第10話:小学生は天使だぜ……(by 筋肉談)
【ストーリー概要】
二人が昼食を食べに来た場所は、市役所の裏だった。
謎の建物があり、鍵がないと入れない場所。
そこにはなんと、小学生の女の子がいた。
それだけで、なんだかこの物語の存在価値が異様に上がった気がする。
(by 二熊)
「……氷理クン?」
「その天使のような声は……もしや、聖ちゃんか」
扉から出てきたのは、オレの専属天使である篠原 聖ちゃん。通称、女神に選ばれし奇跡の天使ちゃんだ。
「もう……天使とか、ちゃん付けとかで聖のことを呼ばないでよ……もう六歳なのに恥ずかしいよぉ」
「ごめんごめん、つい本音を言っちゃってね」
「むー……」
うーむ、ぷんすかと怒っている姿もまた可愛らしい。聖ちゃんはどんな表情でも絵になるなぁ……。
「ほら、だっこしてあげるから機嫌直して」
「聖を子供扱いしないで! そんなことをしても機嫌なんて――」
「聖ちゃん、キャラメルチョコチップス食べる?」
「……た、食べるっ!」
「よーしよしよし、おじさんが聖ちゃんのために後で買ってあげるからねぇ~」
「わはぁ~い!」
ああああああああああああ……! ちょっと高いお菓子だけで機嫌を直しちゃう聖ちゃんも可愛いなぁぁぁ!
まじで食べちゃいたいくらい可愛い。
嫁にほしい……いや、やっぱり娘にほしい!
『ぱぱーん♪』って呼んでもらいたいっ!
町長に頼み込んで、大人の力で戸籍移すこと出来ないのかな……。
「……氷理」
それとも、ご両親に頼み込んでオレのことをもう一人の肉親の家族として、迎え入れてもらった方が早いかな?
「……氷理」
待てよっ……オレが家の中に住み込んでしまえば、大人の力を使わずともナチュラルにハウスキーパーという存在に――
「……おい、そこのカス」
「何だカス? この野郎」
「……なんで『カス』にだけ敏感に反応するんだよ」
「……ん? ああ、今オレのこと『カス』って呼んだのか?」
「気づいていなかったのか……」
「ああ、なんかお前の口から不快なワードが聞こえてきたなあ……みたいな感じはしたけど、聖ちゃんに夢中で詳細はよく分からなかった」
「余計なワードだけ検知する開発中のスマートスピーカーみたいな反応すなっ!」
そう言って、二熊がオレの頭にチョップを入れてくる。
「…………?」
……よく分からないが、オレのリアクション機能は高性能である事はよく分かった。
「……ねえ、氷ちゃん。このおじさんはだぁれ?」
「お、おじっ……!」
二熊が、純粋無垢な聖ちゃんから『おじさん』と呼ばれたことに、軽くショックを受けているようだ。
……っていうか、二熊は割と老け顔だし、声も低いから、年齢を言わないと、いつの間にか相手に三〇代と勘違いされるような顔だぞ。
金髪にしているところが、むしろ年齢を若く見せようとしている抵抗にしか見えない。
――が、しかし……二熊にオレと同い年とでも言われて、オレも老けたおじさんと同類にされてしまうというのも大変心許ないので、オレは二熊のフォローを入れつつ、自身がおじさんではないことをアピールすることにした。
「二熊。聖ちゃんはまだ六歳だ。六歳からしたら、十八歳もプラスのお前なんて、体の大きいただのおじさんだぞ」
「くっ……そうと言われれば、そうかもしれないが……」
二熊が自身の呼ばれ方について、頭を抱えながら葛藤している。
オレも最初はおじさん呼ばわりされて、少々傷ついたけれど、今となっては聖ちゃんに『おじさん』と言ってもらえること自体にぞくぞくするというか――軽く興奮する。
「おじさん、初めまして。聖の名前は篠原 聖と言います! 来月小学校二年生になります! 好きなことは、プールで追いかけっこをすることです!」
抱っこしている聖ちゃんが、二熊に対して笑顔でそう自己紹介をするが、
「…………」
二熊はその自己紹介が聞こえていないかのように、硬直してしまっている。
「おい、どうした二熊。マネキンチャレンジしているみたいになっているぞ」
そう言って、二熊の顔の近くで手を振るも、瞬き一つせずに固まっていた――
「……っ!」
――かと思いきや、今度は一時停止がいきなり解除されたかの如く体の硬直が解け、勢いのままに地面に体を打ち付けて倒れる。
「うぉっ……いきなりどうした! 大丈夫か?」
倒れた二熊の脇に顔を入れ、肩を貸すように起き上がらせる。
「……うっ、うぅ……」
横で覚束ない意識のままに、二熊が左手をおでこに当てる。
「二熊……大丈夫かっ!? いきなり倒れてどうしたっ!?」
二熊は持病を持っていないし、貧血を起こすような体質でもない。先月受けた健康診断で、オールAを自慢されてムカッときた事は、よく覚えている。
病気ではないとすると、何故突然倒れたかという理由は全くもって不明となってしまうのだが……。
「……っ! ま、まさかっ!」
一つの可能性が、オレの頭の中に突然よぎった。
……あの二熊に限って、そんなことはないと思うけれど。
「うぅ……」
「おい、二熊! お前っ!」
二熊が何かを呟きたそうにしているが、喉の奥に何かが引っかかったかのように、言葉が出てこない様子だ。
この症状、病気というよりも、むしろ――
「お前、やっぱり……!」
オレは、二熊の顔を覗き込み、虚ろな目を見つめる。
そして――
「お前、聖ちゃんの可愛さに父性本能が爆発してしまったのか!」
オレは大きな声で、二熊に問いかけた。
「ふせい……ほんのう……?」
「……っ! に、二熊……言葉が……!」
今まで何かを呟きたそうな素振りを見せ続けていた二熊が、オレの言葉に反応するように、そう言葉を返す。
「……くそっ! まさか、お前までもが聖ちゃんのラブリーな存在に圧倒されてしまったというのかっ……!」
十四歳という、絶妙にロリな江梨子ちゃんの事を、全くもって嫌らしい目で見ていなかったから大丈夫だと思ったのに……!
