第十二話 壊れる
出口が見つからないこと、捨てるものが必要であることが現実味を帯びて、二人は焦っていた。ここ数日は三人でいろんな場所を散策していた。
そんな日が2日続いた時、あきが熱をだした。
疲れもあったのかもしれない。
穢れの滝を潜ってきたことで溜まっていた穢れに触れた身体が馴染めず起こした拒否反応だったのかもしれない。
日中からちょっとずつ具合が悪化していって夜には震えて、手足は冷たいのに頭だけはとても熱く動けなくなった。
「これだからお坊ちゃんは~も~」なんて千歳は軽口を叩いたがあきが、へらっと笑うだけでなにも言い返してこないのでつまらなそうにそのまま立ち上がった。
「氷がないか、探してくるね」と千歳はその場所を離れた。
夏彦はあきが寒いというので自分のダウンのジャケットをかけてやってからまた布団を重ねた。
夏彦があきの額に触れる。
「あのね、夏、」
「寝てろって」
夏彦は不機嫌そうな声を出した。
でも水を取りに行ったり頭に乗せるタオルを変えたりと言葉足らずでも、行動でちゃんとあきの体調を案じていた。
あきが弱々しく声をかける。
「迷惑かけて・・・ごめんね」
「別に迷惑じゃない」
ぶっきらぼうに夏が返す。
その様子を遠くから千歳は見ていた。
別に嫉妬したんじゃない。
あきが体調を崩したのは不可抗力だし、夏があきを心配するのも当たり前だからだ。
ざらりとした淀んだ感情を抱いたのは、それじゃない。
「別に、迷惑じゃない」ただそれだけの夏の言葉だった。
なんだそれ。
あきにはそんな簡単にいえるわけね。
俺はたぶん一度だってそんなこと言われたことない。
迷惑じゃない、なんて。
俺は迷惑かけないようにしてきたから。
嫌われないように。空気をよんで。周りを楽しませて。ちゃんとして。笑って。
なのに。
あきは熱だして、心配してもらって、困らせて、周りに甘えて、
それでも当たり前に大事にされる。
俺が与えられないこと、出来ないことをまるで息を吸うみたいに簡単にやる。
ずるい。と強く思った。
ぎゅうとみぞおちが苦しくなる。
なんでお前は。お前ばっかりそんな風に愛されるんだよ。
なにも武装しないでそのままの姿で。
氷をボウル一杯に入れて千歳は戻ってきた。
立ったままで千歳の声が上から降ってくる。悪意の気配で。
「夏~ちょっと過保護すぎじゃない?」
夏が不快そうに眉をひそめる。
「あきってそういうとこあるよね~弱ったらみんな構ってくれるもんね」
千歳は持ってきた氷を夏彦の水の張ったおけにザラザラといれる。
その氷の1つをあきの口に乱暴に入れてやる。
「ほんなつもりやないよお」
「じゃ、無意識だね、まああきらしくていいけど」
「いい加減にしろ、千歳」
「はは、冗談だよ、夏、顔こわいって」
あー・・・、ほんと、むかつく。
「じゃ、あきは夏に任せるね。おやすみ。」
そういって千歳はまたもってきたボウルを返しに社務所の方へ歩いて行った。
田舎の神社は光が届かない。
月光だけが煌々と輝いて、普段電気がないと生活できないのに、そう言う場所ではやけに月の光が眩しかった。
通路にもうっすらと月光が差し込んで、歩くのには困らない。
「うふふ、いやだね、あんな子いなけりゃいいのにね」
「ね、かわいそう、ちとせばっかり」
「・・・うるさいな」
「ずるいずるい」
「あのこがいるから見てもらえないんだよ」
「かわってよ、どうせちとせは最後までできないんだから」
「ほんと黙りなよ、不要品ども」
「もうちょっとなのにね」
「ちとせ、もうちょっと」
拳を壁にぶつける。続けて、2、3度続けると嫌な音がしてバラバラと数枚の面が床に転がった。
さっき切りつけた左手の傷が開いた様で血がにじみ出して指先に流れる。
布を巻いていたのにそれを真っ赤にするくらい血が溢れてくる。
