第6話 異世界事情
「それでは、最初にこのラインツェル大陸について説明させていただきますね」
「オッケー」
現在、講師役であるマリーの個人レッスンの時間。
俺はこの世界についての知識が一切ない。地球とは社会もシステムも文化も、ほとんど全て違うんだ。今のうちに覚えておかないとな。
「では……まずこのラインツェル大陸なんですが、大陸の成立は今から数百年前、この地に宿る精霊王によって作られたと伝えられています」
「……精霊王か」
初めて聞く単語が出てくる。――いや、正確に言えばはじめてではない。昨日神童さんやレイが話していたことだ。あのときはそれほど詳しくは話していなかったが……たしか、俺がこのラインツェル大陸に飛ばされたのもその精霊王の仕業だとかなんとか。
「精霊王はこの大陸の各地に複数存在し、各々の地域のパワーバランスをとっています。そして精霊王の力はその付近の大地にも広く影響し、その地の自然物にも精霊王の力が宿ることがあります」
マリーは言葉を途中で遮って突如自分の服の内側へと手を伸ばす。一瞬エロいと思った俺は悪くない。
――そして小さなペンダントを取り出した。紐で繋がれているのは白い石だ。
「中でも鉱山には特に力が蓄えられ、発掘されるその石を我々は――『精霊石』、と呼んでいます。この石を私達は媒介としてエネルギーを生成し、俗に言う魔法を行使するんです」
精霊王とその力を宿した精霊石。
彼らの力の源、というわけだ。つまり魔法と言っても自分達が完全に作り出したのではなく、その精霊王の力を借りているということだ。
「ただ、注意しなければいけないのは、この精霊石にも相性があるんです」
「ん? 相性だと? 石にもそんな関係があるのか?」
「はい。先ほどこの大陸の各地に複数の精霊王が存在すると言いましたよね? 精霊王にはそれぞれ炎や水、光や闇といった特出した属性を持っており、それゆえに影響する精霊石にも属性というものがかわってくるんです」
「…………なるほど。その地域によって発掘される石の属性が変わってくるのか。それで、その相性というのはそんなこんな重要なことなのか?」
「強化される魔法属性が変わってきます。私たちも精霊王同様に、魔法を行使する際には魔法属性という付加能力のようなものがつくのですが、基本的に人によって属性は異なります。それゆえに精霊石との相性が極めて重要になってきます」
把握。つまり、人によってあらかじめ使用できる魔法には属性があらかじめ決まっており、その魔法をより有効に使うためにはその属性と相性の良い――おそらくは同系統の精霊石が望ましいということだろう。
石ならなんでもいいというわけではない、か。そう考えると難しいな。人によって道具さえも変わってくるなんて……
「また、この石をアクセサリーとして身に着けておいてもよいのですが、この石を加工して武器にする人もいます」
「精霊石を武器に!? そんなことができるのか? それでも魔法は使えるのか?」
「はい。その分制御が難しくなる面もありますが、あくまで媒介ですのでその人の実力しだいでは十分可能なことなんですよ。……最も、武器にするとなるとそれだけ材料が必要となるのでよほど地位の高い方々でなければそのようなことは許されませんけどね」
マリーの説明で昨日の出来事がよみがえってくる。……そういえば昨日遭遇した敵は肉体から魔法を放っていたのに対して、神童さんは彼が所持していた刀から雷のようなもの(たぶん雷だろうけど)を発していた。つまり神童さんの刀もただの刀ではなく、精霊石から作られた特別なものだったということだ。
……まあ隊長なんだし当たり前か。
「ただどちらにせよ、結局は媒介にしているだけのことです。
もしも精霊石、並びに精霊石で作られた武器が破壊され場合は――魔法の行使は不可能となります」
「……あくまでエネルギーの循環を作ってもらっているということか」
なるほど、これは良い勉強になった。逆を返せば相手の精霊石さえ破壊してしまえば相手は魔法を使えないということなのだから。
それならばどれだけ実力差があろうとも精霊石を集中して狙えば勝ち目はある。
「それともうひとつ。石もそうなんですが、滞在する土地にも属性は左右されます」
「……というと?」
「精霊王の影響です。精霊王が近くにいれば近くにいるほど、同系統の魔法はより威力を増していきます。ゆえに戦闘の際にはそういった相性のことも考えなければあんらないのです」
……奥が深い。というか精霊王という存在がどれだけ偉大なのかが理解できる。この世界そのものを支え続け、人々の魔法にも広く影響を及ぼしているのか。
つまり魔法を使うにあたって気をつけなければならないのは『魔法石、ならびにその土地との相性』だ。精霊石は準備の段階でどうにかなるかもしれないが、場所のことは常に考えておかないとな。いざというとときは自分が有利に立てる場所で戦えればよいのだけれど……
「魔法の細かい説明はまた後で行いますが、最後にひとつ種類について説明しておきます」
「種類?」
「はい。魔法には大きくわけて二つの種類が存在します。ひとつは具現化魔法。そしてもうひとつが強化魔法、-―別名ESPです」
具現化魔法と強化魔法。内容は大体想像できるが……
