第13話 冷たいものを、もう一杯
「刃が回るのか」
紅玉さまが、鉢へ目を戻した。
術で水を細長い形に凍らせ、氷の刃を作ってみることになった。麗華さまが回すと、柔らかくなった塊は砕けた。けれど、刃先も一緒に欠けてしまう。
「氷の刃の形を氣で支えておく。もう一度、頼む」
紅玉さまが氷の刃を作り直し、麗華さまが片手をその刃へ向けてまた回した。
今度は欠けなかったが、砕いた時に氷が鉢の外に飛んでしまい、慌てて菓子を入れていた平皿で蓋をするようにした。
四つの碗へ取り分けたものは、最初の茶の氷よりなめらかだった。けれど、一口飲むと、大きな欠片が舌へ残る。
「……結構大きな氷塊が残ってますね」
「私のも」
静蘭さまが自分の碗を覗いた。
「刃と一緒に氷も回ったり、刃の上側や下側にたまっちゃってるかも」
麗華さまが匙で欠片を拾い上げた。
「次は中身を巡らせて、全部を刃の当たるところへ戻すのはどうでしょう」
「ああ。向こうの道具でも、真ん中がへこんで、材料が下へ流れてた。気がする」
静蘭さまの指が、碗の上で小さな円を描いた。
麗華さまが器の形状の工夫のかわりに、術で中身を巡らせたらどうかと言った。
「刃は、もう少し厚くできる。乳も多めに持ってこよう」
相談している間に、大きな欠片は小さくなっていた。もう一口飲むと、先ほどより飲みやすい。
「今が、おいしいです」
「先に飲んじゃおう。次のことばっかり考えてた」
静蘭さまが碗を持ち上げた。紅玉さまも筆箱へ伸ばしかけた手を戻し、残りを飲んだ。
*
さらに次の休日にも、乳と挽き茶と砂糖が揃った。
静蘭さまは、鏡をくぐった私の籠を見て喜んだ。
「杏鈴、今日は絶対、しゃりしゃりにするよ!」
早速、飲み物作りが始まった。
初めに挽き茶へ少量の湯を加え、よく練る。そこへ砂糖と乳を混ぜ、冷ましてから深い鉢へ移した。
静蘭さまが術で氷を作り、紅玉さまが大まかに割る。
「ここまでは先週と同じね」
「今日はもっと細かくする」
紅玉さまが片手をかざした。鉢の上に、十字に交わる氷の刃が浮かぶ。
一つ目の工夫点だ。
「形を氣で保つ、いい方法を考えてきた。これで簡単には欠けない」
紅玉さまは刃先を強化し、麗華さまが回転させた。静蘭さまは鉢の中の茶をゆっくり巡らせ、氷が刃の下へ戻るようにする。
私の役目は蓋を押さえることだった。
ごりごり、ごりごり、と硬い音がする。
回転が速くなると、音が一つの低い唸りになった。
「もう少し右」
「これで?」
「うん。紅玉、底の方が凍りかけてる」
「そこは氣を弱めよう」
三人とも、鉢の中のものを直接見ていない。それでも、刃の形も、冷たさも、茶の流れも、きちんと操っている。
「あの……これほどの術、私にはかなり高度に見えるのですが、普通のことなのですか?」
思わず尋ねると、麗華さまは何でもないことのように答えられた。
「見えない器の中で術を制御するのは結構難しいかもしれないわね」
「自分で言うのもなんだけど、国に十人もいないんじゃないかな」
「そのような術を使って、冷たいお茶を作っているのですか」
紅玉さまが真面目に私を見る。
「いけないか」
「いいえ。ただ、少しもったいないような気がして」
「飲みたいんだから、もったいなくないよ」
国中で十人といない技を、三人が四杯の飲み物のために使っている。そんな贅沢な使い方をしていることを、きっと宮中の先生はご存じない。
これほどの仙術が、お茶を一杯おいしくするために使われている。
刃の回転が止まり、蓋を開ける。
緑色の茶は、細かな氷を含んで、とろりとしていた。
匙ですくって一口。
冷たさと甘さが舌へ広がり、すぐに溶けた。大きな欠片はどこにもない。
「……おいしいです」
「本当?」
静蘭さまが勢いよく取り分け、自分の碗を口へ運んだ。
「……あ、これ」
少しの間、誰も口を挟まなかった。
「これが飲みたかったんだ」
静蘭さまは、いつもより小さな声で言った。
「向こうのものと同じですか」
「ううん。あっちのはもっと甘かったかも。でも、この感じ。久しぶり」
紅玉さまは一口飲んで、薄焼きへ手を伸ばした。
「もう少し甘くしてもよいな」
「ここまできたら、麦管で飲みたくなるなー」
「それでしたら、来週もってきましょうか」
「来週もこれを作るのですか?」
「あ、ごめん。毎週作りすぎかな」
静蘭さまが慌てたようにおっしゃった。
「いえ、絶対作りたいです」
私はすっかりこの飲み物の虜になっていた。
*
鏡の縁が白くなり、帰り支度を始めた。
静蘭さまは、あと一杯飲みたかったと残念そうだ。紅玉さまは「次はもっと早く作れる」と言い、麗華さまは砂糖の分量を覚え書きに書いている。
私は来週の菓子を何にしようか考えていた。
部屋へ戻ると、年配の女官が待っていた。
「紙の件で、周家へお知らせする文を用意しました。杏鈴さまがお気になさることではなくなったと伺っております」
「何を、お知らせするのですか」
「杏鈴さまは、ご自分の思い違いだったとお認めになり、これ以上のお調べはお求めにならない、と」
許女官から、そのように聞いているという。
あの紙で書けなかったこと。静蘭さまでも同じように線が抜けたこと。先生が紙を替えれば書けると確かめてくださったこと。
どれも、事実だった。
「思い違いだったとは、申し上げていません」
今度は言えた。
「紙を替えて書けるようになったことと、前の紙がなぜ配られたかを確かめることは、別でしょう」
「ですが、お家同士のことも……」
「私が認めたという文は、送らないでください」
女官が一礼した。
小桃は、私の籠に残った茶器を静かに片づけていた。
明日は、許女官に尋ねよう。
誰かが代わりに決めた答えではなく、私が言ったことを、私の言葉で確かめたい。




