第15話 披露の相談
奉納の宴まで、ひと月を切っていた。
皇帝と宮中の人々が集い、国の平穏を祈る年中行事だ。その席で皇后候補は、それぞれ学びの成果を一つ披露する。正式な試験ではないと鄭女官はおっしゃったが、四人の出来栄えが比べられることは、きっと避けられない。
舞の稽古が終わると、鄭女官が私たちを呼び止め、披露する演目を順にお尋ねになった。
「麗華さまは、先ほどのお舞をお選びになりますか」
「ええ。先生のお許しをいただけるなら」
麗華さまの袖が、まだ私の目に残っていた。あの重い布が、まるで重さを忘れたように宙で弧を描いていた。
紅玉さまは弓を選び、静蘭さまは水を使った仙術を考えていると答えられた。
私の番になった。
「……まだ、決めかねております」
麗華さまは口を挟まなかった。以前なら、何が向いているかをすぐ考えてくださったかもしれない。
「では、今週のうちに先生へご相談ください」
「はい」
舞では足と腕を同時に動かすだけで精いっぱいだ。弓は好きでも、紅玉さまと並べられるものではない。仙術も、符なしでは小さな術しか操れない。
*
次の斎戒。鏡の中へ入ると、紅玉さまが物語の冊子を開いて待っていた。
「今日は娘が家へ戻ってからだな」
「わかってるけど、もう少し休憩してからにさせて」
静蘭さまは座布団へ頬をのせたまま言った。麗華さまは長椅子で足袋を脱ぎ、踵を揉んでいる。
紅玉さまが冊子を閉じた。
「そういえば、杏鈴。宴では何をするか決まったのか?」
「いえ。ちゃんとできるのは、紙と筆の扱いくらいなのですが、それをどうお見せすればよいのか……」
茶碗を卓へ戻した。
「何か書くにしても、小さな紙では、遠くの方から見えませんし」
「大きく書くのは?」
静蘭さまが、膝の座布団をよけた。
「前の世界で見たことあるよ。地面にすごく大きな紙を広げて、両手で持つような筆で字を書くの。体ごと動いて、書いてるところも、見せものになるんだよね」
静蘭さまは両手を揃えて、筆を持つ真似をした。腕を横へ伸ばすと、紅玉さまが茶碗を少し寄せた。
「その大きさなら、離れていても見えるな」
「そう。出来上がった字も、皆に見せられるし」
庭いっぱいに広げた紙を思い浮かべた。立って筆を運べば、墨の線を引くところから見ていただける。
けれど。
「紙や筆を扱うのは好きです。でも、人前でお見せするほど、字が上手なわけではないので」
家では、帳面の字を読みやすく揃えていた。お客さまへ渡す筆の具合も確かめられる。だからといって、書家のように、一字を眺めていただけるとは思えなかった。
大きくすれば、見てほしくないところまで、よく見えてしまいそうだ。
「そっか。字を見せるのは、また違うもんね」
大きな字でなくても、紙に書いたものを見せられないだろうか。それか、書く過程を見せるという発想から何か考えられないだろうか。
ふと、静蘭さまからお借りしている仙術の参考書のことを思い出した。
まだ、うまくつながらない。
「何か、決められそうですか」
麗華さまに尋ねられ、顔を上げた。
「何か思いつきそうなのですが……。もう少し、考えてみます」
麗華さまは、しばらく何も言わなかった。
「……そうね。必要な支度は先生に相談して。私たちは、客席から楽しみにしているわ」
普通に話しているつもりなのだが、今日は少しだけ、麗華さまとの会話に緊張した。
*
翌朝、先生に奉納の宴の披露について、符を使った案を相談した。
火を保ち、風に流されないように制御する符。宮中の方々に披露することを考えると数が必要だった。
私の想像通りに行くならば、見栄えで評価してもらえるはずだ。
先生は、私と一緒に幾つかの実験をして、披露することを許可してくれた。
「今からでは、毎日十数枚、完成させる必要があります」
「はい」
先生は、手本となる符を書いてくださった。
「これで、あなたの思う光景を実現するためには数百はつくらなければなりません」
「はい」
私の案は、紙だけで作った軽い灯籠をたくさん用意し、それが浮かび上がる様を披露するというものだった。
紙灯籠に符をくくりつけ、火を灯して浮かび上がらせる。
ものを浮かす術は使わず、火が空気を温める性質を利用する。
その代わり、紙灯籠がおかしなところに飛んで行かないように制御する。
符以外の準備については小桃たち、私の側仕えが準備して問題ないと言われた。
ところが、先生が残りの符用紙を数えると、顔を曇らせた。
「今ある良品の符用紙だけでは、必要数には到底届きません。用度の庫には、調査のため使えない紙が残っています。あの千二百枚がなくなった分だけ、ほかの稽古に回す紙にも余裕がないのです」
「では、諦めた方がよいのでしょうか」
「杏鈴さまの求める姿にはならないかもしれませんが、今ある符用紙で作る分だけでも披露はできるでしょう」
私は口を閉じた。数個の紙灯籠を宙に浮かせる披露では、呆れられてしまいそうだった。
先生は用度へ新たな購入を申請してくださった。けれど、納入済みの紙を巡る調査が続くため、どれだけ早く次の品を用意できるかは分からないという。今は確かめられた少量の紙だけで、用意を進めるしかなかった。
周侍郎さまからも文が届いた。紙の追加注文は受けられるが、上質な符用紙を必要な枚数だけ揃えるには日数がかかるという。先に納めた品を不良品として引き取ることも、調査中はできないそうだ。そのあとには、三人の行動や、付き添いの動きを知らせるようにと書かれていた。
私は紙の手配を急いでくださることへの礼だけを書いた。
三人のことは、ご本人に尋ねていただきたい。そう添えると、筆先が少し震えた。けれど消さなかった。
*
その二日後、用度の責任者による正式な聞き取りの日が決まった。庫に残った紙と帳簿の照合は係が進めている。私たち候補に求められたのは、誰かを裁くことではなく、それぞれが見聞きしたことを証言することだった。
庫の前の中庭で、用度の責任者が許女官と、紙を運んだ者たちの話を聞く。私たち四人も、各自が実際に見聞きしたことを答えるために呼ばれた。
部屋へ戻る道で、小桃が言った。
「姫さま、奉納の宴での順番は、四番手をお望みなのですか」
「はい。暗い方が、灯りが映えると思いまして」
「それでは、最後の披露になります」
言われて初めて気づいた。あの三人のあとで、私は紙の灯籠を上げるのだ。
急に怖くなった。
けれど、順番を変えるのはやめた。あの三人が客席で見てくださるなら、終わってから感想を聞く楽しみもある。
明日は紙の話をしなければならない。その次の日には、また符を書かなくてはならない。
やるべきことは多い。
それでも、次の休日に何を持っていくか考える余裕くらいは、残しておきたかった。