「具現化魔法というのは火や氷など、主に属性付加がついているもののことです。人によって一番差が激しい魔法です。
そして強化魔法というのは属性でいえば『無』。自身の身体能力の強化、感覚機能の強化など、能力の上昇にかかわる魔法形態です。こちらは基本的に誰しもがある程度身につけられます」
属性がついているのが具現化魔法。おそらく昨日の戦闘で使われていたものだろう。
そして強化魔法、か。ある意味こちらのほうがやっかいだな。なにせこちらは他人からは能力がはっきりとはわからない。誰もが何かは使えるとはいっても注意は必要となる……ん? てことは、具現化魔法というのは誰もが使えるというわけではないのか。まあ人によって属性も違うのだし当然といえば当然か。
「魔法概要についてはここまでですかね。何か疑問等はありますか?」
「……ちょっと待ってくれ。少し情報を整理するから」
マリーは目線を俺へと移し、つぶらな瞳で見つめている。
俺も大丈夫と答えたいところだがさすがに情報量が多すぎる。いくつか整理しておかないと。
・ラインツェル大陸は精霊王の力によって作られた。
・この世界では精霊石を媒介として魔法の行使が可能となっている。
・精霊石を加工し、武器にすることも可能。(ただし現状を話すと可能なのは地位の高い人たちのみ。隊長クラスならば可能)
・精霊石さえ壊してしまえば魔法を使うことはできなくなる。
・精霊石、ならびにその土地(精霊王からの距離)にも属性が関係している。自分の属性との相性が重要。
・魔法には二種類分類わけが行われている。『具現化魔法』そして『強化魔法』。
・具現化魔法には属性がある。
・強化魔法は基本的に誰もが習得できる。
……といったところか。魔法概念の説明だけでもこれほどとはな。後で実際に教えてもらうとするか。
「ああ、大丈夫だ。魔法については今のところ説明された部分は十分把握している」
「そうですか。よかったです、私なんかの説明で理解してもらえるか不安だったので……
「そんなことないさ。ずいぶん詳細に教えてもらったよ。えらいえらい」
励ますように腕をマリーの頭へと伸ばし、彼女の頭を撫でた。
想像さえしていなかったのかマリーは顔を真っ赤に染めて、立ち上がって後方へ後ずさった。
……そんなに、俺のこと嫌いですか? いくらガラスのハートの持ち主の俺でも今の反応はこたえるぞ。
「な、なにをするんですか!?」
「……あ、いやごめんなさい。そんなに嫌がられるとは思わなかった」
「嫌とかじゃなくて……その、恥ずかしいというか」
マリーは体をもじもじさせながらつぶやいた。が、後半の声が小さすぎたために(あと距離があいたために)聞きとることはできなかった。
動作がいちいちかわいらしいと感じてしまう俺は不謹慎なのだろうか……いや、俺は間違っていないはず。むしろこれが正しいんだ。
「……ひとまず、ミーもいるんですからスキンシップは後にしてもらえます?」
「あ、レイ。そういえばいたんだったな」
後方からレイがいさめるように顔を出した。マリーの説明の途中は一切口を出していなかったのですっかり忘れかけていたよ。
……しかしスキンシップだと? 俺はただ単にマリーを労をねぎらい、彼女をほめようとしただけなのだが。
「最初からいましたけど? なんですか、そんなにマリーに見ほれていたんですか?」
「そんな怒るなって。確かにマリーは可愛いとは思うけど、話に熱中していただけだって」
「かっ、可愛い……!?」
む……? レイの機嫌をなおそうと話していたらマリーが今度は悶えだした。
俗に言う、褒められなれていないという状態だろうか? いやだがしかしマリーほどの容姿や性格ならば言われ続けていることだと思うのだが……現状がそれを許さないということか。
「……光輝さん。難しい顔をしてますけど、あまり彼女に深くは聞かないでくださいね」
「ん? そんな顔してたか?」
「ええ。顔にでてますよ」
感情が表にでていたのか。これは気をつけないと。
……環境が今の彼女を作り上げたというのならば、たしかに深く聞くべきことではない。これは彼女自身の問題であり、俺が容易に踏み込んでいい領域ではないのだから。
だが、支えくらいにはなりたい。頼られる存在くらいにはなりたい。あのときの、俺にとっての奈央のような存在に……
――――
「……もう大丈夫か、マリー?」
「ええ、先ほどはすみません。いきなり取り乱してしまって」
「いやそこまでではないが……」
体裁を保とうとするように、マリーは落ち着きを取り戻した。
どうも彼女は生真面目すぎるような気がするんだよな。俺が年上だからなのかは知らないが、それにしたって世間渡りをうまくするようにがんばって、背伸びをして取繕っているに感じてしまう。もう少しのびのびとしてもいいのではと感じるのは俺が甘いということなのかもしれない。
「それじゃあ、今度はこの大陸について説明していこうと思います」
「地図を見たほうがわかりやすいでしょうから、これをどうぞ」
「お、ついにか」
レイがテーブルに昨日見た地図を広げる。
……昨日はほとんど見ていなかったからなんとも思わなかったけれど、よく見るとこのラインツェル大陸の形が地球のユーラシア大陸と形状が似ているな。何か関係性もあるのだろうか?