経年劣化でもろくなった壁に、手に取ったうるさい一枚の面を投げ、他の面にぶつけると、その振動で床に落ちたいくつかの面も綺麗に半分に割れた。
「あー、ほんと、うるさい」
落ちた面を足で踏みつける。
パキンと音がした。ひび割れた程度では気が収まらず何度も踏みつける。
そうしていくつかの面をバラバラにした。
一呼吸置く。だめだめ、俺らしくないじゃん。いつもの顔だ。頬を両手で包む。
目元を閉じ心中で7秒数える。面じゃない、いつものように柔らかい頬。
鼻歌混じりに千歳は部屋に向かっていった。先ほどのフェスに出る予定のアーティストの歌が頭をよぎる。
そう、これはchance到来、だ。問題はないない。ちゃんとやりなさい。延長はないない。
音楽はいつだって自分の気分を上げてくれる。自分の気分は自分で支配しないと。
昨日は場を丸く収めたし、次への布石も打った。
俺は夏がその気持ちさえ捨てればゲームクリアだ。
・・・さあ、お部屋にかーえろ。
少しして人影が面の部屋の前を通る。
真冬が、バラバラになったお面を拾い上げる。
面で隠された顔からは感情が読めない。でも淡々と。
壊した物へ哀れみを持つように言った。
―面は壊してはいけなかったのに。魂を留めておくものだったのに。
体調が良くなった翌日、あきの横にはあぐらをかいたまま眠っている夏彦の姿があった。
あきは夏彦に布団をかけてやる。
その布団の重みで夏彦は一瞬目を覚ましたようだったが眠気にあらがえないのかそのまま、横になった。
ありがとね!と声だけかけてあきは千歳のところに向かう。
「よくなったの?」
「うん、迷惑かけてごめんね!」
「俺と滝に潜ったからだよ、寒かったもんね、良くなって安心した~」
当たり前のように笑ってくれる、いつもの千歳だ。
「おれが看病したかったな~」
「どういうこと?」
「お腹空いたでしょ?ご飯、作ってあるから、座って、座って。」
椅子を引いて千歳があきを席まで誘導する。
「ねえ、真冬見てないんだけど、千歳みた?」
「みてないな、べつにいいんじゃない?」
「そうなの?」
「だって困らないもん、あきがまだ具合悪いかもしれないからおかゆを作ったんだよ~食べるでしょ?」
あきはうれしそうな顔をした。
「千歳だいすき~千歳の彼女は幸せだね!」
「なんで?」
「だって千歳はお料理も上手だし、なんでもできるし、こどもに優しいし一緒に居てたのしいしさ!」
「そう・・・、ありがと、彼女いないけどね~」
美味しそうにたべるあき。とてもかわいいと思う、でもよぎる。嫌な気持ちが。
未来も彼女のために?料理を作る?ごめんだな。
夏が起きてきて三人でまた境内を散策する。
そうして、その途中で真冬にあった。
「真冬!」あきが嬉しそうな顔をした。
なつは軽く会釈をした。
千歳をみた、真冬は少し間をあけたときにあきが答える。
「真冬、千歳だよ!もう会ってた?」と無邪気に声をかける。
千歳は少し嫌な顔をしていた。
真冬は少し間をおいて、ああ!と歓喜の声を上げる。
「ああ、覚えてるよ!千歳だね!」
「・・・」
「君の面は素晴らしかった、あまりに完成された般若の面だったから、忘れないよ」
「・・・」
「あんな素晴らしい面はなかなか見られないよ、あんな、激情の歪んだ異質さは、般若の通説を越えていて感動したよ」
「どういうこと?」
不安そうにあきが聞く。
「・・・千歳、ここにきたこと、ある、の?」
「はは、勘違いじゃない?その人の」
「忘れるわけない!千歳利春でしょう?」
夏も理解したいだけだったが、ただそれは威圧的な言葉になってしまっていた。
「・・・どういうことだよ」
真冬は続ける。
「千歳が仲間を連れてきてくれたの?ここへ?」
「・・・人聞き悪い」
「真冬、どういうこと?千歳をしってるの?」
