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顔替えの杜  作者: 真水
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第七話 滝

何分経ったのだろうか。いつの間にか境内の石畳の冷たさと安堵から意識を飛ばしていたようだった。

先ほどまでのまるで床に縫い付けられていたような足の重さが幾分か、マシになっていたがそれと同時に境内の石畳の冷たさに身震いした。ゆっくりと立ち上がる。

周りはいつの間にか真っ黒な雨でも降りそうな曇り空のせいなのか、薄暗くなっている。

なんの音も聞こえない。先ほどの鳥も。中年の声も。揺れる木々も。


ぼんやりと社務所に明かりが見える。

そちらに向かい歩き出す。

-チリン

まるで、気付け、とでもいうように。

なにもしなかった境内でやけに澄んだ音が響く。


ビクッとしてじぶんのポケットを探った。忘れていた。ジジイにもらった鈴。あんなに全速力で走ってきたときでさえ鳴っていたか?逃げるのに必死で気づかなかっただけか?

乱暴につっこんでいたままの鈴をとりだして繁々と眺める。

なんてことはない、普通の、鈴だ。親指の爪ほどの大きさの綺麗な金の球体には渦巻く紐のような装飾が飾られている。その中に隙間からのぞく鈴には自分の顔が映っていた。

その後ろに

―誰かいる。


ぞわりと全身の皮膚が粟立つのを覚えた。

勢いよく振り返ると自分よりも少し小柄な背格好の男性が立っていた。

「・・・いつからいたんだよ」

自然と不快感から額に深く皺が刻まれる。


「いらっしゃい」

想像していた言葉のどれとも外れて、反射的に乱暴に聞き返してしまった。

「は?」

白衣に身を包んだ、顔は薄気味悪い笑顔の面。

口元を隔てているのに、やけに聞き取りやすい声だった。

「お面を見に来たんじゃないのかな?それとも、捨てに来た?」

「・・・滝を、見に来た」

「ああ!滝ね、そう、みんなそこに来たがる。」


なぜか身体が勝手に歩みを進めてしまう。

また鈴が鳴った。手に握っていたはずなのに、少しも濁らず澄んだ音で。

強く。


目の前の男の動きがピタリと止まる。

「・・・それ、誰にもらったの?」

「さあな」


一瞬、声の柔らかさが消える。

近づきたくない、というように男が一歩距離を取った。

でもまたすぐに柔らかい声に戻った。

「ふふ、まあいいや」

双塔にかかる()()をくぐった先にある滝は思ったよりも大きかった。

むき出しの岩肌に当たって飛ぶ滴がこちらにも届く。上が迂曲し、最後に一気に高低差が激しくなっていた。

滝壺は澄んでいるが底が見えなくて暗く、飛沫が白く泡だっている。


「ここはね蛇胎の滝」

堕胎?気持ち悪い名前。昔の人間の考えることはわからんな。

「こんなのがなんで観光名所なんだよ」

「さあ、花魁淵とかもそうでしょ、大した意味なんてないのさ」


―蛇胎の滝、昔、飢饉時やここでは身体を冷やして堕胎していたという噂や姥捨て山のような側面を持っていたとされる。

鎮魂の意をこめて面川神社が建立。

亡くなった人間を忘れぬようお面を祀りはじめ、面が日々集まるようになった。

また、近年代では滝行なども行われていたが、穢れを滝で流していたためいつしか穢れが溜まり続け、それも行われなくなり今にいたる。


だたいのたき、とネット検索するとそんな紹介文が目に留まった。

信憑性があるのかないのか分からない好き勝手に書かれている大型掲示板だ。


「いまも面を集めてるのか?」

「そうだね、いまはちょっと意味合いが違うんだけど・・・要らなくなった顔、役割、感情をこの滝に捨てるんだ。すっきりするよ」

「どういう」


ふと彼が俺の顔に触れるか触れないかのところで手を当てる。

ぼんやりと暖かくなって痛くはないのに硬い何かを剥がされるような感覚を覚える。

「ほら、君の面だよ」

いつのまにかそいつが面を持っている。どこか俺に似ている、苦悶の面。

「裏にね、血で、いらないものを書いて、滝で洗うんだ」

バッと取り返す。きもちわりい。


「ふふ、顔に戻すんだよ」

なにも聞いてないのに思考を読まれたみたいに男が話す。

「チッ・・・やなやつ」

木目を顔に近づける。昔見た漫画を思い出して少し嫌な気分だった。血を吸うとかなんとか。

ただ、思い出した。千歳が言っていたことを。

―顔替えの杜。ここの事かもしれない。

こんなことなら千歳にちゃんと聞いておけば良かった。と。


ポタ、頬に滴が落ちる。滝とは違う、もっと大きな滴が黒い雲のコップからあふれ出したようだった。

「雨だね、おいで、社務所でお茶でもいれよう」

「俺、帰る」

「それは危ないよ、これからもっと雨が酷くなるよ」

「でも友達が待ってる」

「ああ、そうだね、じゃあ呼んであげたらいい。きっと彼らも来れるよ」

―呼べばいい。ここはそういう場所だから。

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