遙か未来の千歳×夏彦
両思いエンド
かなり未来にならないと訪れないという気持ち
秋だった。今年ももう終わりに向けて少しづつ流れていく。
どうして夏が好きになったんだっけ。
あの日は朝早くから仕分けのバイトをして、そのまま大学に行った。
正直、朝早くから働いてから大学へいって、家の家事の全てをやって、あいつらはすんなり寝てくれなくて、そういう日が続いて疲れていた。でもそういう顔を見せるのをよしと思えなかった。
あきと夏、その他大学の友達、ふたり、五人で飯に行った帰り道だった。
いつも以上に口数を多くした。バレないように。空元気だった。でもバレたことなんかない。
これが俺の世界のいつもどおり、だった。
みんなが当たり前に笑っているのをみると安心する。
ああ、今日もうまくいっているって。
それなのに夏だけが、ジッと俺に物申したいみたいな目線を向けたから俺はそれを見ない振りしてまたへらへら軽口をたたいた。
夏が口を開く。
「・・・お前、今日うるさすぎ」
「急になに?」
びっくりした。あまりにもストレートな否定だったから。顔が引きつるのが分かる、腹立つとも違う、言葉にできない蟠りが胸にこもる。
ふたりはその一瞬ピリッとした空気にビビったのか、俺らはこっちだから~なんて苦笑いしながらあきを連れて道を分かれて行った。
残されて、口を開く。
「・・・なに、喧嘩売ってんの?」
「無理してるときわかりやすい」
「は、ウケる・・・」
予想外の言葉にフリーズした。
そして、その意図が分かるのに時間はほとんどいらなかった。
ああ、これは、気遣いだ。あまりにへたくそな言葉にふっと笑いそうになる。
「帰るだろ、後ろ乗ってけよ、送る」
「・・・うん」
夏の背中は温かかった、でもなんで無理していたのがバレちゃったんだろう。そういう思いが頭を支配していた。
夏の背中にもたれて考えればいつも夏は態度で示してくれていたような気がした。
ブラックコーヒーが嫌い、仕事先でもらったのをどうしようかなどと思案していると、間違えたとか言って持ってるカフェラテと交換してくれって言ってきたり。
大学のめんどくさいな~ってやつに絡まれてるとこっちこいって呼んでくれたり。
今だってこうやって家までバイクを走らせてくれている。
「・・・夏、俺、今日イタかった?」
「べつに。」
「最近ずっと疲れてた。でもそれを見せるのみっともないと思って」
「うん」
「だから夏があのときみんなを帰してくれて、よかった」
「喧嘩売られたと思ってたくせに」
そういって夏が笑う。俺も思わず、笑う。
ああ、そうだ。そうだった。
今日の様は夏からみたらさぞ滑稽だったろうに。
俺のこと見透かすくせに、思ったことはいうくせに、拒絶したり同情したり、ましてや俺みたいに支配しようとしない。だからこそ。
その日からコイツは俺のことどう思ってるんだろうって気になったんだ。
そこからは夏のことばっかり目で追っていた。その目線の先の、あきも。だから苦しくなったんだ。
ふふふ、なんとなく笑ってしまう。
夏が怪訝そうに俺を見ている。
「なんだよ」
「いやー、夏の事すきになった日を思い出したんだよね~」
久々に仕事が落ち着いて、空気が落ち着いた夜だった。
千歳が、夏を誘う。
駅前の居酒屋は騒がしくて安心する。実家みたいな安心感と目の前には好きな人。
「おつかれ」
「かんぱーい」
夏がビールを飲む。
喉が上下する様、ビールの結露して濡れる滴を薄ら笑顔で眺めていた。
至極美味しそうな満足した顔がかわいくて、茶化すことしかできない。
「はは、立派なおっさんじゃん~」
「うるせえな」
笑う。いつも通りに。
目を細める。愛しくて、こうやって大学を卒業して数年経って、好意を示しても変わらずに過ごせる時間が当たり前になっているのは大学で作った空気感のおかげだろうか。
誰も茶化したりすることのないくらい馴染んだ、おなじみの台詞。
そして夏がなにも変わらないから。
本当に、すべてがいつも通りだった。
だから千歳も油断していた。
「夏」
「ん?」
「おれのこと好き?」
案の定、夏が吹き出す。
千歳も冗談みたいに笑う。
「おれは好きだよ夏の事さ」
「はいはい、酔ってんだろ」
「はは、ちょっとね」
本当は酔ってない。
久々の夏の一挙手一投足見逃すつもりなんてないから。
