第六話 穢れ
ぶっぶ、と千歳の携帯がなった。
千歳は携帯をみて、一瞬驚いた顔をして、すぐにいつもの顔に戻った。
キャンプ場についてから、千歳は心ここにあらずのように何かを考えていた。
そんないつもの千歳とは違う、難しい顔した彼をみてあきは形容し難い胸騒ぎを感じていた。
「夏は?」
・・・まさか、夏彦が行くなんて予想外だった、と千歳は明らかに俺に話しているようではないように呟く。
千歳の声の届いていない様子に不安になって声を大きくする。
「ねえ!夏がどうしたの?夏、俺に会いたくないって?」
「あー、ちがうちがう、でも、うーん、会えない、かも」
「どういうこと!?」
千歳は説明したくないような、言葉が見つからないような、顔だった。
それから、「バカみたいなこというけど」と前置きをしてから話を始めた。
「あきは、ここじゃない世界を信じる?」
「え、異世界、とか宇宙人とか?」
「まあ、そうだね」
「信じてないけど、合ってもいいと思う、地球があるんだから、宇宙人もいるっていうか」
「あー・・・ね、まあ、じゃあ言うけど、たぶんアイツ、ここじゃないとこにいる、かも」
宇宙人に連れ去られたってこと!?と思ったが千歳が真面目な顔をしていたので、その疑問は茶々をいれるような気がして黙っていた。
「夏から、面川神社にいるって連絡がきたんだけど、面川神社って、随分前に廃神社になってて、行けるはずないんだけど、夏そこにいるって」
「怖い話やだよ~、千歳、いつもの冗談じゃないの?」
千歳が眉を下げて困った顔をした。
それから、また携帯に目を落として指を滑らせてもうちょっと時間を頂戴。と小さくつぶやいて黙った。
時間があまりにもゆっくり流れていく。
何度も携帯の時刻をみても時は進まなかった。
「どうしたらいいの?!おれも出来ること考えたいけど、わかんない!」
明らかに落ち着かないあきに千歳は優しく答えた。
「おれもわかんないから考えてんの」
それからも千歳はずっと考えていた。
どうやってあちらの世界にいけばいいんだ。
魔が入り込む・・・魔に馴染む、穢れる?
穢れる行為、まずキャンプしたから風呂には入っていない。夏彦もそうだった。
物理的に汚いことは良いことのような気がした。
他に、穢れになるもの、死?その辺の鳥でも殺すか?
おれはできる。けど、あきはできるか?考えられない。
完全に詰んでいると思った。
あきに生き物を殺せる訳がない。
ひとつ思い付く。あきができるかはわからない。
そうして、ふと魔が刺す。
そういうふうに事が進むように誰かが天啓をもたらしたに違いなかったように。
夏にも殺されそうだ。でもいま、魔に近づくにはこれしかない。
「あき、」
あきもあきなりに一生懸命考えてる様子ではあった。思いついた行為をあきに告げるのは受け入れてもらうには些か難しいものであった。でも夏彦が絡むのならば、期待を持って口にする。
「・・・相手の体液を飲むと悪魔が入り込むっていう方法が手っ取り早いんじゃない?」
「どういうこと?」
そりゃそうだった。童貞に分かるわけ無い。
「にぶいな~」
「つまりさ、お互いの精液を飲もうよってことだよ」
「なんで!?!」
「悪魔に魅入られる要項に他者の体液を飲むって言うのがあるんだよ、糞尿よりましでしょ」
「だからって・・・え、千歳の、飲むって事?」
「まあおれもだけどね~」
「千歳は嫌じゃないの!?」
「そりゃ嫌でしょ、でも夏を助けるための方法として試すならまあ、やぶさかでもないかな~」
「本気・・・?」
「本気だよ、夏彦を助けたいでしょ」
千歳の提案は奇天烈すぎて、時が止まったようだった。
千歳の精液を飲む・・・?
思考が上手くまとまらず狼狽する。千歳は真剣な顔をしている。
おれ男だけど?男が男の?飲むの?そりゃ、アダルトビデオでは女の子が飲んでるけど。え、でも、上手く言葉にできない。そんなふうに千歳をみたこともない。
そもそも、たつのかな?