「まず私たちのいる場所はお聞きしているでしょうが、ここはルミエール王国の国境にあるアムール地方の一角、ポレモスタウンです」
「一歩外に出ればあっという間に帝国領ですから、下手に動かないでくださいね。正直動くの面倒ですし」
「面倒だからかよ……」
地図を見るとルミエール王国というのはこのラインツェル大陸の東部に位置している。大陸のおよそ5分の1ほどの領土を示しているだろうか。なかなかの勢力を誇っているようだ。
大まかに見ると広い大陸のうち、特に目立つ国が4つある。ひとつはルミエール王国。そしてすぐ隣である大陸の中央部にはレイ達も言っていた帝国――ミランドル帝国の名が示されている。帝国というだけあり大陸随一の領土を所有しているようだ。大陸全土の3分の1はあるのではないだろうか?
「ルミエールと国境を接しているのは、世界征服を目論んで進撃を続けているミランドル帝国。
昔はもっと小国なども多かったんですけどね……大抵はこの国に滅ぼされたか、戦う前に降伏を選んだんですよ」
「ッ!!」
……レイは気づいていないかもしれないが、レイの説明の途中にマリーの顔が歪んだのを俺は見逃さなかった。すぐにもとの表情に戻していたが、今の些細な動作だけで大体は理解できる。……できれば違うことを祈るばかりだ。
「そして大陸南部に位置するこの国はロゴス。正直この国のことはミー達でさえよくわかっていないんですよね」
「ん? なぜだ?」
「ロゴスは100年ほど前から他国との交流を完全に絶っているんです。不気味に感じるまでに動きを見せないし……一体どうなっていることやら」
他国との交流のない国か。ロゴスもミランドル帝国と国境を接しているが、帝国も情報がない以上は下手に手をだせないということか。だがそれは俺たちにもいえることだ。不振な動きを感じ取れないということでもあるのだから。
「そして大陸西部。ミランドル帝国に次ぐ広い土地を持っているのがアルシア連合王国。……単純な名前からわかったでしょうけど、ようは帝国に勝てない小国同士が集まった連合国家ですよ」
レイのまとめ方はわかりやすいのだが、もう少し言葉を選べないのか? ……違うな、選ばないのか。
それで面積は広いのね。帝国にやられるくらいならいっそほかの国同士で協力して侵略を防ごうということ。
「他にもいくつか国はありますが、主に注意すべきはこれらの国々です」
「現在、ミランドル帝国は各地で戦闘を繰り広げていますがまともに渡り合えているのはルミエールとアルシアくらい。だから光輝さんがここにこれたのは案外ラッキーかもしれませんよ? 下手すれば帝国につかまって、奴隷にでもなっていたかもしれませんし……そっちのほうがミーには面白いけど」
「……うん。本当によかった」
レイの話が本当のように感じてしまう。なにせ昨日は殺されかけたし、場所や相手によってはレイの話が本当に実現していたことだろう。その点は感謝してもしきれない。
「……さて。小難しい話はここまでにしましょう。その頭じゃあさぞ理解に苦しんだでしょうし休憩です。
マリー、昼食を終えたら彼を連れて行ってくださいね」
「あ、はい。わかりました」
そういってレイは立ち去っていった。おそらく副隊長としての(今は神童さんもいないし代理の隊長のようなものだが)仕事もあるのだろう。……ひょっとしてレイも俺のことを気遣ってくれているのだろうか?
「それじゃあ光輝さん。午前の説明はこれで終わりです。午後はいろいろ動いてもらいますよ」
「ん? 動くって……一体何をするんだ?」
「もちろん訓練ですよ。魔法の、ね」
「……え?」
マリーはさも当然といわんばかりに答えた。が、俺にとっては予想以外のことである。おもわず思考がコンマ数秒ほどとまってしまった。
……まさかこうも早くに、向こうから誘ってくれるとは思ってもいなかった。だが、これは好機! こんな簡単に魔法を教えてもらえるなんて今しかない!!