ハッピーエンド
「帰ろうぜ」
「うん」
境内からそのまま鳥居をくぐる。
なぜ出られなかったのかが分からないくらい夏彦が入ってきたのと同じようにあっさりと降りる事ができる。もしかしたら千歳が帰りたくない気持ちを抱えたままだったことが、この面川神社が先ほどの社務所同様、俺ら三人を出すことを拒んだのかもしれない。
千歳は何も言わない。自分が壊しかけたもの、壊そうとしたもの、そういうものが目の前を普通に動いている事にやりきれない、居心地の悪さを感じていた。
ふたりは変わらない。夏は、あきに思いを告げていないし、あきも、夏の思いを気づいていない。ふたりが知っているのは、俺のあきへの嫉妬だけ。そういうものを見せたくなかったし見せてこなかったはずだったのに、それが明確にバレてしまった。
そういう意味でも昨日までの関係と今の関係では壊れてしまったと思った。
いま、例えばいつものように誤魔化したとてそれはただ痛いだけで、それこそ、恥ずかしくてさっきの流れで死んどいた方がまだ恥をさらさなかったのになあと千歳は思っていた。
そう、だからこそ、いままでの3人で一緒の関係は終わりを告げたと言っても過言ではなかった。
このまま帰れば全てが終わる。それは壊れたまま、戻らないまま。
でもそれも仕方ないと思った。多少の予想外はあったが全部自分が仕組んだ事だ。
「・・・なあ。」
夏が振り向く。二人に並べず、後ろから付いていくだけの千歳を。
「お前さ、」
あきの事をまるで気にしないようにこちらにだけしっかりと見据えた。
「俺のこと、どう思ってんの?」
あきが息を止める。存在を消すように、そんなこと今までのあきにできた試しはなかった。でも、このときはあきは、最大限自分の存在を隠した。
あきがこの数日で、少しだけ学んだことだった。
いつもとは違う千歳。
いつもなら、誤魔化して、どうとも取れるように笑う。
誰の空気も壊さず、上手く逃れるすべを知っている。
「・・・」
なんていうのが正解か。そんなことをいつも瞬時に考えた。生きてすべとして。
「あー・・・」
誤魔化す癖が出る。首をかいて、逃げ道を模索する。力が入りすぎて、首に爪の跡が薄く残っている。
考えてもう壊れたなら、となかば自嘲気味に笑う。どうとでもなれ。
「すきだよ、夏にも俺をすきになってほしい、くらい」
「は、はは」
夏が笑った。
「うける、っていってたくせに」
「そりゃ、そうでしょ・・・」
夏の声が低くなる。
「でも、あのやり方は最悪だったな」
「・・・」
ハッキリいう声が痛い。
「はは、わかる~」
上手い返しが見つからなくて、“笑う”
でもそれは否定ではない。
自分でも分かっていた。
ただ一生懸命考えた、“見てもらう方法”を間違えただけ、いや、間違えてない、もっと、あったはずだ。
はやく、夏があきに振られて慰めるソレになる選択肢もあった。
でもそれが待てない、それが分からなくなるくらい夏彦に早く見て欲しかった。それが、愛しい存在でなくてもよかった。ただ、見て欲しかった。
「でもお前のこと嫌いになれなかったな」
夏が何を言ってるのか分からなくて、時が止まる。
そうして、一度息を吸って、自分のかたちを再確認した。
嫌われても仕方ない、いま、後ろを歩いているのだって、もう馴染む未来がない、からだ。と思っていた。
すうっといきを吸って、言う。誤魔化さずに。
「・・・なんで」
「お前がいないと、気持ち悪いだろ」
急にあきが探していた言葉をいまだ!とでもいうように急に声を上げる。
「そうだよ、千歳がいないとさ!」
「・・・」
千歳が歩みを止める。このまま、ふたりの側にいていいのかと。
