第三百三十三話 幕 伝七郎(七) 勝つために
次回の投稿は、4月24日を予定しています。
急ぎ白の館を制圧する。
中は酷いものだった。
だが、泉殿との約束がある。
彼の配下だった者たちを、まずはなんとかしないといけない。
もちろん、すぐに解放することはできない。今、継直の下に戻られても困る。
それに……、大半の者が心の壊れた狂人のようだ。そうなっていない者も、心身ともに疲弊の極致にある。
幸い、使者でやってきた者が泉殿の後を継いでくれている。命じたこちらの専任者も、いくらか仕事がやりやすかろう。
さて……。
となれば、どこをどうするべきか……。
まずは、比較的荒れていない大広間に陣取る。
長職以上の者らと共に、美和の町を制する算段を練った。
白の館を落とせたと言っても、まだそれだけだ。
町を落ち着かせなくては、次の行動にも移れない。甚兵衛の手でかき乱されている。
もどかしい……。だが、やむをえない。
ところが、町の制圧は思ったよりも順調に進んでいく。抵抗らしい抵抗もなく、こちらの指示に従う者が大半だったおかげだ。
それだけ惟春の統治が酷かったということか。
しかしこれも、おそらくは甚兵衛の仕業だ。
単純に喜ぶ訳にはいかない。
これの意味するところは、あの者の影響力が、考えていたよりもずっと大きいということ。
これ程に言うことを聞かせられるのだ。いつまた甚兵衛の手で、民が扇動されるかわからない。
だから、なにがしかの手を打つ必要がある。
とはいえ、いま一時鎮静できたというだけでも、私たちにとっては行幸と思うべきか……。
「失礼します」
部屋の中ひとり思案していたら、襖の外から声を掛けられた。そして、信吾が中へと入ってくる。
信吾はあまり感情が顔に出る方ではないが、それでも浮かない顔をしているのがありありとわかった。
「泉殿の兵らは落ち着いていますか?」
一応聞いてみるが、返ってくる言葉は予想通りのもの。
「とりあえずは。次郎殿も見てくれていますので……。しかし、あれは……」
語尾を濁す。
「落ち着いているというよりも感情を失っている……ですか」
言いよどむ信吾に、こちらから言葉を足した。すると、信吾は重々しく静かに頷く。
「はい。まずは何よりと食事を与えましたが、震える手で静かに食らうと、そのまま何にも応えなくなってしまって……」
「静かに?」
「はい。貪るように……ではなく、『静かに』です」
何とも弱ったと言いたげに、信吾は頭に手をやりながら顔をしかめる。
心が……壊れてしまったのだろう。
承知の上でやったのだ。振り返ることはすまい。
だが、残念だ……。
そう思わずにはいられない。
泉殿も、これを見て降伏を決めたのだろう。
もうほとんどが、『人として』壊れてしまっている。
私たちにできることは、この中の一人でも多くが回復するように、手伝ってやることくらいしかない。
なんとも複雑な顔をしたままの信吾に伝える。
「信吾、貴方が心を痛める必要はありません。これは私がやったこと。承知の上でやったことです。ですが、泉殿の気持ちに応えるためにも、できる限りのことはしてあげてください」
「伝七郎様……。はっ、申し訳ございません」
顔をひと振りすると、信吾はいつもの彼に戻って返事をした。
「謝る必要はありませんよ。ああ、そうそう。半次からの連絡はまだ来ておりませんか?」
「いえ。半次殿からはまだ。ただ、桔梗屋甚兵衛より書状が届いております」
「甚兵衛から?」
「はい。今、急いで参ったのはその為でして」
懐より書状を取り出し、こちらに差し出してきた。
「こちらに来る前に、彼の者の店へと兵を走らせたのですが、店は開いているものの甚兵衛自身はおりませんでした。ここ何日か留守にしているようです」
本当に助かる。指示しなくても、必要な確認までしっかりとやってくれている。
いや、流石というべきか。
「ありがとうございます。そうですか。本人は姿を隠している……と。安住で様子見でしょうか?」
チラと信吾に目をやったら、迷いなく頷いた。
「おそらくは」
再び書状に目を戻し、開く。
さて、一体何を言ってきたのやら。
