ハピエン後 あき×真冬
真冬どうしてるかな。
数日は良かった。千歳も、夏彦も、無事に山を下りて、なにも変わらずに一緒に過ごす大学生活。でも、じゃあ、真冬は?
ずっとあの山の中で、面と、山のささやきみたいな風と、一人でいる。
そう思ったら急にいても立ってもいられなくなった。
真冬さみしがってないかな。会いに行きたい。
そんなことを考えたら次の休みには面川に降り立っていた。
二人を誘えば止められる気がして、生まれて初めて内緒の旅だった。
えー・・・どうやっていけばいいんだろうなあ・・・今日は一人だし、汚れること・・・
少しの間うんうん唸っていたが分かりそうもない。
とりあえずこのまま山登って、滝のところまで行こう!
やってみる。千歳のように知識もない、夏のように捨てたい感情を抱えてもいない。
たどり着くか、なんて考えても分からなかった。
蛇胎の滝の前につく。
静かで、穏やかで、寂しくて、暗い。
水面を覗く、このまま、潜ったら、行けるかなあ。
水面が揺れて白い手が見える。驚いて首を引っ込めようとした首に冷たい手が滝壺から伸びて水面に引き込まれる。あ、また、息吸い忘れた・・・っ
「あき、きてくれたの?」
「真冬!」
引き込まれた先で、真冬も俺も滝に浸かりながら真冬の白い手が俺の首から離れる。
冷たい手。でももう一度会えて嬉しくなる。
「真冬に会いに来たんだよ!」
真冬が驚いた顔をして、嬉しそうに微笑む。
「うれしい、滝にいたらあきの顔がみえたから、引き込んじゃった。くるしかった?」
「ううん、会えてよかった!真冬冷たいよ、身体冷えちゃってるんじゃない?あがろ」
自分の身体も寒さからか震える。急いで真冬の手を引いて、上がる。
双塔のべしみが喋る。これももうおなじみだ。
ただ今日は俺をちゃんと見ている。
そうして、だめだ、だめだ、という。
「だめって?」
「なんでもないよ、この子達は心配してるの、あきのこと」
「心配?」
「俺があっちの世界に返したがらないよって」
「大丈夫だよ、俺ちゃん帰るし、絶対また真冬に会いにくるから」
・・・そう宣言されるとね。と真冬は笑った。
双塔のべしみも、呆れたように、でも嬉しそうな顔をした。
真冬は本当に、ここのすべての面に愛されている。
風呂を借りてから、真冬と他愛ない話をする。
真冬の笑顔を綺麗だ。でも、俺みたいに腹を抱えて笑うって事はないんだと思う。
どこか、寂しくて、切なくなる。いつか終わることを憂いているような、顔。
そんな真冬が俺のことを見ている視線は長くて、時々照れくさくなる。
真冬は嬉しかった。
思い出してくれるなんて思わなかったから。
あきには、夏彦も千歳も、家族も、いる、大切なものに囲まれて、大切なものを大切に思っている。
あきの人生の椅子取りゲームの椅子にはいつも全員座っている。そこに自分が座る余地など考えたことなどなかった。
真冬は生まれたときから空っぽだったから。椅子取りゲームには自分しか座っていない。
音楽も鳴らない。奪い合う相手がいない。奪い合う、ものもない。
唯一、与えられたものは面に閉じ込めた、不要な感情だけ。
人間にとってガラクタみたいなものだけが真冬の宝物だった。
人間の身体で生まれたはずなのに、あきのようにたくさんのことを感じる間もなく滝壺に沈んだせいでなにも知らない。
捨てられた神域の、不必要だと忘れられた子供。
飢饉という状況がそうさせたと何度も自分に言い聞かせた。
ずっと誰にも選ばれず、関わりを持った人間に閉じ込められた。
誰も戻ってこない。誰も拾い上げに来ない。だからひとりが当たり前で、それをもうなんとも思っていなかったはずだった。
―ああ、ほしいな。あきのこと。
「でさあ、千歳が・・・どうしたの」
無意識にあきの頬に触っていた。あきは小首をかしげる。
「あきは綺麗だね」
その言葉にあきが少しだけ肩を揺らしたが逃げなかった。
「俺の穢れと、混ざったら、どっちが勝つかな」
「真冬・・・?」
「あきが俺を綺麗にしてくれるのかな」
「それとも俺があきを汚すのかな」
あきは息をのむ。真意が分からない。でもこれだけは分かる。
真冬は自分が汚いものだと思っている。
「・・・なんで、真冬は自分が汚いみたいにいうの?」
「さあ、そういうものだから」
「穢れるって、何?」
「汚いもの、憎いとか、執着するとか、血とか、死とか、みんなが触れたくないもの」
あきが手を伸ばして、真冬に触れる。
「別に触れたくないものじゃないよ、真冬は」
あきは苦しくなった。目の前のこの人は自分が誰もが触れたくないものだと、それが当たり前だと思っている。
「あきを、あっちの世界に返さないよ。あきの方からきてくれたから」
「あきは俺のこと心配してくれたんでしょ」
「でもおれは、あきの世界なんてどうでもいいから」
「おれが欲しいって、俺だけのために、あきの幸せは考えないよ」
「そういうの、邪悪、っていうんでしょ」
ぞわりとした。真冬は本気だと分かったから。
淡々としている声だった。事実だけを、自分にはそうすることができる力がある。
そういう、言い方だった。
「千歳はおれのこと怖いって分かってる、だから距離を取る」
「でもあきは怖いのに逃げない」
触れた手に真冬が触れる。
冷たくて、細くて、綺麗な、蝋のような手。
「あきはあぶないよ、近づきすぎて、後戻りできなくなったら、どうするの」
息を吸う。そうして小さい子供に教えるみたいに、優しく笑う。
「どうもしないよ、俺が真冬に触れたのは、俺が真冬に伝えたかったからだよ、真冬はそういう世界のひとが嫌うようなものじゃないよって」
真冬が、俯く。
考えたように、少しの沈黙が流れる。
やけにそれが長く感じた。でも真冬の言葉を待つ。
「・・・また、ちゃんと会いにきてくれる?」
「くるよ。約束する。」
真冬は泣きそうな顔をした。美しい顔がどんな顔をしても美しいままだった。
作られたものみたいに、人間らしさなんてない彼の、一瞬見えた人間らしさだった。
「明日までいるからいっぱい話しようよ、俺の話もするから真冬の話もしてよ」
「明日まで?」
「うん、明日まで」
「明日なんてこなきゃいいのに」
「明日がこなかったら、新しい真冬にも俺にも会えないよ」
「いやだよ、こなくていい」
寂しそうな真冬にもう一度触れる。
真冬が視線を上げて目が合う。
さっきの瞳とは違う、揺れる瞳の中の光。期待。
俺の光と、真冬の穢れ、混ざり合ったら。といった真冬の言葉を思い出していた。
抱きしめてしまいそうになったのは愛情不足のこどもへの気持ちだ。
あきは自分にそう言い聞かせた。
これで春→夏→秋→冬→春 思いが繋がって満足です




