#06 イロハ組
「なるほどね。随分と込み入ってるじゃあないの」
シキ組長に、ユウナのことや王位継承戦について簡単にまとめて伝えた。
「あんたも大変だねえ」
シキ組長は煙を吐き、缶ビールを飲む。
「あ……あの……」
脱衣所から、ユウナがおずおずと顔を出した。
「あら! 可愛いじゃないか! 似合ってるよ、ハイカラ!」
シキ組長の言葉に、ユウナは顔を真っ赤にして、その場に立ち尽くす。
彼女の身を包んでいるのは、シキ組長が買ってきたばかりの一着だった。
鮮やかなピンク色のハイカラ衣装である。
艶やかな桜色の生地に、裾を彩る繊細な白梅の刺繍。歩くたびに裾が揺れ、淡い光を反射する。胸元にはリボンタイがきりりと結ばれ、足元には艶のある編み上げブーツが合わせられていた。
「着たことがないので、これでいいのか……」
「良いよ良いよ! あんた、うちの店で働きなよ!」
「アホ」
「冗談よ、冗談。継承戦とやらが終わったらね?」
「……」
「そんな睨まないでおくれよ!」
シキ組長は楽しそうに笑う。
「あ……あの」
「お前もいい加減に座れ」
「は……はい」
ユウナは俺の目の前の椅子に腰を下ろした。
「さあて、ナツカゲ。本題だね」
「ああ。今となっちゃ、来たのがあんたで良かったよ」
俺は煙草に火をつけ、煙を細く吐く。
ユウナが首をかしげた。
「シキ組長。しばらく用心棒の仕事、お休みを頂きたいです」
「断る!」
「……」
「……」
煙草を吸い、煙を細く吐く。
「シキ組長……」
「断る!!」
「……」
「……」
「……」
もう一度、煙草を吸って煙を細く吐く。
「あ……あの、組長さん?」
「なんだい? お嬢ちゃん?」
「私……どうしてもナツカゲさんの力が必要なんです……だから、お願いします」
「お嬢ちゃん。私だって、意地悪で言ってるんじゃあないんだよ?」
シキ組長は天井に向かって煙を吐く。
「ナツカゲはね、抑止力でもあるんだよ」
「抑止力……ですか?」
「そう。イロハ組に喧嘩を売ればナツカゲが出てくるから、やめようってなもんでね」
シキ組長はビールを飲み干し、缶を握り潰した。
「こいつに離れられたらね、面倒なのさ」
そう言って、俺の肩を抱く。
「ハナフダや他の連中だって、弱いわけじゃないだろ」
「あんたが特別強いんだよ。比べちゃ可哀想さ」
シキ組長は煙草を灰皿に押しつけて消した。
「一週間やそこらの話じゃあないんだろ? 雇い主である私に、何かメリットのある取引をしな。ユウナちゃん?」
「メリット……お金ですか?」
「さあね?」
交渉相手がシキ組長なのには同情するが、これからのユウナにとって必要なことかもしれない。
ここは見守ることにするか。
「……」
ユウナは俯き、しばらく黙り込んだ。
シキ組長も俺の肩を抱いたまま、ユウナを見つめている。
「……」
十七歳の子に、ヤクザの組長との交渉なんて無理な話か。
「シキ組長。俺が……」
「ナツカゲさん!」
ユウナが俺の目を見た。
「……もう少しだけ、お願いします」
「……」
「分かった」
「ふふっ」
シキ組長が嬉しそうに笑う。
しばしの沈黙のあと、ユウナはまっすぐシキ組長を見据えた。
「私はユウナ=ロードレイジ。組長さん、お名前を伺ってもよろしいですか」
「アタシはシキ=イロハだよ」
「ありがとうございます」
ユウナは息をひとつ吐く。
「シキ=イロハ。ユウナ=ロードレイジの名のもとに、貴女に誓います。私は必ず王となります」
「……それだけかい?」
「はい」
「ふっふっふっ、はっはっはっはっ!」
シキ組長は声を上げて笑った。
「アタシに何の関係があるんだい?」
「王である私からの恩恵が受けられます」
「なれなかったらどうすんだい?」
「考えてません」
「それに賭けろってかい?」
「はい」
「あんたは今すぐ用心棒を手に入れる。アタシの取り分は、王になってからかい?」
「はい」
「随分とお預けを食らうねえ。それはいつになるんだい? 明日かい? 五年後? それとも十年後?」
「分かりません。でも、待つだけの価値はあります」
「なんだい?」
「絶対に勝てる賭けだからです。ナツカゲさんを貸してくれたら」
「……」
ユウナとシキ組長の睨み合いが続く。
「ふふっ。とりあえず及第点だね」
シキ組長は煙草に火をつけた。
「それじゃあ……」
「あんたらの好きにしな」
ケラケラと笑いながら煙を吐く。
「あ……ありがとうございます」
ユウナは涙目になり、ほっと息をついた。
「おまけだからね? 今のままじゃ、ユウナちゃんなんか、あっという間に食われちゃうわよ?」
シキ組長は煙草を咥え、意地の悪い顔で笑っている。
「は……はい!」
「シキ組長……」
「まあ、そういう訳さ。ナツカゲ、あんたは今からこの子の用心棒だ。こっちのことは任せときな」
そう言って、シキ組長は立ち上がった。
「いやー、久しぶりに楽しかった。やっぱり引きこもってばっかじゃあ、見えないもんもあるさね」
「……あんた、もしかして最初っから」
「アタシはヤクザもんよ? つまんないこと言うんじゃあないよ」
俺の言葉を遮り、シキ組長は玄関へ向かう。
「それじゃあね」
少し進んだところで、ふと足を止めた。
「ユウナちゃん」
「は、はい!」
いつの間にか立ち上がっていたユウナが、背筋を伸ばす。
「またね」
「……はい。必ず」
「ナツカゲ」
「ああ」
「お土産よろしく」
「あいよ」
そのまま振り向かず、シキ組長は部屋を後にした。