「うー……?」
これ程までに驚異的な可愛さというのは、圧巻……感服……いや、むしろ驚異とも言える。
「氷ちゃ――」
聖ちゃん、君は生まれてきて、本当に良かったよ。
だって、オレ達という、こんなにもクズな野郎共にもご加護を与えてくださっているのだから……。
「……ねえ、氷ち――」
はぁあ~! 聖ちゃんぺろぺろぺろぺろぺろ~~~~!
「氷・ちゃん! 無視しないでッ!」
どすっ……!
「うぼぁぁぁぁっ……!」
突然、聖ちゃんがオレの首を目がけて両手でラリアットを決めてきた。
小学生といえども、そして聖ちゃんといえども、両手の本気のラリアットは、マジで首に来るので、オレはその衝撃に押されて倒れ込んでしまった。
抱っこしていた聖ちゃんはというと、オレの両腕からするりと自らの体を脱出させて、器用に一回転しながら地面へ着地している姿が見えた。
「……ぐふぅっ! も、もう聖ちゃん、おいたしちゃダメでしょ?」
「だって、氷ちゃんがニタニタしながら涎を垂らして、聖の問いかけにも反応してくれなかったから、つい――」
聖ちゃんは、ばつが悪そうに答える。
「ごめんね、聖ちゃんの事を考えていたら、つい周りが見えなくなっちゃってね」
「聖のこと?」
「そう。聖ちゃんは、どんな時でも皆の役に立っているんだなあって思って」
「えへへ……そうかなあ」
怒っていた表情から一転、聖ちゃんが笑顔で機嫌を直してくれた。
うん、超可愛い。
「う、うぅ……氷理、ここは……」
「……ん? 二熊か?」
オレの横で尻をついて座っていた二熊が問いかけてくる。
「俺は一体、どうなっちゃったんだ?」
二熊は、先ほどの出来事を覚えていないようだ。
無理もない……あんなにも衝撃的な事件だったからな。オレ自身も、最後まで耐えられた事を奇跡だと思っている。
「……お前はな、契約してしまったんだよ」
「はぁ、契約? なんの?」
二熊がオレの言葉に質問を問いかける。
「天使との契約だ」
「……天使? 意味分からないぞ」
二熊の頭に『?』が二,三個出来ている。
しかし、契約の徴は……すぐに行動に表れることになるのだ。
「……おじさん大丈夫? もの凄く派手な音でビターンって倒れちゃったけど……」
「………!!!!!!!!??????」
あ、何か二熊の頭頂部に雷がゴロゴロ~って落ちたような演出が見えた。
オレの妄想の中の演出なのに、何故か二熊の髪の毛はアフロになってしまっているが……。
「…………」
「……ねえ、おじさ――」
聖ちゃんが二熊に声をかけると、二熊はその声に反応するように、凜々しく目を輝かせて――
「天使の聖ちゃん、心配してくれてありがとう。俺は元気だから安心してね」
「え……う、うん……」
聖ちゃんが、突然の二熊の復活に戸惑っている様子を見せている。
確かに、頭から血を吹き出しながら、さわやかな笑顔で手を握られても、ただ気持ち悪いだけだろう。
常にニコニコとしている聖ちゃんでさえも、顔を引きつって、笑顔が崩れかかっているのがオレでも分かる。
……まあただ、これで分かったことがある。
そう確信したオレは、二熊にハンカチを手渡し、血を止めるように言った後、耳元でこっそりと、こう問いかけた。
「……お前も、染まってしまったんだな」
その言葉に、二熊も躊躇することなく、
「……ああ」
と、二熊は呟いた。
聖ちゃんという天使を守ってあげたいという心が、二熊にも芽生えたということを、オレは確かに受け止めた。
お前のことはあまり好きじゃないが、その精神だけは認めてやらんといけないな。
そう感じてオレは、無意識に二熊の手をがっしりと握り、言葉も無くがっしりと握手した。
何かを愛することに言葉は要らない――そんなことを強く感じる瞬間だった。
……ところで、頭から吹き出ている血はいつ止まるのだろうか。




