第一話 古賀夏彦と千歳利春
BL×ホラー
「なあ男が好きってどう思う?」
「なに、急に」
呆れたような顔を一瞬して千歳利春は俺の目を見据えた。
そして、不毛だね。と視線を逸らさず、間髪入れずにいうものだから俺はその目付きに居たたまれなくなって窓の外に目線を逃がした。
「なに、お前、男がすきなの?」
「いや、俺の友達の話」
「ふーん、・・・ウケる。」
頬杖を付ながら千歳は鼻で笑った。
そしてその話はなかったことにするように明るい声でその話題を流す。
「それよりさ、ねえ、次の日曜日どっかいこうよ、どうせ暇でしょ」
「暇じゃねーよ」
土曜の夜七時。
スマホが震えてテーブルで円を描いている。
薄い木目のテーブルにスマホがぶつかる度に乾いた音が部屋に響いた。
この年で男同士が電話するなんて生まれてこの方したことがなかったから、今でもこうやって電話をかけてくる千歳が不思議だ。
通話ボタンを押す。
耳を当てた瞬間、向こうの空気が流れ込んできた。
生活音がそのまま、すべてを伝えてくれている。一人暮らしのこの部屋ではまず聞けない音だ。
電話先はガヤガヤとしていて、テレビゲームの音、時折に幼い子供の泣き声が混じったり、喧嘩したりする声が聞こえていた。
だからこの長方形の先に俺とは別の時間がちゃんと流れていることが分かる。
見えないのに、世界が見えるような気がした。
「ちょっと、うるさい!お前たち喧嘩すんな!・・・あ、夏彦?ごめんうるさいよね~、明日さ、空いてるでしょ?」
予定はない、先日同様、暇呼ばわりされるのが癪だったのでなにか理由でもつけようと思ったがとっさにはなにも思い浮かばず、少しの間ができたのを千歳は見逃さなかった。
「だとおもった!ね~ドライブ行こうよ夏のバイクで。あ、ちょっとまって、おい、物投げんな!」
「ははは、忙しないことだな」
大した意味をもたず、わざと軽く返したつもりだった。
千歳はその返事にムッとしたようで、声を荒げる。
「ちょっと声を大きくしていい?亅
俺は面を食らった。
千歳が声を大きくするなんて、今までなかったから。
「俺も息抜きしたいの!」
そういって千歳は思い返したように一呼吸おいて笑い声を付け足した。
子供みたいだって千歳も分かっているだろう、と思う。そういう、側にいる子供のような振る舞いと、兄としての大人の狭間のような物言いで拗ねたことを俺に表現したことがあまりにも珍しくて頭から離れなかった。
翌日、エンジンをかけると鈍い振動が足から伝わる。
春先の空気はまだ冷たく、ヘルメットの隙間から通り過ぎる風も一層冷たかった。
バイクの後ろに乗った千歳はとても楽しそうにしていた。
田舎の大して代わり映えのない景色だったが、千歳が希望した場所に向かっているからか千歳は始終ご機嫌で鼻歌なんかまで歌って遠くの山の方を見ていた。
千歳の鼻歌はテレビでたまに流れる車のCMに使われている洋楽の歌だ。
歌っている人間を俺は知らない。
田んぼはまだ水も張られていない灰色で遠くの山の緑だけがつやつやと光っていた。
千歳は遠くの山を焦がれているようだった。
「なんでわざわざこんな田舎にきたいんだよ」
「静かなとこにきたかったんです~」
「はは、おまえんち騒がしいもんな」
「でしょ?ほんと疲れちゃう、まだバカだから理性的な話通じないしさあ」
少しの沈黙があった。
途切れた言葉から伺っているような言葉を選ぶような、少し間を置いて、伝え方を決断したんだろう。
「顔替えの杜って知ってる?」
「知るわけない」
「そこではさあ、顔を取り替えてくれるんだってさ、いらなくなった顔」
「オカルトか?お前がそんな非科学的なことをいうとはな」
「あー、やだやだ、無知を棚に上げてさ~」
「降り落とすぞ」
「やってみろバカ」
スロットルを開けるとエンジン音が一段高くなる。
スピードを加速して蛇行して左右に揺さぶる。
バイクの曲がるたびの傾斜の連続の体重移動に千歳は自分で支配できない力に根をあげた。
「マジになんなって!落ちる!」
そう言う千歳は言葉とは裏腹に至極楽しそうだった。
「たまにさ、お兄ちゃん、やめたくなんの」
エンジンの音に混じって小さく聞こえたような気がした。
「それが顔替えの杜?」
「ま、夏彦にはわからないよね」
「ひとりっこだからな」
言いながら、前だけを見る。
道路脇の枯れ草が項垂れるように風に煽られて倒れていく。
向かい風だ。
でも・・・、言いたい言葉を飲み込むかどうか迷う。
辞めない方がいいんじゃないのかと思った。
千歳は兄弟が多い家庭に生まれた、それ故に、必然的に大人の代わり、親の代わりを担っていて、我慢せざる事も多いことは日常生活からも窺えた。
だとして、兄じゃなくなったとき、こいつがなにを生きる糧に頑張れるのかが皆目見当もつかなかった。
無責任な言い草だとも思った。
実際に千歳は兄を辞めたいくらいには疲れているのだ。
ただそんなオカルトに傾倒しそうになるくらいなのは心配物だが。
俺にはまだどこまで踏み込むべきかの判断はつかない。
あくまで感想以上のことを千歳を分かり切ってもいないのに答えるのは不誠実だと。
そうは思いつつ、会話の流れ上、ひねり出した慰めのような言葉はそう言わざる得なかった。
「辞めない方がいいだろ」
風が強くて、俺の通りの悪い声ではとどかないかもしれない。
だとしたらそれでも良かった。
届かないなら、千歳にはいらない言葉だと思ったから。
少しだけ声を低くした。
聞こえない方がいい気がしたから。
「どうなるかはしらんが、お前が兄弟を大事なのわかるぜ」
千歳はそんなこと分かってるというように、俺の腹の前で手をぎゅうっと握った。
「って、じゃあこんな田舎来る意味ないじゃん!」
「意味ないな」
「じゃ、キャンプしてかえろ~」
何もない田舎の、何もない景色の遠くにバカでかい看板が小さく見えた。
千歳の目ならみえたのか。
「この先3キロ先キャンプ場があるみたいだし」
「じゃあたまには肉食うか、酒もな」
「いえ~い!」
千歳が年相応に楽しめる場所が、時間が合ってもいいだろうと、俺はキャンプ場にハンドルを切る。
山の方へ、少しだけ細くなる道へ。




