ハピエン後 千歳×夏彦
一度千歳を呼びかけて一緒に歩いていたのに、千歳はまたすこしずつ歩みが遅くする。
そうしてゆっくりと後ろに付いてくるような形になる。千歳は足を止めた。
その雰囲気を察して、振り返ると千歳が嬉しそうに笑っている。
気付いてもらえて嬉しい、構ってもらおうとしたのが成功した、そういう顔だ。
ああ、また、これは俺にとって良くないやつだと思う。
「ねえ、夏」
「なんだよ」
いつもの人なつっこい笑顔、でも悪い顔だ。
「また、なんかよくないこと考えてるだろ、お前」
「うん」
素直に認める千歳に少しだけ変化を感じる。ただまだ、すぐには変わらない千歳に安心するのと同時に、呆れるような気持ちが交差する。
はあ、とため息をついて、あえて聞いてやる。言いたいことあんなら言えよと。
千歳は笑っているのに少しも逃がさない目で俺を見つめている。
あきのことは見えていないようだ。
そんなあきはそのまま歩みを止めず歩いて少しだけ離れたところにいた。
「ねえ~はやくおいでよ~」
少し先から変わらないあきが叫ぶ。
「ほら、呼んでんぞ」
千歳はあきが近くにいなくさせるために歩みを緩めたんだと、気づいた。
おれがきっと千歳を置いていかないのを千歳は気づいていた。
本当に悪いやつだ。いや、悪いのはこいつの思い通りに動いてしまう俺らかもしれない。
俺の側に一気に距離を詰める。腕に絡むように、あのときの蛇みたいに。
耳元で千歳が言う。
「おれさ、もう隠すの止めたから。」
「・・・おう」
「だからさ、ちゃんと口説くね」
「は?」
距離を取ろうと身体を離すのを逃がさないように腕を引っ張る千歳。
嬉しそうな顔をしている。隠すことがなくなってすっきりしたようでもあった。
「夏がだれが好きとか関係ないから」
「夏、押しに弱そうだし」
・・・弱くねえよ!自分で言って負け惜しみのように聞こえて悔しくなる。
千歳はまた笑った。揶揄う様に。本気が冗談かわからないように軽く。
この逃げ道を残すような、ずるい態度はこいつの得意分野だ。
「じゃあ、毎日すきっていっても平気?」
「こうやって触ってもいい?」
腕に絡んでいた手が指の隙間に千歳の長い指が絡んで来る。
黒いマニュキアがやけに目に付く。
いわゆる恋人つなぎのようなつなぎ方に慌てて距離を取ろうとするのを千歳は逃がさないように自分の胸に腕を引き寄せた。
「はやく叶わないやつなんて忘れて」
「俺のことちゃんと見といてくれないとまた、あのときみたいに真蛇になっちゃうかも」
「お前さあ・・・っ!」
少し怒りが混ざる。どんだけ大変だったと。どんだけ心配になったかと。
でも次の一言で全ての思いの口を噤む羽目になる。
「夏、すき。」
「バカ言うな・・・っ」
「キスしようとしたら逃げる?おれ、夏がやな事はしないけど」
・・・何も言えなくなってしまう。言葉が上手くない自分が嫌になる。
ダメに決まってんだろって言え。
ただ、一瞬想像してしまった。
好きだって言ってくれるやつに、単純に愛される自分の姿を。
「あはは、夏、顔、まっか!」
千歳がバカにしたみたいに、言う。
「最悪」
なんだ~、脈あるじゃん。と千歳が嬉しそうに笑う。
脈なんてねえよ。って言え。自分。
ごめん~、なんて笑いながら千歳が俺の手から離れてあきのところに走って行く。
あきとふたりで俺に、はやくおいでなんて、叫んでいる。
悔しい。という言葉が適切かわからない。
手の感触が残っている。名残惜しい気さえしていることも千歳の想定内なんだろう。
否定しておきながら、きっとこれから千歳に振り回される未来を想像して、それがまんざらでもない自分に呆れながら俺はふたりのもとに走った。