「いや、やっぱりできない!おれは女の子がいい!はじめては!」
「なにもケツ出せとは言ってないでしょ」
「いや、でも、そういうことしたらその、はじめてじゃあなくなるじゃん!」
「そう?でも考えてみなよ、はじめてが女の子なら女の子は男がリードしてくれると思うでしょ?そこでかっこよく主導権握れるの?あきが」
「そうだけど~、でも・・・」
「俺だったらそのへん理解してあげれるし、へたくそ、とか思ったりしないよ安心でしょ?」
「そ、そうかもだけど・・・!」
「でも俺は!千歳と!なんかそういうので!気まずくなったりしたくないっていうか・・・」
「ならないよ大丈夫、これはほら、仕方ないことだからさ」
「だってもし万が一すきになっちゃったりして、付き合ったりして別れたりしたら・・・」
「想像力たくましいね~」
「え!?意識しないの?!するでしょ!」
「そうだね~あきはしそうだね~」
「そしたらやっぱ千歳と別れるときがくるかもしれないし」
「なんのはなししてんの?」
「だからやっぱ無理!ごめん!!!!」
「あはは、なんか振られたみたいで癪なんだけど」
「ごめん、他の方法考えるから!」
あきが真面目に考えた答えは意外だった。夏のためだったら、了承しそうなもんだと思っていたけれど想像通りにはいかないものだった。
「いったん、タンマ。一服してくる。」
・・・思ったより手強いな、童貞。
「千歳!思ったんだけど、体液なら血でもいいんじゃない?」
知ってた、血でもいいことを。でも精液の方がいい、と思っただけだ。
「あ、たしかに~!あき賢いね~」
知らなかった、ような顔をした。
「おれ、病気ないから!大丈夫だよ!」
「じゃ、そうしよっか~」
なにも分かってないあき、気づいてよかったね。
左手の生命線をなぞるようにナイフで切る。
血が切り口から思い出したように勢いよく溢れる。
あきは眉をぎゅっと寄せていかにも怯えた顔をした。
「おれ、そんな切れないよ」
「あ、たしかに、そんな切らなくてもよかったかも」
だらりと親指の付け根から赤い滴が手首へ流れていく。生暖かい血が肘まで流れて床にぽたりぽたりと落ちていく。白い手首と対比して、鮮やかに見える。
「ほら、止血して」
「え、手首絞めとけばいいの?わ、血すご」
怯えたあきに耐えかねて自分で手首をぎゅっと握る。一瞬手の中に閉じ込められた血が勢いよくだらりと流れる。
「ほら」
あきは目をぎゅっと瞑っておれの手を咥える。生暖かい舌がおずおずと傷口を舐める。
「はは、次はあきだよ」
千歳が戸惑い無く親指の付け根をナイフで切りつけて俺は目を塞いだ。
ちょっと、針で刺すくらいかと思っていたのに、千歳が無表情で自分を傷つけるのが怖くて、
いままで一緒にいたのに俺と千歳はなにかが全然違うと思った。俺は千歳に促されるまま、千歳の手に口をつけて血を舐めた。
鉄っぽい味がして人の血なんて舐めたことがないから自分の血とは味が違うこと、赤黒い千歳の血は俺の真っ赤な血と見た目も違くて、終わったら血液型を聞こうと思った。
そんなどうでもいいことを考えないと血の毛が引いてきて、怖かった。
自分の手までドクドクしてきてもうすでに自分が切ったみたいだった。
俺の番がきた。
・・・は、はーー、精神を統一してだらだらと覚悟が決められないでいる。
ナイフで刺すのをいつまでも戸惑っていると、千歳がしびれをきらしたように乱暴に俺の手を取った。
小さなささくれを見つけて口をつけ、そのまま皮を歯でむしった。
その後その人差し指を掴んで絞り出すようにして、流れた血を吸う。
ぬるっとした暖かい口の中の感触をいつかで見た光景を思い出して下半身が疼いてた。
千歳は想像したことを見透かしたように「咥えてもらった方がよかったんじゃない?童貞」と笑った。




