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顔替えの杜  作者: 真水
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第五話 千歳利春と九条あき

夏彦の、状況が飲み込めない顔、傑作だったなあ~。そう思いながらバイクを走らせる。

思い出してつい目を細めてしまう。

晴天の空は地面に反射してまぶしく光っていた。

到着して、時計を見ると到着時刻まではまだ時間があるようだった。

夏彦のバイクだけはホームからでも見える位置に置いたまま、自身だけを見えにくそうな場所に移動してささくれになったトゲが刺さりそうなベンチに座った。

聞き慣れない鳥のさえずり。

駅舎の木はハゲて直線的に白くなっていた。

ロータリーからホームを隠す物は動物の侵入を防ぐためのフェンスだけしかない。

そろそろかな、電車が一度千歳の視界を遮った後、見覚えのある姿が映る。

こちらには気づいてないそれをジッと目で追うと、それはいかにも落ち着かない様子でこちらを探しているようにも見えた。


「おつかれ~」

勢いよくヘルメットを投げてやると受け取る前に手に持っていたものをこちらにも投げ返してきた。

迎えにくるやつに買ってきたであろう自販機の缶。

投げられたこのブラックコーヒーは夏彦が好きな飲み物だった。

何度も電車でイメージトレーニングでもしたのだろう。

迎えに夏彦がきて、謝りはせずとも、ヘルメットを渡すような。

あきはそういうやつだ。

一瞬だけこちらの存在に気づいたとき明らかになにか言いたげの顔をした。

だからといって俺がきたことが不満なわけではなく、その後の表情はむしろ安堵したようでもあった。


バイクに乗ったあきはうるさかった。

「あいつ俺のこと童貞とかなじるくせに、人の恋邪魔してくるの最悪じゃない!?」

背中越しでエンジンにも負けないように大きな声でいう。

「ウケるほんと最悪だね~」

ちゃんとあきに聞こえるように、昨日とは違って俺も声を少し大きくした。

「謝らないしさ」

あきは不満げだった。口をとがらせているのが脳裏に浮かぶ。

でもこれはいつものことだから。

「でも友達やめないんでしょ」

「そうだけどさあ」

「夏彦が嫉妬深いのわかるじゃん」

「え、そうなの?」


何年、お前は夏彦と一緒に居るんだよ。と伝えそうになったが、やめておいた。

確かに世間の“夏”のイメージとは似ても似つかない。

一見感情の起伏が分かりづらい夏彦が“夏”だなんて、大層名前負けだと思ったが真夏の太陽のようにじりじりと焼くような痛いほど内にため込んだ感情を抱える姿は夏彦の夏らしさだ。


あきと夏彦が喧嘩をしたことは知っていた。内容は、夏彦が100%悪いと言っても過言ではない。

ただ夏彦の言い分も分かる。実際に側にいるあき自身を信用しないで噂で好意が揺れるような安っぽい好意ならいらないだろう言った夏彦の言葉は、大切な人間が付き合うかもしれない相手であるなら誰しも感じる嫌悪感であった。

そういうことを踏まえても、開き直りとも思える反省の色がまるで見えなかった夏彦に、あきもムキになって怒るのは至極全うな話だ。


「夏から離れたら?」

冗談みたいにできるだけ軽く言う。

不意に背中に体温が、肩には重みを感じる。

あきは顎をのせて、千歳とあきの間にはもう距離はなかった。

「それはない。夏も千歳もいないとおれ無理だもん。」

即答したあきの声はさっきにも増してはっきりした声だった。

あきのこの素直なところはみんなに好かれる、おれも、夏彦も見習うべきところだ。

「あはは、うれし~・・・」

でもこの声は聞こえなくてもいい。風に紛れて消えて届かなければいい。


「・・・夏、怒ってた?」

なんでお前が分かってないんだよ。二人を知る人間にはそんなことは誰がみたって分かりきっていた。

スロットルを開けるとスピードを上がって、エンジンが唸る。

「怒ってるわけ無いじゃん、たぶん反省してる、俺があきと連絡してたとき、ずっと下向いて黙ってたもん」

「も~じゃあ尚更謝れよ~」


あきは俺の背中にぐりぐりと顔を押しつけて行き場のない思いをどうにかしようとしていた。夏にちゃんと思ってること言いなって。と念を押した。

あきは、口で言っても夏に負けるもん。と弱気な様子で、先ほどのハッキリとした物言いをする男はどこへ行ったのかと思うほど小さく言葉を紡いだ。

昨日より風は穏やかで暖かかった。羨ましいくらいに。


「それよりさ~彼女のことはもういいの?」

「うん・・・、彼女が幸せならいいっていうか」

「奪っちゃえば?」

「えーやだよお、人のもんに手は出さない主義なの!」

「なにその主義~」

「じゃあ千歳は他のひとのもんとるの?」

「取るよ」

今度は千歳が即答だった。一瞬も迷わずその言葉を選んだ。

「早いか遅いかだけでしょそんなもん、あ、でもあきはもう悪い噂があるから無理だったね~」

腹立つ!といいながらバイクの後ろから俺の背中をドシドシと拳をぶつけるあきはまるで昨日の弟たちみたいだった。

力の弱さまで。


「ねえ、もし俺が男が好きって言ったらどう思う?」

「千歳が!?」

あきの明らかに上擦った声に笑いそうになるのをこらえて腹筋に力を入れた。

「うん」

おれがわざと切なそうな声を出すと、

右側のミラーから覗くあきは自分のヘルメットに手を当ててまるで髪を触ろうとしているようだった。

「えー・・・、いや応援するよ!!!大変だろうけど・・・」

傷つけないよう言葉を探り探りの様子だった。

その一生懸命な様子に思わず我慢できずに吹き出してしまう。

「あはは、うっそ~!」

「なんだよ!!!」

「なんてね、あき、好きだよ」

一瞬の沈黙があった。空気を壊さないように黙ってサイドミラーをもう一度覗く。

「え!!!あ、えっ?!?」

暑かった背中の隙間から一瞬冷たい風が通り抜けた。


「あはは、バッカ、うそだよ。何回騙されるの、童貞」

「おい!!!大体婚前交渉するやつがおかしいんだよ!」

「ウケる、ピュア~」

ウケないし!!!とあきの体温が背中に戻ってくる。

あきは俺の腹部に腕を回してぎゅうと力を込めた。

グエ~なんていう俺をあきは嬉しそうに大好きな人形を抱きしめる子供のように笑っていたのを右側のミラーで見ていた。





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