#09 剣と盾
居酒屋カルタ。
「美味しいです!」
だし巻き玉子を頬張り、ユウナは目を輝かせた。
「そりゃ良かった」
テーブルには豚の角煮、野菜炒め、餃子に春巻き、白米が所狭しと並んでいる。俺の前には生ビール、ユウナの前にはお茶。
「でも、こんなに食べられるかな……」
「ナツカゲさんは沢山食べるのよ!」
追加で頼んだワンタンスープと牛串を運びながら、ユリハが言った。
「ご……ごめんなさい」
ユウナは反射的に謝る。
「さっきから機嫌悪いな」
料理を受け取りながら、入店時からふくれっ面のユリハに聞く。
「べつに! すぐ帰ってくるって言ったのに全然来ないし、来たと思ったら女連れだし! そんなことで怒ってないけど!」
「なんじゃそりゃ」
「ご……ごめんなさい。私はそういうのじゃなくて、その……ナツカゲさんの雇い主なだけです」
「雇い主?」
ユリハは怪訝そうにユウナの顔を覗き込む。
「用心棒をお願いしてて……」
「なにそれ? あんた、お姫様かなにかなの?」
「はい」
「……え?」
思わぬ回答に、ユリハは目を丸くした。
「ユリハ。お客様に突っかかるな」
カウンターから店長が声をかける。
「だって……」
「ナツカゲが街を離れるのが寂しいってのは分かるけどな」
店長は笑いながら言った。
「うぅ。ナツカゲさん、本当に行くの? いつ帰ってくるの?」
ユリハが俺にしがみつく。
「行くよ。いつかは分からん。あと、邪魔だ」
「えーん! えーん!」
俺の背中に顔を埋め、ぐずぐずと暴れる。
「まったく……とりあえず、出発前に店長とユリハの飯を食い納めに来たんだ。どんどん作ってくれ」
「うぅ。私のご飯、毎日食べたいって言ってたもんね」
「いや、言ってない」
「ユリハ! 早く戻ってこい!」
「うるさいな! うぅ……」
ユリハは渋々俺から離れ、とぼとぼとカウンターへ戻っていった。
「……ごめんなさい」
ユウナが箸を置き、視線を落とす。
「なにがだ?」
「巻き込んでしまって……」
「アホか」
「えっ?」
「俺が決めたんだ。お前が謝ることじゃない」
「でも……」
「早く食え。全部食っちまうぞ」
「……はい!」
ユウナが再び箸を取る。
俺も角煮を口に放り込み、白米をかき込んだ。
いつも通りの味だ。
次にここで飯を食うのがいつになるかは分からない。そう思うと、ついつい箸が伸びる。
「ナツカゲさん、それ、私が食べようと思ってた餃子です」
「早い者勝ちだ」
「じゃあ、こっちは私が頂きます!」
ユウナが残りの春巻きを自分の皿へ移す。
「お前、遠慮しなくなったな」
「全部食べられちゃうので」
そんなやり取りをしながら、俺達はテーブルに並んだ料理を平らげた。
最後の生ビールを飲み干す。
腹は満ちた。そろそろ行くか。
「じゃあな、ナツカゲ。それに、お嬢ちゃんもな」
店長とユリハが、店の前まで見送りに出てきてくれた。
「あいよ」
「ごちそうさまでした。ありがとうございます」
ユウナが深々と頭を下げる。
「ナツカゲさん……」
「ユリハ。帰ったら、すぐに酒でも飲みに来るよ」
「うん……」
ユリハは俺を見上げ、それからユウナへ視線を移した。
「……あんたも来なさいよ」
「ユリハさん……」
「……まあ、気をつけて」
そう言い残し、店長の後ろに隠れる。
「はい! また食べに来ます!」
ユウナが笑顔で応えた。
「じゃあ、行くか」
「はい」
俺達は壁に向かって歩き出す。
ユウナは何度も振り返り、頭を下げたり、手を振ったりしていた。
店長の後ろから、ユリハの手が小さく振り返される。
こんな姿を見ると、ユウナもまだ十七歳の少女なのだと、あらためて思う。
その少女が、これから王位を争おうとしている。
やがて、俺達は壁の前に着いた。
「あっ……今更ですけど、私、またアーミーギアに襲われないでしょうか」
ユウナが俺の着物の袂を掴む。
「あれは恐らく、門からの追手じゃない」
「えっ?」
「門に配置されてるアーミーギアとは型が違う。それに、門からの追手にしては手緩い」
「じゃあ、なんで私は追われてたんでしょう?」
「……本人に会ったら、聞いてみればいい」
「誰か知ってるんですか?」
「予想だけどな。それよりも」
俺は足を止め、ユウナに向き直る。
「ここを出れば、お前は嫌でも他の王子と対峙することになる。本当に良いのか?」
「……覚悟はできてます」
ユウナは袂から手を離し、まっすぐ俺の目を見た。
「分かった」
俺は着物の襟を正す。
「ユウナ=ロードレイジ。俺はお前の剣でもあり、盾でもある。命令なら、なんでもする」
ユウナは一度目を見開いた。
それから、俺の意思を理解したように息を一つ吐き、背筋を伸ばす。
「ナツカゲ=ナナキ、私を王にしなさい」
「上出来だ。ユウナ=ロードレイジ」
俺達は壁を越える。
ユウナ=ロードレイジの王位継承戦が、ここから動き出す。




