バットエンド後 真冬×千歳
真冬と暮らすようになって、分かった。真冬はおかしかった。
まず距離感がおかしい。
すぐ触れたがる。拒絶してもそんなことは構わないというような態度だった。
そして俺がイライラしたり醜い感情を表したときに嬉しそうな顔をする。
「おかしいよ、お前」
「どこが?」
「意味わかんないんだけど」
「千歳のことすきなだけだよ」
「お前が俺のなにを知ってるっていうの?」
「わかんない」
「わかんないってなに・・・」
そんな感じで全然俺のペースに引き込めない。
社にはスマホだけが残っていた。
もう何も鳴らない。なのに電源だけは残り続けている。
電話はかけない。繋がらないから。
なにも思い出せないけれど、特定の二人といつも俺は笑っている写真ばかりが残っている。
「ねえ、真冬、これ誰?」
「千歳の友達だよ」
「友達なのに俺覚えてないの?なんで?」
「苦しかったから」
「苦しい?」
「うん、でも、それ、見ないで欲しいな。」
「なんで?」
「嫌だから。千歳は俺だけのものだから」
「はー、はいはい、めんどくさ」
そう言いながら、寂しくなる。
記憶のない俺はもう、過去の「千歳利春」ではない。
そう分かりつつも、「千歳利春」だった、姿を思わずにはいられない。
俺はこんな風に笑えるやつだった?
そう自分を疑わずにはいられなかった。
俺がこんなふうに笑える人間ならば、そもそも生きることのなにが苦痛だったか今の俺にはわからない。
この笑顔が演技ならば、
そうして思う。
いまの俺からしてみれば、演技でなくては気色が悪いくらいだ。
スマホに残っている写真を見る。
思い出せないのに、ここにいたかった気がした。
帰りたい、そう思うとき、真冬はいつも俺に触れる。
「なに」
「べつに、なにも」
「なんで触るの」
「千歳が人恋しがってるから」
「はあ?」
でも面をつけているときよりずっと面のない真冬は恐ろしい。感情が見えるからだ。
綺麗な顔の口元は優しく笑っているのに目の奥は少しも笑っていない。
深い滝壺のような冷たくて暗い目。
冷たい手。ああ、こいつは本当に人間じゃないんだなと思う。
その冷たい手が頬に触れる。
「千歳、外は痛かったでしょ?」
確認させるように囁く。
「ここなら痛いことないよ、面も、僕も全部、千歳の味方だから」
その言葉に上手く息ができなくなる。
外は痛かった気がする。
息がしずらかった気がする。
でも、写真の俺は笑っていたのに。
誤魔化す術しかない俺が真冬を揶揄う。
「・・・なに、嫉妬~?写真見てるだけなのにめんどくさいやつ」
「真冬ってほんと重いよね」
ヘラヘラ笑って誤魔化す。
戻るってどこに?思い出せないのに。
真冬は一層近い距離で俺の顔をみて囁く。
「千歳、俺に不安になってほしい?」
やめろよ、言った俺がバカみたいだろ。
真冬はたぶん俺より幼いはずだった。
弟みたいに甘えてくるとき、単純に弱ってるのかと思った。
だからお兄ちゃんの自分が顔を出しそうになる。
息を吸うみたいに優しくしそうになって、気づかされる。
そんなことは必要じゃない。
「ねえ、最近ずっと写真みてる」
「は?」
「どこかにいきたがってる」
「してないし。なんなの」
「嘘つき。ずっと違うとこみてる。」
「意味分かんない、ほんと、めんどくさいおまえ」
「ふふふ、そうだね、千歳がそうやっていえるのは俺だけだもんね」
「はあ?キモいんだけど」
そう言う。
でも時々怖い。そんなこと生きてきて誰にも言わなかった。
怖いのは俺がそういう言葉を言えることじゃない。
俺が、「真冬」にだけは、言ってしまえることだ。
誰がではない、俺が真冬へこの振る舞いを息を吸うように選択できることだ。
それは明確に他者と、真冬が違うことだ。
俺の意思に反して。
もっと怖いことがある。
それは真冬が、俺のこと食い尽くすみたいに。
やっと得た獲物みたいに見てる気がする。
全てを受け入れて、なんでも無いことの様に笑っている。
それが俺が一番怖かった事だ。人からどう見られるか。
それをどうとも思っていないことだ。
怖い。止めろ。
これ以上くるな。自分の守り方が分からなくなるから。
だから真冬が嫌いだ。
俺の想像の範囲外にいる。
真冬は俺をたいてい肯定した。
でもその癖、自分の意見は絶対に譲らない。
その幼い顔と絶対的威圧感で俺とは違うやり方で支配する。
俺は心理で他者が動くように選んできた。
でも、真冬はそんなことはちっともちらつかせない。
でも分かっている。きっと、この下の農村を壊滅させるような力がある。
でも俺に、俺の選択ひとつで、麓の村を壊滅させる可能性があるような、振る舞いをする。
他者の評価が世界で一番大切だった俺に。
性格が悪いと常々腹が立つのに、真冬はそれに無自覚だ。
だから、結局俺が、俺の選択ひとつで村を滅亡に追いやれる世界だ。
最初は本気で嫌がっていた。
全部が気持悪い。
お前の思い通りになるものかと。でもそうじゃない。
そういう無自覚の悪の中で、川の流れが岩を侵食して崩していくように少しずつ少しずつ嫌悪感を削っていく。
真冬の言葉は甘い麻薬みたいだ。
少しずつ摂取しておかしくなる。
「・・・わかったって」
いつだって小さくため息が漏れる。
・・・降参だ。
いつもそうやって、俺が黙らされる。
でもいつのまにかそれが心地よくて、ここに来る前の俺の存在がどうでもよくなってくる。
そうやって依存心が育っていくのに嫌悪感を覚えるのはここにくるまでの過去の俺が警報を鳴らしてるんだと思える。
でも抗えない。あまりにもこれは日常に生きてきて得られなかった麻薬だから。
どんな俺も肯定する世界。正しくないのに。




