第三話 キャンプの夜
火は思ったより頼りなかった。
薪の組み立て方が悪いのか、パチパチと不安定に燃えては時々小さくなって、慌てたみたいに赤く盛り返すのを繰り返していた。
「ねえ、これ消えない?」
「どうだろうな」
そう言いながら夏は枝で火をつつく。
火の粉がはねて、勢いよく枝がまとまって崩れた。
着火剤に使った紙が灰色のカスになって辺りに舞う。
その一瞬、暗闇の中で星のように散った光が、千歳の顔の影をより濃く鮮明にした。
星の欠片は突いていた夏のほうへ勢いよく、その懐に飛び込んでいった。
「あっちぃな!」
その様子を見て千歳が「夏彦は本当に運が悪いよね〜」と、腹を抱えてそれは楽しそうに笑った。
ブッブ、と短く千歳の携帯が鳴る。
千歳は視線を落として、携帯画面を見た。先ほどとは違って明るく照らされた目の中には四角のそれの形に光が灯っていて、意識がこちらから遠のくのが分かった。
連続で鳴り続ける音。相手は分かっていた。
それは大学の友人、九条あきからの連絡だ。
-夏彦と喧嘩した。
-しってる~
あきは夏彦―、古賀夏彦の幼なじみだ。
幼稚園から一緒だという二人はもう兄弟みたいなもののように一緒にいた。そんな二人が別々に行動しているとなれば、なにかあったことは火を見るより明らかだった。
思い返せばそんな二人とは学校初日、席が隣になったことでそのまま馴染む形で大学生活を共に過ごすようになった。
メッセージは勢いよく流れてくる。
-夏彦がどう考えても悪いよね?まあでも、俺も言い過ぎた、かも
-夏彦に直接言いな~
-それはなんかさあ、あっちが謝るべきじゃん・・・
-うんうん、それは夏彦が悪いねー
-じゃ、いれるね、じゃないんだよ!笑
火がパチパチと音を立てる。夏の鳴らない携帯はポケットに突っ込まれたまま、詰め込まれた機能を持て余して静かなものだった。
向かい側から見る夏は真っ暗な森のなかで揺れる火がそんな彼をぼんやりと揺らめかせていた。
-ま、そんな仲直りしたいなら明日こっちくれば?いま夏彦と面川ってところでキャンプしてんの、駅までなら迎えにいってあげるよ。
-えー・・・
-とかいってもくるでしょ?キャンプしようよ
少しの間、不満げな前文は合ったものの、分かっていた。
どうせ、くる。
「OK」とぶっさいくなスタンプがあきから送られてくる。
・・・ほらね。
こういうとき、いやでも“お兄ちゃん”が顔を出す。
もう、癖になっていてどうしようもない。
もーいいや、と呟くと千歳は携帯をポケットにしまった。
あまりに無表情で、いつもの千歳ではない何かのようだった。
無音では耳鳴りみたいな音が気になる。
ただ少しの衣擦れの音、火のパチパチという音。そういうものでこの耳鳴りを紛らわせないといけない。意識をそちらにだけ向け続けていれば耳鳴りが聞こえなくなる世界で千歳の声だけをジッと待った。
千歳は改めてこちらに向く。
次はおまえに構う番だとでもいうように。
それが少し、胸の真ん中がザワザワした。
「さ、お酒のも~」
千歳はお酒が強かった。大学でもいつだって先に潰れるのは俺たちの方で千歳だけはみながイキって飲むのが梅酒ロックであるなかで、いつもなぜかウイスキーにレモンをドバドバ入れて、飲むのが好きだった。
でも今日は珍しく千歳が、ウイスキー飲むでしょ?といわゆる“千歳割り”を手渡してきた。
正直おれはウイスキーが得意ではない。それも知っているはずだ。千歳なら。
でも今日は俺が断らないことも分かってた。もしかしたら別の意図が、いや、そこまで気を使わねえか。こいつ。
「ねえ、男が好きって言ってたやつ、どうなった?」
「・・・どうも。なんなら嫌われたんじゃねえの」
「告白してないのに?」
「そうだな、そもそも相手が男なんて好きじゃない」
「ふうん、なんてアドバイスしてあげたの?」
「わかんねえから千歳に聞いたんだろ」
「その人さあ、両思いになりたいの?彼氏彼女みたいな関係になりたいの?」
「わかんねえよ、ただ、誰にも取られたくないんだろ」
「なるほどね~」
自分でも何を言っているのか分からなくなってきていた。どんどん千歳がウイスキーをつぐからもうウイスキー特有の苦手だと思った匂いも感じ取れない。
最初は炭酸水で割っていたのに、いつの間にかそれがなくなって、ほぼストレートに檸檬をいれたものになっていた。ただ千歳はとても楽しそうだ。
お酒を飲むとどうしてもタバコが恋しくなる。タバコををつけようとポケットに手をやるとタバコはもう空になっていた。千歳はそれに気づいたようで、自分のポケットから、一本だした。
千歳の吸う、タバコは匂いが好きじゃない。誰も吸わないような変なタバコなので聞いたら昔読んだ小説のだれかが吸っていたとかで吸い続けている、あんまり見ないタバコだ。
千歳は見せつけるように先の火をチカチカさせて煙を燻らせてそれを手渡したきた。
俺はそれを受け取ると一口だけ吸って息を吐いた。
酔っているのもあって、今日はそんなに嫌じゃない味だ。
千歳は満足したように笑って「自分を好きになってくれる人をすきになったらいいのにね。」と言ったけど俺はもう眠たくて、目を閉じたくなっていた。
「ほら~、中はいるよ」
「うん」
きっと今日の会話は覚えていない。千歳も覚えていないといいけど、無理だろうな。




