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顔替えの杜  作者: 真水
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17/35

思ってたけど書ききれてないこと書いとくメモ

今回の文章は愛情はあるけどなんか勢いで書いちゃわないと書かなくなっちゃいそうで後半は勢いのみでかいたのでのちのち修正したいです。会話文のみも多くなってしまっていて反省。

このページはキャラたちの解析度をあげるがためにちょこちょこ追記予定です。




■真冬が鈴を嫌がった理由について

面川神社は鈴と山、波の社紋。鈴はもともとは清い状態での面川神社のもの。

もともと鎮魂の意味で建立されたため神聖な神社として扱われており、通常の神主とともに、最初、真冬は滝の一角にいただけの穢れの担当する側の神主という存在だった。

最初にでてきた老人の先祖が最後の神聖な神社の管理者だったが穢れが酷くなりすぎたために起こった出来事を受け、管理を投げ出し、老人の先祖は真冬とも親交が深かったが、穢れの第一要因でもある真冬ごと山から穢れが出ないように閉じ込めた。

真冬は地縛霊のように山からは出られないため、その出来事をまた見捨てられたと理解している。そのためそれを思い出して不快の意を見せた。

その経緯を含め、逃げだされることへ強い嫌悪感がある。


■ジジイについて

夏彦に鈴を渡した理由は、そういう神職の血統だったため、清められている鈴のまま持つことができ、第六感的に目の前の夏彦が山に向かうことを察したため。


■面川真冬 おいたち

凶作時の村人たちは弱い者から山に捨てていった。そういう時代の犠牲者。

口減らしや、凶作などの回避への生け贄として生まれてすぐ滝壺に投げ込まれる。

水底で息絶える際に感じた恐怖、悲しみ、そういう負のものと、もとよりあった他の者たちの負の感情が混ざり合い水子のような、地縛霊のような人間と“なにか”が混ざった生き物。

同じように死んでいった仲間への弔いと、人の心に巣くう穢れを引き受け人々を救済。

捨てられたものの居場所となり、その穢れが溢れきらないよう現代の人々の求める呪いとして、少しずつ山の穢れを消費し均衡を保っている。

水子として幼いままで、面に引き受けた穢れとしか接してこなかったため、どこか人間的感性とは欠ける面がある。童子の面は常につけていて、童子の面は人間だったころの自分の一番近い姿のため、人間としての振る舞いの一助として。

外すことはあまりない。千歳には人間としての存在ではない方が千歳が居心地がよいだろうという思いやりで面を外して接する。

滝壺の水を羊水のように感じて滝壺は安心できる場所。見当たらないときは大体滝にいる。


■お面に向かって真冬が言った言葉 調子にのってやりすぎるな、そのくらいにしておきなさい。

正しい古文的表現かは分からない。ので私的な勝手なニュアンス。


◾️べしみの面の双塔は滝から無理やり入ろうとするひとを最後の砦みたいな存在で、現代でいう命の電話みたいなもの



一通り物語が終わったのでこれからはこれを前提にバットエンドハッピーエンドのちの思い付くカップリングだけのものをひたすらあげてこうかと思っています。

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