#08 彼の名は
「王位継承戦と王子達……」
メレーは紅茶を一口飲み、呟いた。
紅茶を運んできた従者が、音もなく部屋を出ていく。
「あの……このペンダントを額に当ててもらえば、もっと詳しく分かるんですけど……」
アンサーか……
「いや、結構。君達は私から情報を買う。私は売る。それだけだ。下手に肩入れする気はないよ」
相変わらずだな。
そこが信用できるのだが。
「先ほど名前を教えてもらった七人の王子の中で、私が情報を持っているのは三人」
メレーは指を一本ずつ立てる。
「テトラ=パトラ。ゴウ=クサバ。ツクシ=マコ」
「さあ、誰にする?」
メレーは目をぎょろぎょろと動かす。
「えっと……皆さんのことをお聞きするわけにはいきませんか?」
「ほほう?」
「ユウナ。それは無理だ」
「えっ?」
ユウナは驚いた顔で俺を見る。
「高いんだよ。こいつの情報は」
その分、情報の信用度は担保されているわけだが。
「……後払いは?」
「それはダメさ、レディ」
メレーは身を乗り出し、ユウナの顔を覗き込む。
「そんなに甘くはないのだよ。それに、君はもう少し焦ったほうがいい」
「えっ?」
「ナツカゲ。君が気づかないわけないだろ?」
メレーは首を傾げ、俺を見る。
「……」
「ナツカゲさん。どういうことですか?」
「王位継承戦が始まってから約一年。残りの王子の人数は八人のままだ」
「はい」
「なぜだと思う?」
「えっ?」
ユウナは目を閉じ、考え込んだ。
「みんな戦いたくないから?」
「そうかもしれないな。もちろん、答えは一つじゃないだろう。でも、最悪のケースもいくつか考えておいたほうがいい」
「最悪の……ケース?」
「王子達の力が拮抗している。あるいは、王子達が結託している。全員残ってるなら、この辺も考えられる」
「その中で厄介なのは、結託だね」
メレーは楽しそうに言う。
「ああ。単純に戦力が倍……もしかしたら、それ以上かもしれないな」
「そんなことが……」
「ペンダントが全部残ってるってだけじゃ、何とも言えないけどな」
「ふふふっ。私なら、協力の条件は最後の一人になってから吸収させると付けるかな」
「なんでですか?」
「今のところ、脱落者は出ていないことになっている。監禁されていたら分からないけどね。とにかく、負けたらどうなるかも分からない。それに、吸収させることで、他の王子に余計な情報を与えることにもなりかねない」
「監禁……」
「生かさず殺さず、喋れない状態にしておけば、王子の数は八人のままだからね」
ユウナは身震いした。
「……」
「レディ。情報は命だよ」
メレーは両手を広げる。
「何も知らない君は、もしかしたらもう孤立しているかもしれない。他の七人が、力のない君を狙っているかもしれない」
「そ……そんな……」
「メレー」
「いやあ、すまない、レディ」
俺もユウナも、言葉を返せなかった。
あり得ない話ではない。
ユウナは継承戦が始まってからの一年で、家も財産も失った。頼れる相手は、壁の向こうにいた俺だけ。
その間、他の王子達がどう動いていたのかも知らない。
不利な状況にいるのは間違いない。
それでも……
「ユウナ」
「は、はい」
青い顔をしたユウナがこちらを見る。
「今は俺がいる」
ユウナが目を見開いた。
「ほっほー」
メレーがにやりと笑う。
これが慰めになるのかは分からないが、今言えるのはこれだけだ。
「はい!」
ユウナは笑顔で応えた。
「メレーさん」
そして、メレーをまっすぐ見つめる。
「なんだね?」
「壁を越えて、一番近くにいる人は三人のうち誰ですか?」
「うむ。テトラ=パトラだね」
「ありがとうございます。その人について、詳しく教えてください」
「分かった。ナツカゲ、君もそれで良いのかな?」
「ああ」
「では、三十万クローネ頂こう」
「そんなにするんですか……」
「ああ、そうだよ」
「金は心配するな。俺が払う」
「でも……」
「王になったら、利子つけて返してくれよ」
「……はい」
「ふっふっふっ。交渉成立だね」
メレーは目をぎょろぎょろと動かした。
そのとき、部屋の中に一匹のハエが羽音を立てて入ってきた。
メレーは舌を伸ばし、それを一瞬で捕らえる。
口の中に収めると、両目がそれまで以上に忙しく動き始めた。
「な……何をしてるんですか?」
ユウナが小声で聞いてくる。
「メレーの異能だよ」
「えっ?」
ユウナはメレーと、ハエが飛んでいた辺りを交互に見た。
しばらくして、メレーは首を回しながらため息を吐いた。
「テトラ=パトラ。二十八歳、男性。通称は『からくり姫』」
「……姫?」
ユウナが小さく呟く。
メレーは構わず続けた。
「異能力者で、能力は電気。壁を越えてすぐの工業都市ドルマーで、自立型ギア専門の工場の責任者を務めている」
俺はソファに座り直し、耳を傾ける。
「いわゆる外様だが、権力などには興味がない。継承戦に積極的でないのも、そういうことだろう」
「それなら、話し合えるかもしれませんね」
「ただし、平和主義というわけではない。そこは気をつけたほうがいい」
ユウナの表情が引き締まる。
「争いに興味がないことと、争いを避けることは別だからね」
メレーはひと息ついた。
「まあ、こんなところだろうか」
ポットを取り、紅茶を注ぐ。
「工業都市ドルマー……」
「昔の記憶だが、確かに壁からはすぐだったな」
「そこに、私と同じペンダントの保有者が……」
ユウナは胸元のペンダントを握りしめた。
「もう大丈夫だろうか? このあと予定があるのでね」
メレーは紅茶を飲み干し、立ち上がる。
「助かった。ありがとう」
「ありがとうございます」
ユウナも立ち上がり、深くお辞儀をした。
「ふっふっふっ。それでは、レディ」
メレーの身体が徐々に透けていき、やがて見えなくなった。
ユウナは何か言いかけたが、口を閉じて俺を見た。
「行くぞ」
「……はい」
扉が開き、先ほどの従者が顔を出す。
俺達は従者に促されて部屋を出ると、その足でゴンドウの居酒屋へと向かった。




