#03 王位継承戦
彼女は息を一つ吐き、話し始めた。
「ナツカゲさんは、二十年ほど母と一緒に暮らしていたんですよね? その間、母の騎士も務めていたって」
「騎士なんて大層なもんじゃないさ。ただの用心棒だよ。ロードレイジ家のな」
俺は煙草に火をつけた。
「私のこと、覚えてますか?」
「ああ。生まれた時から、三歳ぐらいまではね」
「ふふっ。私も少し覚えてます。いつも怖い顔をした人がいるなって」
「……悪かったな」
俺は大きく煙を吐いた。
「ふふっ。それで、ナツカゲさんがいなくなってからの十数年間、どこまでご存じですか?」
「ユーリアからの手紙で多少は……ただ、三年ほど前から手紙が来なくなってな。それ以降のことは知らない」
彼女は視線を落とした。
「……母が病に伏せた頃ですね」
「……最後の手紙には、しばらく手紙は書けないが、待っていてくれってあったんだが……そうか」
俺は灰皿に煙草の灰を落とした。
「父と同じ病でした……そのまま、二年前に……」
顔を伏せた彼女の肩が、小さく震えた。
「……水だけじゃあれだろ。コーヒー淹れるから、ゆっくり待ってな」
「……お砂糖とミルクを」
「あいよ」
「冷たいのがいいです……」
「……あいよ」
俺はキッチンに向かい、コーヒーを淹れ始めた。
壁を越え、ここ暁津に住み始めて、もう十四年ほどになる。
あの頃三歳だった彼女も、今は十七ぐらいか。
その歳で両親を亡くし、今度はアーミーギアに追われている。
王位継承戦に、七人の王子。俺の知らないところで、一体何が起きているのか。
……まずは、ゆっくり話を聞くとしよう。
「お待たせ」
彼女の前に、氷の入ったカフェオレを置いた。
「ありがとうございます」
目元が少し赤くなっている。
俺はあらためて彼女の向かいに座った。
「落ち着いてからでいいぞ」
温かいコーヒーを一口飲む。
「いえ、大丈夫です」
彼女もカフェオレを一口飲んだ。
「母が亡くなって一年ほど経った頃、現国王バルデアム=ドーンサンデス様から、王位継承戦の開始が発表されました」
「王位継承戦?」
「はい」
彼女はグラスを置いた。
「私を含めた八人のペンダント保有者が、次期国王の座をかけて争うんです」
彼女は胸元のボタンを外し、ペンダントを見せた。
「これが何なのか、聞いたことはありますか?」
「ああ、ユーリアから聞いたことがある。現国王が即位した六十年ほど前に、八つの家に贈られたってやつか?」
「はい。ただ、どうやって選ばれたのか、なぜその八家だったのかは、どの家も知らないはずです。もちろん、ロードレイジ家も」
「しかし、ペンダントを手にした家は、それから裕福になったとか何とか」
「はい。ペンダントを授かったことで、貴族に迎えられた家もあります。もともと上流階級に属していた家もありますが、ロードレイジ家は違います」
彼女はペンダントに目を落とした。
「私たちのように、ペンダントによって新たに貴族となった家は、外様と呼ばれているんです」
外様か。
ユーリアも、そんなことを言ってたっけ。
「で、その王位継承戦ってのは、結局何をするんだ?」
俺は煙草に火をつけた。
「ペンダントを吸収するんです」
「吸収?」
思わず聞き返した。
「はい。他の七人のペンダントを自分のものに吸収させることができれば、バルデアム様から祝福を受けられるんです」
「よく分からんな。そのペンダントは、宝具か何かなのか?」
「宝具……というより、呪具に近いです」
「呪具?」
「継承権を放棄しない限り、死ぬまで外せないんです」
「なに?」
彼女はペンダントを強く握った。
「外せなくなったのは王位継承戦が始まった日からです。ロードレイジ家の者に頼んで、鎖を切ろうとしたり、焼いたり、叩いたりもしました。でも、傷一つつきませんでした」
「……そいつは、もともとユーリアがつけていたはずだろ?」
「はい。母が亡くなって形見として私が……」
「……」
俺は煙草の煙をゆっくり吸い、静かに吐いた。
「お前の父親は、確か婿入りだったな?」
「はい。母には頭が上がらないって、よく言ってました」
彼女はどこか悲しげに笑った。
ペンダントは、ロードレイジ家の血を引く者に受け継がれるのか? それなら、婿入りした父親ではなく、娘のユウナに移ったことにも説明がつく。
いや、父親はユーリアより先に亡くなっている。それだけでは、何とも言えないか……
それよりも……
「そんな危険なもんだって、つける前に誰からも聞いてなかったのか?」
彼女はさらに目を伏せた。
「知らなかったんです。それに、母の形見だったので……ごめんなさい……」
俺は頭を掻き、煙草を灰皿に押しつけて消した。
「……そうか。知らなかったんだよな。ごめん。」
我ながら大人げない。
「いえ、全然!」
「しかし、継承戦か……さっきの言い方なら放棄もできるんだろ?危険な目に遭うぐらいなら放棄したらどうだ?」
「放棄したらペンダントの所有権が他の家系につまりロードレイジ家から移るんです。自分が嫌で逃げてそれによって関係ない家を巻き込むのも……」
「確かに呪具だな……」
「はい。放棄してから一日間だけは自分の手元に残るそうなんですけど、それを過ぎたら消えちゃうみたいで。」
「やけにペンダントについて詳しいな?誰かから聞いたのか?」
「聞いた……と言うより……んー」
彼女は腕を組み考える。
「あの……その……ナツカゲさん…」
「なんだ?」
「わ……私の胸に頭を埋めて下さい。」
「……は?」




