第11話:復讐は美味しい料理
【ストーリー概要】
市役所のとある建物の中へとやってきた光希、二熊、天使の聖ちゃん。
中で待っていたのは、町長だった。
ヴァラハラ(江梨子)の被害をふっかけてきた町長に対して、
二熊はどす黒い悪魔の表情を浮かべて復讐を開始する。
※日常ストーリーです
「……ところで氷理」
「どうした二熊」
「オレ達、何で市役所裏にある建物まで来たんだっけ?」
今更ながら……という言葉を添えて、二熊は言う。
聖ちゃんというとびきりサプライズによって、そもそもオレ達がここまで来たことを忘れかけていたけれど……。
「確か、昼飯を食いに来たんだよ」
頭の中を整理して、本来の目的を二熊に伝える。
「ああ、思い出した。そういえば、オレ達は腹を空かしていたんだった」
思い出したかのように、二熊も右のグーを左の掌に叩きつけて納得している。
「……二人とも、ここにご飯を食べに来たの?」
横に一緒にいる聖ちゃんが、オレ達にそう問いかける。
「そうだよ。ご飯を食べるあてを無くしちゃってさ……賞味期限ギリギリの非常食がここにあったことを思い出して、来たって訳」
「町の地下で管理していた、地震とかの災害時に町民達に支給するやつだっけ?」
「そうそう、聖ちゃんは賢いなあ……」
そう言って、聖ちゃんの頭をくしゃくしゃになるまでナデナデする。
「ん? 非常食なんて、この町で備蓄というか、管理みたいな事をしていたのか?」
「ああ。もし何かあった際に、自衛隊からの支給を待っていると、想定よりも多く時間がかかってしまうから、あらかじめ自分たちでも備蓄体制を取っておこうという考えたらしい」
「へぇ……最近のお役所の人間にしちゃあ、随分としっかりした体制じゃんか」
「オレもそう思った」
あまりパッションに動くイメージが無かったからな……。
「それで、なんでその非常食を、今食べようとしているんだ? 備蓄しているんだろ?」
「ああ……ただ、その備蓄している非常食の賞味期限がヤバくなってきていてな――新しい非常食を仕入れたと同時に、そいつを適宜な方法で処理しなくちゃいけなくなったんだ」
「なるほど、そりゃあ難しい『ご案件』をお持ちだこと……」
「どうせ腐っちまうなら、オレ達で食えるだけ食って、配れるだけ配っちまおうぜ」
オレは二熊にそう言うと、少し表情を曇らせて、
「しかし、お前がなんでそんなことを知っているんだ――ってか、何で全部食うとか、配るとか……いかにも偉い人が決定できるような裁量権を、息を吐くように言うんだよ」
と、オレの今までの言動について、疑問を投げかけてきた。
「まあ、疑問に感じるところではあると思うが――ひとまず、中に入って説明するよ。飯を食おうぜ」
そう言って、オレは開いている扉の方へと向かい、二熊を手招きする。
「……?」
よく分からないというような表情をしているが、オレは説明があまり得意じゃないから、見てもらった方が早い。
オレ達三人は、扉の奥のエレベーターに乗り、屋上へと向かっていった。
………
……
…
……チン。
「お、着いたようだぞ」
オレ達が乗り込んだエレベーターは、ゆっくりと上りながら、最上階の六階へと到着した。
「はぁ……ようやくか。エレベーターって割には随分遅いやつ使ってんのな」
二熊が頭をかきながら言う。
「まあ、平成に入って直後に作られたものを未だに使用しているって言ったからな」
「使える間は無駄に税金を使わないっていう感じか」
エレベーターは安くても数百万だからな。
「ついでに言うと、このエレベーターは制限重量が二百キロまでしかないから、三人乗ると実は危うい」
「なんて絶妙なスペックのエレベーターだ……帰り乗りたくねえんだけど!」
体重が約八十キロの二熊が、顔を青ざめさせながら、オレにグチグチと言う。
ざまぁ。ここで筋肉が無駄になったな。
「聖は楽しかったよ♪ ゆらゆらで、ぐらぐらで、ごわんごわ~んってなるから、アトラクションみたいなんだもん」
聖ちゃん、それはメンテナンスをしなきゃ色々とヤバいぞってシグナルだから、楽しんじゃダメだよ。