甚兵衛からの書状は、白雲の館を落としたことへの祝辞で始まっていたが、先の取り決めを正式なものにしたいという内容だった。
「……なるほど。例の件を口約束にさせないために、ですか」
「高梨を譲るという話ですか?」
「ええ。手土産付きで」
「手土産?」
信吾は少し首をかしげる。
「安住は、比際峠の軍をすでに引いたようです。それをわざわざ伝えてきています。『もう口約束で済ますことはできないぞ』という圧力ですね」
「なるほど」
「あと、鏡島典親の動きも少し書かれています。まだ金崎の重臣のつもりでいるのか、安住の兵を借りようとしたようです。と言っても、金崎家の者として戦おうとしたのではなく、領内の資産で回収できるものは回収したいから兵を貸してくれという話だったようですが」
「救いようがないですな」
心底不快そうに、信吾は顔をしかめた。
「はは……。まあ、話に聞いている通りの人物ということでしょう。ですが、こちらとの話もあるので、当然安住は動いていません。……まあ、それがなくとも、こんな理由で兵を貸すとは思えませんが」
「でしょうな」
「ええ。安住はそこまで軽くありませんよ。なので、とりあえずは放っておきましょう。元・金崎の重臣とはいえ、こんな愚物に関わっていられるほど、私たちは暇ではありません」
「そうですね。いずれ機があれば……くらいでよろしいでしょうか?」
「ええ。それで構わないと思います。そのうち面倒くさいことをしでかすかもしれませんが、『今』の時間を使うに値する者ではありません」
「かしこまりました」
「それより、今の私たちにとっては手土産の方が重要ですよ」
「比際峠の安住が引いたという件ですね?」
確認してくる。
「はい。これで源太と与平を動かせる」
「とはいえ、高梨を譲るとなれば……兵を置ける場所がありませんな。山を挟んでということでしたよね?」
「ええ。手打ちとはいえ、安住に対する備えを疎かにするわけにもいきません。このあたりは武殿と改めて相談しなくてはいけませんが……。とりあえず、ある程度の兵を美和に残そうと思います。この地から備えるしかないでしょう。安住の侵攻に備えるという意味では、玄関口から少々遠くなるのが気がかりではありますが……やむをえません」
「ですな……。では、次はどう動きますか? 武殿を直接援護にはいかないというお話ですし……源太と与平を西進させますか?」
本当に頼りになる。まさにそうしようと考えていた。
源太と与平がいる場所から西進すると、継直の本拠である富山に向かって軍を進めることになる。
当然、継直からしたら、これを放っておくわけにもいかないだろう。
なにせ形の上では金崎と継直は同盟関係にあったので、金崎領だった土地から攻め込む分には、守りが他よりも薄くなっている。
確認してくる信吾に頷いて見せた。
「さすがですね。それと同時に、私も美和から西進します。ただそうなると、ここが空になってしまいます。なので、貴方にこの地を任せたい。貴方を置いていかねばならないのは正直痛いのですが、さすがに背中を見せるわけにもいかないので」
そう説明したら、思ったよりもすんなりと信吾は受け入れてくれた。
信吾は『私が危険にさらされること』を嫌う傾向がある。なので、もしかしたら反対されるかと思ったが、そうはならなかった。
「源太と与平が動ける状態ならば、私が同道出来なくとも問題はないかと」
むしろ太鼓判を押す。
この分だと、もし二人が動けなかったら、なんとしてでも付いてこようとしたのかもしれない。
なかなかに過保護にされているなあと、少し笑いが込み上げて来た。
でも、これは本当に有難いことだ。感謝しなくては。
「はい。なので、貴方にはしらばく、ここ美和の安定に尽力していただきたいのです。こちらは任せておいてください」
そう言うと、信吾は「かしこまりました」と再び頭を下げた。
自分にも言い聞かせるように首肯して見せる。
そう……、これは私だけでの力でやらなくては。
武殿、こちらは任せてください。
だから、そちらはお願いします。
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