こういう会話は大学時代から何度もした。
「好き。」
「会いたい。」
「キスしてもいい?」
「触っていい?」
「隣にいてもいい?」
全部冗談みたいにして。傷つかないように。
だから今回もそうなると思っていた。
店を出たときに吹いた夜風は冷たい。
二人で駅へ向かう。他愛ない話をして、笑って。
変な客の話、嫌な上司の話、大学のときの友達の行方。
酔ったときの夏が好きだ。
ちょっと言葉が素直になる、触れても拒否しきらない。
何度このままキスしちゃおうかと思った。でも、本当に拒否されたら立ち直れないから。
いつだって最後までは踏み込めない。様子をみて、すこしずつ、探り探り。
「千歳」
夏が呼ぶ。
真面目な声だった。
「なに?」
夏は少し黙る。
表情が硬くなる。眉間に皺が寄って、難しい顔をして考えていた、言うか迷っている気配。
そんな顔だった。
嫌な予感がした。
「さっきの」
ああ。そこ掘り返してくんの?本当に止めて欲しい。
終わっちゃうじゃん。そう思った。
「・・・おれがお前を好きかってやつ」
やめろ。
言うな。
今さら。
「冗談じゃないんだろ」
「・・・何言ってんの、いつもどおりじゃん」
笑う。いつものように。
「酔ってたんだって~たのしくおわろ?」
逃げた。怖い。聞きたくない。否定されたら、誤魔化すのを否定されたら。
どんな顔をすればいいのか分からないから。
今日だって、いつも通りに、終わりたい。明日もあさってもいつも通りに。
いつもみたいに。
夏が止めた足は動かなかった。
どうしよう。一人だけ夏を置き去りにして歩く訳にもいかない。
作り笑いで振り返る。
「なに~帰らないの~?」
「千歳」
低い声。
「おれも悪かったけど」
「向き合ったらどうなるのかって」
「いまがもう十分だって」
知ってる。
だから困るんだよ。いまがもう十分過ぎるって俺も分かってる。
夏の視線はいつも真っ直ぐで、怖くなる。
逃げ場がない。
「ずっと」
「本気で、言ってたんだろ」
千歳は返事ができない。
なんて返すのが正解?
「おれに言ってたこと」
ずっと。
何年も。
「・・・」
「違う?」
違わない。
違わないから困る。
千歳は目を逸らした。直視して、いらない言葉がついてでてくるのも怖かった。
無理だって拒絶されるくらいなら、本気じゃない振りして、誤魔化して、いまのまま、友達としてでも側に入れる方がいいに決まってる。それくらい大事だった。夏の事。あきのこと。三人でいる今。この瞬間。多少の犠牲なんて、どうでもいいほどに。
「千歳」
「・・・そういうの、今更、本気だったらどうするつもりなの」
本音だった。
「今さら気付くなよ」
夏が少し笑う。
「ごめんな」
砂を噛むような気持ちが溢れてくる。
「遅い」
「ほんと遅い」
声が震える。夏にも自分にも言い聞かせるように。
だから、やめろよ。こんな話なんかしたくない。
最悪だ。泣きそうだ。こんな醜態さらすくらいなら死んだ方がマシなのに。
死ねないから。どうすりゃいいんだよ。この空気。
夏はそれを見ている。
何も言わない。
その代わり。一歩だけ近づく。
いつだって行動で示すのは夏の生き方だった。
「千歳」
呼ばれる。
ビクッとしてしまう。ああ壊れる。あのときせっかく壊れなかったのに。
「おれも好きだよ」
世界が静かになる。
何度も想像した。
振られる未来。
笑われる未来。
離れていく未来。
でも。
これだけは想像していなかった。
夏が自分から言う未来だけは。
千歳は笑おうとした。
でも無理だった。
だから顔を隠した。
「……まじでなんなの」
ぐっと、胸がくるしくなる。心なんてないのに。どの臓器が騒いでいるんだよ。
胸の下、みぞおち、なにが心たらしめてるんだ。
こんなとこにはなにもないのに。震える声で、望んだ未来を願った未来を否定する。
受け入れてくれたのに。
そう言った夏の言葉が信じられない。
自分の想像できる範囲の世界しか知らないから。
夏が困ったように笑う。
「おれが何年頑張ったと思ってんの」
泣きそうだ。
夏は少し考える。
そしていう。
「じゃあこれから頑張らなくていいな」
千歳はその瞬間、
真蛇にももうなれないし、道化にもなりきれないし、夏からも逃げられないな、と思った。
そしてたぶん。
それが一番幸せだった。
生まれて初めて知った、悲しくない涙。




