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異能力者の用心棒 少女を王にする  作者: 酒吞ピース


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10/11

#10 壁を越えて

門の前まで来ると、自然と首が上を向いた。


 左右に伸びる壁は、視界の端まで続いている。見上げた先には見張りらしき人影があったが、ここからでは顔どころか、どちらを向いているのかも分からない。


「相変わらず、でかいな」


「近くで見ると、余計にそう思いますよね」


 ユウナは俺の隣で、同じように上を見ていた。


 開かれた鉄の扉には、幾つもの鋲が並んでいる。その奥には薄暗い通路が続き、出口の光が小さく見えた。


 ユウナがこちらを向き、少し微笑んだ。


「お願いします」


「なんだ、急に」


「なんとなくです」


「……そうか」


 ユウナは前を向き、門の中へ足を踏み入れた。


 俺もその後に続く。


 数歩進んだだけで、空気がひんやりとした。


 外では気にならなかった靴音が、石の床と高い天井の間で響く。壁に取り付けられた灯りが、一定の間隔で奥へと並んでいた。


 向こうから荷車を引いた男がやってくる。


 俺たちの横を通り過ぎた後も、車輪の音はしばらく背後に残っていた。


「来たときも、ここを通ったのか?」


「はい」


 ユウナの声にも、小さな反響がついた。


「そのときは長く感じました」


「実際、長いだろ」


「そうですけど……」


 ユウナは少し考えてから、俺を見上げた。


「今日は、前より短く感じそうです」


「まだ入ったばかりだぞ」


「そういう意味じゃありません」


 それだけ言って、また前を向く。


 俺は返す言葉を考えたが、面倒になってやめた。


 灯りの下を幾つも通り過ぎる。


 横の壁には鉄の扉があり、その向こうから人の話し声が聞こえた。何の部屋なのか、表には何も書かれていない。


 ユウナは足を止めずに歩いていた。


 俺も歩幅を少し狭め、その隣を進む。


 やがて、遠くに見えていた光が、出口の形になった。


 外から風が吹き込んでくる。油の臭いと、何かが焼けるような臭いが混じっていた。


 通路を抜ける。


 眩しさに目を細めた。その向こうで、白い蒸気が噴き上がる。


 車輪の大きな車両が、鉄の音を立てて道を走っている。建物の壁には太い管が這い、屋根の上では幾つもの煙突が煙を吐いていた。


 行き交う人々の格好も、秋津とは随分違う。


 山高帽をかぶった男が、裾の長い上着を揺らして歩いている。隣の女は腰を絞ったドレス姿で、飾りのついた帽子を片手で押さえていた。


 革の手袋をはめ、額にゴーグルを乗せた若い男が、その二人の間をすり抜けていく。袖をまくった腕には煤がつき、腰のベルトでは工具がぶつかり合っていた。


 秋津で見慣れた着物姿は、少なくともこの辺りには見当たらない。


 背後を振り返れば、今出てきた門がある。


 同じ国だというのに、秋津で見ていた景色は、その奥に隠れてしまった。


「ナツカゲさん」


 呼ばれて顔を戻す。


 ユウナは街の方を見ていた。


「ここからですね」


「ああ」


 俺は白鞘の位置を直した。


「相変わらず、騒がしいところだな」


「秋津とは全然違いますね」


「そうだな」


「ナツカゲさんの出身は、どっち側なんですか?」


「俺は門の通路に捨てられてたらしいから、知らん」


「……ごめんなさい」


 ユウナが視線を落とす。


「この歳で、そんなこと気にするかよ。それより、ドルマー行きの移動手段を探すぞ」


「あっ、それなら飛空艇が出てるはずです。……高いですけど」


「飛空艇か……しばらく見ないうちに、随分変わったな」


 空を見上げると、幾つもの飛空艇が飛んでいた。


 俺が秋津に行く前には、飛空艇はまだ開発途中だった。今では、それほど珍しいものでもないらしい。


「秋津に行ってからは、こちらには来なかったんですか?」


「ああ」


「それなら、驚くことが多いかもしれませんね」


「新聞ぐらいしか情報が回ってこないから、そうかもな」


「とりあえず、飛空艇乗り場に連れてってくれ」


「はい」


 ユウナが先に立ち、俺も歩き出す。


「そういえば、ユウナは着替えなくていいのか? ハイカラ姿のやつなんか、目立つぞ」


「シキ組長さんが選んでくれた服なので、この格好がいいです」


「前の服はどうした?」


「一応、鞄には詰めてます」


 ユウナは腰に掛けた鞄を、こちらに持ち上げて見せた。


「目立つと、面倒事が増えるかもしれないぞ?」


「守ってくれるんですよね?」


 ユウナが微笑みかける。


「……ああ。そうだな」


 思わず笑ってしまう。


 変わった景色を眺めながら歩いていると、先を行くユウナがこちらを振り返った。


「ナツカゲさん。こちらです」


 ユウナが指し示した先には、煉瓦造りの大きな建物があった。


 正面の時計の下で、人々が次々と入口に吸い込まれていく。旅行鞄を抱えた者もいれば、荷物を積んだ台車を押す者もいる。


 その建物の向こうに、鉄骨で組まれた塔が何本も立っていた。


 塔の上には、巨大な飛空艇が繋がれている。


 さっき空を飛んでいたものとは、随分と大きさが違って見えた。丸みを帯びた船体の下に窓が並び、側面には畳まれた羽のようなものがついている。