「うん!千歳が捨てた面は素晴らしい成熟度だったんだよ、随分滝も淀んだし、ここのもうひとつの役目もつつがなく果たせる、成熟された感情だったんだよ」
千歳がため息をつく。そして、言葉を続ける。
「守秘義務とかないわけ?最悪」
「千歳・・・?」
「そうだよ、俺はここに来たことがあるよ。そして捨てた。自分の一部をね、だからなに?」
「千歳分かってたの?全部?分かってたのに?じゃあ出方も知ってるんでしょ!?」
「なんでいわねえんだよ」
二人が思わず千歳を見て文句をいう。
なぜわからないふりしていたのかが二人には分からない。
「言ってどうするの?おれは別にうちに帰りたくないし。あんな五月蠅いだけの家。」
「・・・でも!」
「でも、なに?俺がいたらずっと、俺は親の役割ばかり。クソみたいな金銭管理もできない子だくさんバカのせいで、ずっと足りない金の補填のバイトばっかり、友達とも遊ぶ時間もないし金はいれなきゃならないしさ」
「心配してるよ!千歳がいなくなったら!」
「は、はは、心配?ああいうのは心配じゃないんだよ、面倒を見るやつがいなくて困ってるだけ、自分たちはノーダメージでいたのに、急に欠けたもののせいで、ダメージを負いだしているだけ」
「そんなこと、ない・・・っ」
それから千歳は続ける。
「・・・あき、お前は昨日熱だしたよね?夏に心配されてさ、何もしなくてもみんなにしてもらって安心して眠れたよね。俺が俺の場所で熱出したらどうだと思う?」
「・・・」
「ビービー泣いて喧嘩して、騒ぐあいつらが休ませてくれるわけないの、解熱剤のんで、ご飯作って、風呂に入れてさ、明日の準備して、喧嘩を止めて、解熱剤が切れそうになったらまた解熱剤飲んでさ、全員寝かせるまで、寝れないの」
「全身キシキシ痛んで、尻まで痛いし泣きたいよ、両親は帰ってくるけど、仕事でつかれているから俺の体調なんか分からないし、俺もだせない。おれの作った飯くってさ、俺が用意した風呂入って、寝て、いつもありがとう!とかバカみたいに笑っていって、また仕事行くの、わかる?わからないよね」
だれも俺なんか心配しない。心配されるような迷惑なんてかけない。
それがおれの普通、だから、むかついたんだよ。
あきはいいよね、なんにもしなくてもみんなに好かれて可愛いって大事にされて、家はあの有名な財閥の九条?あんな金が腐るほどある家で?欲しいものは全部手に入る世界で?
捨てたい気持ちが分からない?捨てられた気持ちがかわいそう?
捨てたくて捨てたんじゃない、もう全部がまかり通らないから捨てたんだよ。
お前のそういうとこ大っ嫌いだった。思慮が及ばないところ。だから殺したくなる。
全部を聞いていた真冬が声をかける。
「だめだよ、千歳、かえれなくなるよ」
千歳は苛立ちを隠さない。
こんな姿は初めて見る姿だった。
でも苛立っているのに、笑う。
その正反対の行為が異質で恐ろしい。
「はは、全部真冬のせいだけどね!お前がべらべら喋るせいで、こんな、はは、ウケる」
もうめちゃくちゃだね、もうどうでもいいや、俺の唯一の居場所すら…
そこまで言って千歳が一度言葉を飲み込む。
「あーあ、ゲームオーバーかあ。」
ため息がもれた。
まあ、もう全部どうでもいい。
どうせ戻れないならめちゃくちゃにしてやる。俺の面、般若だったっけ?
あれだね、ちょうど良いよ、般若の先、好きな故に焼き殺したやつ、ああ、そう、
―清姫、みたいにね。全部ダメにしてやる。
顔に手を当て毟るように剥ぐ、木のような硬い面が出てくる。
左手の溢れる血で 情 と書いた。そのまま、滝に投げ捨てる。
滝の水に千歳の血がじんわりと滲んでいく。
あきが慌てて走り出す、その滝から面を引き上げる。情はまだ完全には水に溶けきらず、残っているのをあきは抱きしめた。