「……よし、帰りは俺が聖ちゃんを抱っこして階段を降りる」
二熊が静かに呟く。
聖ちゃんを誘拐宣言するなんて、良い度胸じゃないか……。
しかし、残念だったな二熊――オレがおんぶしていくから、お前の出番は無いぞ。
「ねえ、早く中に入ろうよ!」
オレ達がエレベーター前で静かに睨み合っていると、聖ちゃんが待つことに飽きてしまったようで、オレの服の袖をクイクイと催促するように強く引っ張ってきた。
「……お、そうだね聖ちゃん。早くご飯食べようね~」
オレは、聖ちゃんの言葉に従うように足を踏み出し、オレはエレベータの正面にある扉を開く。
この扉にはセキュリティーは無いので、カードを出すこと無く、そのまま手をかけ開く。
すると――
「……ん? 聖、戻ってきたか――って、氷理君も一緒か」
部屋の中にいたのは、三人掛けの本革のソファでカレーを食べている町長だった。
「どうも町長、お疲れ様です。今日も非常食カレー食ベているんですか? 部屋中カレー臭いですよ」
「仕方ないだろう。私が血税を無駄にするわけにはいかないんだから」
そう言って、カレーを口の中に運んでいる。
「おじぃ、聖の分のカレーはチンされた?」
「されたよ。冷めないようにレンジに入れっぱなしにしているけどね」
そう言って、町長は自分の背中越しの棚にあるレンジの方を指さす。
「わぁい! ありがとう!」
そう言って、聖ちゃんは天真爛漫な笑顔で、レンジからラップされたカレーを取り出す。
「ねえおじぃ、氷ちゃんと今日お友達になったおじさんにもカレーあげてもいい?」
聖ちゃんが、オレと二熊に指を指して言う。
「構わないよ。むしろ余っているくらいだから、協力してほしいくらいだ。氷理君も事情は知っているだろうし」
「あざーす町長」
そう言って、オレは町長に九十度の角度で頭を下げる。
「それと、氷理君の後ろにいるのは確か――」
町長が眼鏡の縁を持ちながら、目を懲らしてこちらに視線を向ると――
「……っ!」
そして、俺の後ろに二熊がいることに気づき、動揺したのか、手に持っていたスプーンを皿の上にカシャンと落としてしまった。
「……ま、まさか、君は……」
「……お久しぶりですクソ町長。江梨子を俺のガソリンスタンドに誘導してくれてクソ野郎ございます!」
そう言って、二熊は笑顔で中指を立てて町長を睨み付ける。
「に、二熊君も元気そうで……ははっ」
町長がいつものクールさを完全に失い、動揺しながら二熊をに愛想笑いをする。
「はい、元気でしたよ。昨日の夕食も、今日の朝食も、江梨子の特製料理を嫌というほど口に運びましたので、それはもう頭の中の記憶媒体が消失してしまうかのような強烈な刺激でいっぱいいっぱいの気持ちです」
そう言う二熊の額には、漫画でしか見たことが無いようなレベルの血管ピクピクが浮かび出ている。
笑顔は絶やしていないのが、逆に怖い。
「お、おい二熊……なんだか世紀末に水を奪いに来るような、目つきの悪いごろつきのような顔をしているぞ」
「そりゃあな……江梨子を俺に押しつけた張本人にようやく会えたんだから、表情だって世紀末になるさ。嬉しすぎて次世代に逝っちまいそうだぜ……」
そして、血管を更にもう一つ増やす。
「二熊、いったん落ち着けって。さすがに町長に手を出したら、色々と法的にマズいぞ」
そう言って、俺は二熊の両腕を後ろから押さえつける。
「いや、俺も法を犯すような真似はしねえよ。だがな――」
そう言って、スマートフォンを取り出し、
「もしもし江梨子、俺俺、俺だよ俺」
突然、鼻をつまんで俺俺電話を始めた。
「『だ、誰ですか……? 非通知でいきなり電話をしてきて』」
電話から大きな声でスピーカーから声が出ている。
どうやら、オレ達に聞こえるように、二熊が設定したようだ。
「うん、今はそんなことを気にするな。取り急ぎでお前に伝えたいことがあってな」
「『え、えっと……なんでしょうか……』」
不安そうな声で江梨子ちゃんが応える。
「今日は町長は定時退勤するらしいから、家で料理を作って待っていてほしいそうだ」