大切な人間に、くだらない感情で牙をむいて、疑ったくせに。
じゃり、と砂が音を立てる。
その音に夏が気づいてまた振り返る。
「なにしてんだよ」
「ははは、」
また笑う。二人の背中を見ながらこのまま消えれたらよかったのになあ、なんて思いながら、振り返ってもらえたのが居心地悪くて。嬉しくて。
「はやく来いよ」
それだけ。
それだけなのに、ちゃんと、呼ばれている。
ぐっと、なにかがお腹から喉に上がってくる。
いつもの俺。二人の、側にいた俺。戻りたい。
でも、この長年の癖は簡単に変われない。
「・・・これで全部チャラ?」
へらへらと笑ってしまう。
全然そういう雰囲気じゃないのに。
「無理」
夏はぶっきらぼうに答える。
「はは、だよね~」
肩を落とす、なんて烏滸がましい。
俺の立場はこれじゃない。
夏が千歳の困惑している姿を見て夏が言う。
「それでもいいなら側にいろよ」
完全には許されない。
そんなのは当たり前だ。
全部は戻らない。
・・・でも、進んだ。壊す前より。
「は、はは」
笑った。ただ、これは予想外だ。
想像して支配しつくせると思っていた。
事は上手く運んだ、でも箱をあけてみれば全部正しくなかった。
やっと分かった。
正しい行いではなかった。分かっている。でもそれしか選べなかった。
俺は運が良かった。ふたりは、俺を咎めない。
おれが今ここにいれるのは、ぜんぶ支配しようとした世界とは正反対の世界だ。
あきが目に見えて空気を考えている、それでも読めないあきが俺に歩み寄って、手を掴む。
「千歳がいなきゃだめだよ、俺」
「お人好しかよ・・・」
お前なんか嫌いだ、おれとはまるで正反対の人間。素直で、甘え上手で、金持ちで、お前だけを見てくれる人がいて、俺が欲しいもの全て手に入れている、俺はお前になりたかった。でもなれるわけないから、なれない自分を恨むより、恵まれてるって簡単な理由でお前を恨んだ方が楽だった。
でも、そんな憎んだお前に好かれる、自分が意味が分からなくて、吐きそうになる。
あきの良いところ、あきが愛されるところ、全部わかるから吐きそうになる。
おれはお前にはなれないことがまざまざと見せつけられて、またお前が嫌いになる。
どうしたらいいんだよ。
「俺はあき、きらーい」
「なんで!おれは千歳だいすきだし!!!」
「そういうところだからね~、はずかしいでしょ」
「恥ずかしくない!千歳がいなくなるの、ほんと・・・嫌われてるの知って、ほんと・・・っ」
「泣かないでよ、どんな顔すればいいのさ」
「だって、すきだもん!千歳が!千歳のいいとこ!おれ!わかるもん!千歳は全部演技だとか、なんとかいうかもしれないけど!おれは!千歳が!」
「も~、わかったから!ホント恥ずかしいやつだな」
「・・・クソ」
「嫉妬するの、やめて。俺、関係ないから」
「はは、してねーし熱烈で羨ましいわ」
「性格わる~」
「お前に言われたくね~」
今更、この三人でいることが自分にとって素直に笑えることに気づく。
全部さらけ出した後だから、分かる。
・・・今までよりずっと息がしやすい。
きっとこれからも。
簡単には変われない。きっとまた試して、壊そうする。
でも今度は間違えない。
ちゃんと思いとどまる。真蛇になったときも殺せなかった二人だから。
「・・・夏もあきもずっと俺と一緒にいてね」
ふたりが驚いた顔をする。
急に恥ずかしい。
「やっぱいまのなし・・・」
夏もあきも笑うだけ。
ふと、気が付く。足の鱗のような跡。
忘れそうになっても足に残るこの跡がきっと思いとどまるストッパーになる。
そうだといいな。と思いながら二人と山を下りる。
まぶしい朝日が、これからがはじまりのような気がした。




