第二話 千歳利春サイド
土曜の夜は、だいたいうるさい。
ゲームの音、誰かが泣く声とか、そういうのが一度に重なる。
テレビもつけっぱなしで、誰も見てないくせにただ何気なしに音が流れてる。
「ちょっと、うるさい!」
言ったところで静かになるわけでもないのは知ってる。
でも言わないと、自分の声まで埋もれる気がして腹が立った。
どうにもならなくなって、誰かと話したくて。
兄じゃない、親の代わりじゃない、年相応の俺を演じれるひとと。
呼び出し音を聞きながら、壁に背中をつける。少しだけ、この家から離れるみたいに。
「あ、夏彦?ごめん、うるさいよね~」
わざと軽く言う。軽くしないと、重さがバレる気がした。
「明日さ、空いてるでしょ?」
一瞬、間が空く。
ほらね、と思う。こういうところ、正直だよなあいつ。
わかっている。
「だとおもった!」
被せるみたいに言う。
そう、なら、逃げられる前に、決めてしまえばいい。
「ね~ドライブ行こうよ、夏彦のバイクで」
後ろでなにかがぶつかる音がする。
振り返らなくても、誰がなにをしたかだいたいわかる。
「おい、物投げんな!」
怒鳴りながら、ちょっと笑う。ほんとは全然笑えないけど。
「ははは、忙しないことだな」
受話器の向こうで、夏彦が笑う。
その言い方が、少しだけ腹立つ。外側から見てるやつの声だ。
「ちょっと、声でかくしてもいい?」
言ってから、変な言い方したなと思う。でももう引っ込められない。
「俺も息抜きしたいの!」
子供みたいだなって、自分でも思う。でもそれくらいじゃないと、言えなかった。
次の日。後ろに乗ると、エンジンの振動が腹の奥まで届く。
夏の背中は頼りないわけじゃないけど、しがみつくと少し不安になる。
だから余計に、力を抜いた。
ちゃんと掴むと、離せなくなりそうだったから。
風が強い。目を細めると、遠くの山がぼやける。
このくらいの距離がちょうどいい。はっきり見えないくらい。
「なんでわざわざこんな田舎にきたいんだよ」
「静かなとこにきたかったんです~」
言いながら、自分でも笑う。この“です~”って言い方、家では絶対しない。
「はは、おまえんち騒がしいもんな」
「でしょ?ほんと疲れちゃう」
そこまではいつも通り。ここから先が、いつもと違う。
「まだバカだから理性的な話通じないしさあ」
言いながら、次の言葉を探す。
言うか、やめるか。
風の音が大きくなる。それに紛れれば、なかったことにできる。
でも今日は、ここまで来たから。
「顔替えの杜って知ってる?」
「知るわけない」
即答。そういうとこ、好きだなと思う。
わかりやすく興味も無いんだろうな。でももう言ったんだから、どうでもいいや、このまま続けてやる。
「そこではさあ、顔を取り替えてくれるんだってさ、いらなくなった顔」
少しだけ、夏彦の肩が動く。
「オカルトか?」
ほら、やっぱりそういう反応。
「あー、やだやだ」
笑って誤魔化す。本気にされたくないくせに、少しだけ期待してた。
「降り落とすぞ」
「やってみろバカ」
わざと煽る。スピードが上がる。
体が傾く。遠心力で、夏彦に引き寄せられる。
一瞬だけ、ちゃんと掴んだ。
「マジになんなって!落ちる!」
笑いながら言う。怖いのは落ちることじゃない。
ちゃんと掴んだままになることのほうが、怖い。しばらくして、ぽつりとこぼす。
「たまにさ、お兄ちゃん、やめたくなんの」
言ったあと、少しだけ後悔する。重すぎたかもなって。
「それが顔替えの杜?」
違う。でも、違わない。
「ま、夏彦にはわからないよね」
逃げるみたいにしか言えなかった。
「ひとりっこだからな」
そういうところ。線を引くところ。
わかりやすくて、安心する。
でも、ほんとは、ちょっとくらい越えてきたら面白いけどな。
まあ、夏彦には無理か。
「辞めない方がいいだろ」
その声は、さっきより低かった。
「どうなるかは知らんが、お前が兄弟を大事にしてるのはわかるぜ」
わかってる。そんなこと、言われなくても。
だから余計に、どうしていいかわからない。
気づいたら服を掴んでいた。
「って、じゃあこんな田舎来る意味ないじゃん!」
明るく言い直す。
これ以上続けたら、なにかいらない言葉が喉をついてでてくる気がした。
「意味ないな」
「じゃ、キャンプしてかえろ~」
指を伸ばす。見えてるわけじゃないけど、たぶんあっち。
「なんかこっから3キロ先にキャンプ場があるみたいだし」
「じゃあたまには肉食うか、酒もな」
「いえ~い!」
ちゃんと笑えてる。たぶん、大丈夫。
ヘルメットで、顔は見えない。
だからいまの顔のまま、お兄ちゃんの顔は捨てないことにした。




