真冬×夏 (本編神社に千歳達がくるまでの間の話)
襖を数回優しくたたく音がした。
外の激しい雨の音に溶けてしまいそうなくらい控えめな音だった。
「夏」
襖の向こうから聞こえた声に顔を上げる。
その声の主があけてもいい?とこちらにお伺いをたてる。
「・・・入れよ」
招き入れ開いた襖から、冷たい空気が流れ込む。
真冬は相変わらず童子の面をつけていた。
正座のまま、音もなく、にじって入ってきた。
真冬は首をかしげてまた声をかける。
「隣に座ってもいい?」とまた改めてお伺いを立てた。
「好きにすればいいだろ」と、ぶっきらぼうに答えた。
まだ警戒心は解けない。初めて会って、親切にはしてくれのは事実だが異質感が消えないからだ。その言葉にも真冬は気にしないように柔らかい言葉でもう一度問う。
「踏み込まれるのは嫌かと思って。」
その一言に眉間に皺が寄る。
「どうしてそう思ったんだよ」
真冬はその返答になにも言わなかった。
「じゃあ好きにするね」
そうして、すぐ側に座る。
ただ布団に座っていた自分の布団には入らず、その敷き布団が隔てたすぐ隣の畳だった。
その畳がわずかに軋む。
てっきり布団の横に座ると思っていた。
外の雨は一層強く、バタバタとなり、境内を満たしていた。
それ以外の音は聞こえない。その沈黙を破るように真冬が声をかける。
「夏がここに呼ばれたのは蟠りがあるからなんだよ」
「捨てるか迷ってるんでしょ?」
「は?」
さっきから全然会話は噛み合っていない。
でも、真冬は俺の言葉ではなく、俺の本心と会話しているようだった。
だから真冬には言葉なんていらないのかもしれない。
昔から口が上手くなかった。冗談を冗談と読み取れなかったし、思ったことを口にしすぎて対人関係はうまくいったためしがない。俺だけじゃない。俺と話す人間が、疲れていく。
そういうのを感じるうちに、自分にも相手にもうんざりして自分の殻にこもっていくしかなかった。
いつのまにか自分が人間の心が分からない人間じゃないもの、化け物みたいに感じていた。
そう考えたのは一度や二度じゃ足りない。
幼なじみのあきだけが、笑って、いつも俺を呼びに来た。
人に囲まれたあきがその輪に俺を無理矢理引っ張り込む。
「も~夏!」
そう笑ってくれる声が俺を人間につなぎ止めていた。
あきがいれば馴染める。人間に。人間になれた気がした。
だからあきを好きになってしまったのはしょうがなかった。
でもその気持ちがいつか全部、壊してしまう。
いつかこの気持ちがバレたらあきが離れていくかもしれない。
おれの性格を考えれば時間の問題でもあると思っている。
未来が怖い。
だから、あきへの思いを捨てるかどうか迷っている、と捉えられたような質問に沈黙した。
「捨てたら楽になるよ」
「それをできるのは、俺だけだからずっとここにいてよ」
「夏の事救えるよ、きっと、一緒にいたいな」
真冬のお面は無機質で、自分の顔のようだった。感情を目や口で表現するものが人間だというなら、それが分からない自分には相手からも面と会話しているのと何ら変わらないと思われているような気がした。
面の真冬はなんとなく俺自身のような気がして、まして、真冬は会話は変だが、自分の言えない部分すらも見透かしてかみ合わせてくる。これは居心地が悪くない。
絆されたら本当に帰れなくなりそうで距離をとろうと言葉を選ぶ。
「・・・なんで今日きたばっかの俺にそんなこというんだよ」
信用できない、と思っていた人間から出た言葉に狼狽する。
「だって、夏はそのこを思うと化け物みたいになる自分が嫌でしょう?」
「好きなだけなのに、相手が幸せになりそうだと壊す方向に向かっちゃうような、そういうの友達のふりした化け物みたいになってく自分を怖がってる、側にいるべきじゃないって」
「でも側にいたいから、苦しいんだよ」
「・・・は、そんな話いつしたよ、おれが」
「今してるよ。」
そうだ、笑ってあきの幸せを祝福できない。壊そうとする。
反省もする。でもこれからだってその衝動性を止められる気はしなかった。
「だからその気持ちをもう捨てるの、夏は」
酷く優しい声だった。雨に紛れそうな穏やかな声で囁いた。
「・・・予言かよ」
「うん、予言だよ」
面は笑わない。はずだ。
でも光の加減か、ろうそくの火に揺れる真冬の面は俺を見透かしたように笑っていた。
「・・・っ」
「きっと俺たち、仲良くなれるよ」
「俺はもう結構夏がすきだよ」
「夏が苦手なことは俺が補ってあげる」
「夏は俺の側にいてくれればいいんだよ」
そこから一歩も動いていないのに、何かが近づいてきている気がした。
真冬が、ずっと、先ほど襖を開けル前よりずっと。
招いたのは襖、ではなく、俺の内面の中だったのかもしれないと恐ろしくなった。
「お友達はもう呼んじゃった?」
-だれか、いませんかー?
少し離れたところで、声がする。聞きなじみのある、安心する声だ。
真冬は笑った。
「・・・でもいいよ、きっと夏はもう俺のことずっと思い出すから」
大雨の中の遠くなのに、身体が安堵したように雨の音より鮮明に感じ取る。
千歳の声だ。それに真冬も気づいた様だった。
「お友達、きたね。迎えに行っておいで」
「・・・。」
そのまま、隣に座っている真冬の隣から離れ、社務所をでた。
真冬はそこから動かなかった。
見送っている。でも視線はずっと俺を追っていた。
もしかしたら、もう逃げられないのかもしれない。そんな不安を背中に抱えて。
真冬は、未来がなくて、夏は未来が怖い、相性よいでしょうね。