「『えっ! それはマジですかっ!』」
「マジマシ、マジすぎてマジ間島氏だよ」
「『きゃはっ! 嬉しい! そしたら今日は、私が二ヶ月かけて研究したどろどろパスタのねろねろ和えを作っちゃおうかな!』」
「ああ、作っちゃえ作っちゃえ。でろでろだろうがとろとろだろうが、娘の作った料理なら何でも食うだろ」
「分かりました! 早速お買い物に行かないと!」
「ちなみに夕方までに帰らなかったら、多分他の女と不倫している可能性があるから、SNSで父が不倫で行方不明って告知してやれよ」
「『はい! 父が帰ってくるのをいつまでも待っています!』」
「おう、頑張れよ!」
「『……ところで、少しヘルツ違うようですが、ビブラートの具合が、ニーく――』」
ぷちっ……
二熊は江梨子ちゃんの言葉を訊く前に、電話を切る――というか、電池を抜いた。
「…………」
「……ってことで、今日はちゃんと帰ってやれよ。娘と奥さんがバラバラして待っているからな」
二熊がげへへ……と笑いながら、悪人の顔で町長を見る。
それまはるで、どこかの銀行員が復習に成功した時のような、ニタリとした笑顔。
「えっげつねぇ……」
大人の権力という力を持っていることを逆に利用して、地位を揺るがす脅迫をするとは……二熊さん、マジパネーっす。
「……ああ、またあの拷問を受けるのか」
町長が項垂れて、露骨に落ち込んでいる。
どんだけ料理がひどいのかというのが本人のリアクションを見ればよく分かる。
「ま、まあ町長。ちょっと強引だったかもしれないけど、久々に家に帰るきっかけになったかもしれないから……」
そう言って、背中を叩いて慰めるが――
「はぁ……また遺書を新しく書き直さないとな……」
今の一言で、さすがに助けてあげないとヤバいということがよく分かった。
「おい二熊、町長があそこまで窮地に追いやられている姿なんて、オレ初めて見たぞ。ちょっとやり過ぎじゃ無いのか?」
「ま、まあ……さすがに命を奪うのはマズいよな……」
料理って、命かけなきゃいけないのか……知らなかった。
「お前は江梨子ちゃんだけかもしれないけど、町長の場合は奥さんという、オレ達にとって未知数の脅威が佇んでいるんだぞ」
「うっ……それは……」
二熊が口を押さえて気持ち悪そうな表情をする。
「後で、急に仕事が入ったとか何とかで、家の方に電話をしてやれよ」
「し、仕方ない……分かったよ」
オレが言うと、二熊は観念したように同意した。
……実のところ、口先だけで中身の無い説得をしてしまったと感じているが、すんなりと納得されてしまうという時点で、ヤバい理由を説明する必要が無いということが分かる。
うむ、矛先がオレじゃ無くて良かった。
「町長、後で家に帰らなくてもいいように、オレ達がちゃんとフォローするから、ガチの遺書を書くのを止めてくれませんか?」
「えっ……い、今なんて……?」
町長が高そうな筆を床に落とし、オレ達を見つめる。
「家に帰らなくても大丈夫だって言ったんですよ。二熊もちょっとやり過ぎたって反省しているので」
「…………」
「…………」
「……うっ」
「な、泣いたぁ! 町長、どんだけ家に帰る野板だったんですかっ!」
町長の目からは、ナイアガラの滝の如く、大量の涙が噴き出しており、まるで滅んだ世界で二十年ぶりに生存者を見かけたような表情をしている。
「だ、だって……家に帰ったら、ロープで縛られて……逃げられなくされてから無理矢理……うっ……」
うん。奥さんは昔、それ関連の謎仕事でもしていたんじゃないかな。
飯を食わすのにロープで縛るっていう基準から根本がおかしいもん。
「…………」
軽いオシオキをしたつもりの二熊だったが、今の家庭のリアクションを見て、非常にバツが悪そうに黙りこくっていた。
「……? カレー食べないの?」
聖ちゃんが何事も無かったかのようにカレーを食べ続けながら言う。
このなんとも微妙な状況を宥めるのに、オレは約三十分という時間を費やしてしまった。
ヴァラハラ、恐るべし――