「……あれに乗るのか」


「はい。ドルマー行きの時間を見てみましょう」


 入口をくぐると、靴音と話し声が一度に押し寄せてきた。


 高い天井を鉄の梁が支えている。天窓から差し込む光の中で、細かな埃が舞っていた。


 壁際には窓口が並び、その前には幾つもの列ができている。頭上の大きな掲示板には、行き先と出発時刻が書かれていた。


 突然、頭の上で何かが鳴った。


 見上げると、壁に取り付けられたラッパのようなものから、くぐもった女の声が流れている。


 周りの人間は気にも留めず、歩き続けていた。


「……いちいち驚いてたら、疲れそうだな」


 ユウナが小さく笑う。


 その奥では、制服姿の男が柵の向こうへ乗客を案内していた。外へ続く扉が開くたび、蒸気の噴き出す音と、油の臭いが流れ込んでくる。


「まずは、切符ですね」


 ユウナは掲示板を見上げながら、窓口の方へ歩いていった。


 切符を買い終えたユウナが戻ってくる。


「ドルマー行き、ありました。もう少しで乗れるそうです」


「そうか」


 ユウナから切符を受け取り、案内された乗り場へ向かう。


 制服姿の男に切符を見せると、外へ続く扉の向こうへ通された。


 間近で見る飛空艇は、建物みたいだった。


 頭上を覆う巨大な船体から、何本もの綱が伸びている。その下に吊られた客室へ、鉄の階段が続いていた。


 脇では作業着姿の男たちが声を掛け合い、荷物を積み込んでいる。どこかで金属を叩く音がして、俺はそちらを見た。


「これ、本当に飛ぶんだよな?」


「ここまで飛んできたんですから、大丈夫ですよ」


「そりゃそうか」


 階段に足を掛ける。


 一段上がるたびに、靴の下で鉄板が鳴った。


 入口をくぐると、外の騒がしさが少し遠のく。


 通路の両側に、布張りの座席が並んでいた。壁には大きな窓があり、頭上には荷物を載せる棚がある。


「こちらですね」


 ユウナが切符を確かめ、窓際の席を指した。


 俺は鞄を棚に押し込み、白鞘の刀を手に持って腰を下ろす。邪魔にならないよう、足元に立てかけた。


 思ったより座り心地は悪くない。


 隣に座ったユウナは、早速窓の外を眺めていた。


「お前は乗ったことがあるのか?」


「はい。何度か」


「慣れたもんだな」


「ナツカゲさんも、すぐ慣れますよ」


 客室の前方で、制服姿の女が扉を閉めた。


 続いて、出発するので席を立たないようにと声が掛かる。


 足元から低い振動が伝わってきた。


 窓の向こうで、作業員が腕を上げる。船体を繋いでいた綱が外され、ゆっくりと離れていった。


 身体が座席に沈むような感覚がした。


「……おお」


 乗り場にいた人間の頭が、窓の下へ消える。


 鉄骨の塔が横を流れ、その向こうから街の屋根が現れた。


 さっきまで見上げていた煙突を、今は上から眺めている。


「飛んでますね」


「見りゃ分かる」


 ユウナが楽しそうに笑った。


 俺は窓枠に手を掛け、少し身を寄せる。


 建物の間を走る車両も、道を歩く人間も、みるみる小さくなっていった。


 その先に、壁が見える。


 地上では視界を塞いでいたものが、ここからだと街の端を縁取る一本の帯のようだった。


 ただ、その厚みは上から見てもよく分かる。


 俺たちが歩いてきた通路は、あの中を貫いているのか。


「秋津も見えますよ」


 ユウナの指す方へ目を向ける。


 壁の向こうに、見慣れた色の屋根が重なっていた。


「……ああ」


 ついさっきまでいた場所なのに、もう随分と遠く感じる。


 飛空艇が向きを変えると、秋津は窓の端へ流れていった。


 街並みが途切れると、畑と林が続いた。


 細い道を走る荷車を見つけて、目で追う。少しの間は見えていたが、やがて窓の下へ消えてしまった。


 飛空艇は多少揺れるものの、歩くよりはずっと楽だった。


 しばらくして、客室にドルマーへの到着を知らせる声が響いた。


 俺は背もたれから身体を起こす。


「ナツカゲさん。見えてきましたよ」


 窓の向こうに、建物が密集していた。


 街を横切る大きな道から、幾つもの細い道が枝分かれしている。煉瓦色の屋根の間に、背の高い建物や煙突が立っていた。


 その外れに、飛空艇乗り場の塔が見える。


 俺たちの乗る飛空艇は、高さを落としながらそちらへ近づいていった。


 屋根瓦の一枚一枚が見えるようになる。


 乗り場で待っている作業員が、こちらを見上げていた。


 低い機関音に、何かを巻き取る音が重なる。窓の外で綱が張られ、船体が僅かに揺れた。


 やがて振動が弱まり、客室の扉が開かれる。


「着きましたね」


「ああ」


 飛行時間は三十分ほどだろうか。


 ユウナが立ち上がる。


 俺も刀を手に取り、棚から鞄を下ろして、乗客の列に続いた。


 入口から外へ出ると、風が上着の裾を揺らした。


 鉄の階段を下り、地面に足をつける。


 振り返って見上げた飛空艇は、乗る前と同じようにでかかった。


「……大したもんだな」


 あれだけのものが、俺たちを乗せてここまで飛んできた。


 新聞で読んでいたときには、こんなふうに見上げることになるとは思わなかった。


「ナツカゲさん?」


「なんでもない。行くか」


「はい」


 ユウナの隣に並び、テトラ=パトラがいるドルマーの街へ向かった。

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