う。規律がなっておらんから、今回奴らが騎士の身分を剥奪されようとしておるんじゃろうが」

「それは自己鍛錬が足らないだけじゃ!」

「お主は鍛錬しておるのか?」

「なに!?」


ラテントとセレッドが言い合いを始めてしまった。


「ちょっと待つんじゃ。『騎士とは』という事での意見なのだろう?言い合いをしてどうする?」


ガーペンがすぐに仲裁に入ってくれた。さすがだな。


「ん~...あぁ確かにそうだな。すまん」

「いや、ちょっと熱くなってしまったな。こっちもすまん」

「しかし、確かに『騎士とは』か...漠然とは思いはあるが、口に出して話をした事はなかったな」

「おしゃべりラテントでもか。だが、確かに改めて考えると面白いのう」


ラテントとセレッドがすぐに平常運転になったようだ。うんうん、これが本当の大人というものだな。


「騎士とは、盾であり剣である。というのは全員の中ではある程度一致しているはずだ。そこに規律か...全部必要なのでは?」


リッターが簡単にまとめてくれた。ま、「騎士とは」という事を簡単には表現出来ないよな。


「そうだな...しかし、私は先輩からは『国を守る盾』だと言われてきたがな...」

「当時はまだクラスタンプと戦争をしておったりしたからのぅ...。ちなみにあっしは『国を守る剣』だと言われておったな」

「なるほどね。ガーペンとコトラスは先輩に言われた事から先は考えておらんかった訳だ」


ガーペンとコトラスの話を聞いて、ラテントが茶化しに入る。


「なにを!お主はどうなんだ?」

「僕も先輩から『剣と盾』と言われて、それ以上は考えなんだな」

「あっしらと一緒じゃねぇか!」


ガーペンの質問にラテントが素直に答え、コトラスがツッコんだ。これはコントか?


とりあえず、ここで一旦止めようか。

ここで、手をパンパンと叩き、こちらに注意を向けさせる。


「はいはい!そこまでにしようか?どうだった?」


全員がこちらを見て、少し照れた顔で笑う。だからリッターは恐いってば。


「確かに面白いですな。それに、『騎士とは』という内容は良いんじゃないかと思われますな」


相変わらずガーペンが代表して答えてくれる。

まとめ役はガーペンで決まりだな。恐らく誰も文句は言わないだろう。ガーペン以外は...。


「だろう?実際に話をしてみたら、こんな感じで色々と話が出来ると思うんだよ」

「まぁ、あっしらもこういう話し合いはした事が無かったですからな」

「騎士を目指す時、全員『騎士になったら、何を成すか』という事を考えただろう。それこそ『騎士とは』に繋がるんじゃないか?」

「ほう...思い出させてやる...という事ですかな?」


リッターが興味深げに言う。話をまとめるのは上手そうだな。


「そう思ってくれていい。『騎士とは』という事で騎士に立ち戻れるとは思わないが、話し合いを繰り返し、内容を考える事で、いずれ騎士に戻れるようになるんじゃないかと思っている」


5人が互いの顔を見合わせている。そして同時に頷く。


「分かりました。その再教育とやら、お任せください」

「本当か!?助かったよぉ~...。断られたらどうしようかと思っていたんだよ」

「それこそ命令で良いのでは?」

「それでも良いけど、それこそ『意味』がないだろう?」

「確かに...おっしゃる通りですな!」


さて、これで基盤が出来た。

もう少し、内容を説明して、今日の所はいつもの業務に戻ってもらった。


だって、問題児がまだ集まってないからな...。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。