第十一話 喧嘩
「お風呂あがったけど」
あきが襖をあける。
「じゃあ今度は俺がはいってくるね~ふたりとも喧嘩しちゃだめだよ?」
「しないってば!」
気まずい雰囲気だ。こんな雰囲気で姿を消そうとする千歳に、なにが大丈夫だったんだよと悪態をつきそうにもなった。でもどうにもならなかったんだと、夏の機嫌は俺がなんとかしなくてはならないという使命感すら沸いた。
「・・・」
「ねえ、夏、ごめんね。あんとき俺も言い過ぎたと思う」
「・・・」
「千歳が、仲直りしなって、誘ってくれたんだよ・・・だからさ」
「千歳となにしたんだよ」
「え・・・、いいじゃん、そんなこと・・・きっと気持ち悪いよ」
「何したかわかんねえのが一番きもちわりいんだよ!」
声を荒げる夏彦に驚いたと同時に思わず感情が昂る。
「なんでそんな怒ってんの!?俺なにかした!?」
そうだ、俺は夏に謝りたくて、仲直りしたくて、痛かったり、千歳を疑ったり、自分を嫌いになるようなことをして、夏彦に会いに来たのに、なんで不機嫌をぶつけられなくちゃならないんだ。
千歳だって心配していたから、あんな痛い思いをして・・・!
そう考えるとだんだん夏彦の理不尽さに怒りが膨らんで行った。
あきが声を荒げると夏彦は怯んだように、言葉を詰まらせた。
そうして、たぶん数秒、間をおいて、言葉を絞り出した。
「俺と千歳どっちが大事なんだよ・・・」
「なにそれ、本気で言ってんの?」
嫌悪感すらわく言葉だった。
夏彦にこんな気持ちを沸く瞬間なんて想像もしなかった。
でもあまりにも非道な、今までの自分たちを否定するような言葉に我を忘れた。
「どっちとか選べるわけないだろ!いい加減にしろバカ!」
泣きそうだった。なんでそんなこと聞くんだよ。ずっと三人で一緒だった。
それなのに、選べるわけないだろ。三人一緒がいい。ずっと。夏彦は違うの?
俺はいやだよ。三人一緒じゃなきゃ。夏彦も、千歳も、世界で一番大事だよ。
言ってから後悔した。
そんなことを言うつもりじゃなかった。でも言葉はいつもすぐに出てこない。
いつだってそうだった。上手く場にそぐわない言葉しか俺は言葉にできない。
怒りに任せてあきが嫌うような言葉を口にした。
ただ、分からない事が不快だっただけだ。あきの言葉で安心したかっただけだ。
でも、上手く言葉にできない。苛立ちのせいか、性格のせいか。
千歳と出会ってから、いつも以上に世界が上手く回るようになっていたのは千歳が言葉足りない俺の言葉と、あきの天真爛漫真な行動の舵をとってバランスを取っていたのだと思った。
十二分に分かっている。でも、千歳がいたら、あきにとって俺はいらなくなる気すらするんだよ。だから思ってもいないクソみたいなことを口走った。
いつの間にか、千歳がいるから、おれの存在理由がわからなくなった。
でもおれも、千歳がいない世界なんて考えられない。
「んも~喧嘩しちゃダメっていったでしょ~」
あきが千歳の姿を見て、あからさまに狼狽した。その姿を見て千歳が苦笑する。
聞かれていたくなかったのは目に見えていた。でも心の蟠りをそのままにはしていられないあきは言葉を続ける。
「・・・千歳、どこから聞いてたの?」
千歳は考えた。聞かなかった振りをしてもいい。でもそれじゃあ、夏が悪者のままになってしまう。あきの蟠りも溶けない。じゃあ、と選ぶ言葉を決める。
「どこからだったかな?夏と俺ならどっち選ぶってとこ?」
あきは絶望的な表情をした後、まごまごしている様子でフォローの言葉を探している。
夏彦は返す言葉もないようで傷心して肩を落としているのが空気感で伝わる。
「あき、怒りすぎてウケる、ありがと。」
あきは俺が傷ついていないか、慎重にこちらの様子を伺っている。
あきの姿は怒られた後に許しを請いにくる兄弟たちの姿がふと重なる。
「でも、その話は違うんだよ、この世界から、ふたりしか出られない場合あるかもって、さっき夏と話してたんだよ、でも夏はあきのこと、絶対だしてあげたいから、ああいう言い方になっちゃっただけでさ~」
「・・・なつ、そうなの?」
「・・・。」
夏は何も言わない。言えない。千歳によって勝手に話がねつ造されていく。
「あはは、そうだよ~普段から夏がそんなこと思ってるわけないでしょ~」
「でも、何かを捨てなきゃでられない、なら、どうする?」
「夏は、・・・さっき決まったよね?」
「・・・」
「そうなの!?」
「あきはどうする?考えとかなきゃ」
「面を形作るくらい、確固たる思いじゃないとだめなんだよ」
千歳はわざと言葉にしなかった。
何をどんな気持ちを捨てるのが最良かを。
―男が好きってどう思う?
そう聞いたときから、お見通しだった。
きっとそれを言っている。それを捨てたら、こんな苦しい思いしなくていい。
性別に引け目を感じたり、誰かのものになる未来。
友達のまま、側にいられる。あきにわざわざ嫌われるようなことを持ち続ける必要はない。
俺が心配だから。
だからー・・・
「俺には捨てられるもんなんてないよ!全部俺たちを作ってきた記憶じゃん!一個でもかけたら、もう俺らじゃなくなっちゃうよ!」
「じゃあここからでられなくてもいいの?」
「考えるよ!他にどうにかならないか」
「夏は?叶わないよ。」
もう一度千歳が促す。
「俺は・・・決まってる。」
その言葉にあきが驚いて俺の顔をみる。
あきはきっと俺も自分と同じように考えていると思っていたようだった。
見られるのがきまずくて下を向いた。髪が目の前を隠してくれる。
「捨てていいことなんかないよ!だって面たちも悲しんでた!」
千歳は呆れた顔をして言う。
「捨てられるようなのが悪いんだよ、だって心を苦しめるだけ、負担になるだけの存在なんだから」
あきは思い出していた、あの場所で、面の話をしたときの真冬が悲しそうな声だったこと。捨てられる方が悪いなんて絶対に思わない。
「でもさ、捨てる前はずっと一緒にいた気持ちでしょ?!それを抱えて今まできたんでしょ?!これからだって抱えて生きれるよ!」
「それ、残酷すぎるでしょ~」
千歳は笑ったままだった。
感情は乗ってないのはわかった。
この話題が楽しいわけでは決してないから。
「犯罪被害者とかの気持ちにもおんなじこと言うの〜?」
「・・・っ、それは、考えてなかったけど・・・、でも!俺らは違うでしょ?!」
「俺らは入ってきたけどね。呼ばれた、夏にはあるんじゃない?」
「・・・、そ、そう、なの・・・?」
「夏に聞かなきゃわかんないけどね、ね、夏」
「・・・わかんねえよ」
「あきがここにずっといたいならそれでもいいよ?」
「そういうわけじゃない、けど・・・、でも、なにも捨てられないよ・・・」
「強情だな~でも、そこがあきだよね、大丈夫、一緒に考えてあげる。」
ごめん・・・小さくあきが謝った。それはいま捨てる感情を見つけられないことへ、二人対して。
それから夏の方に振り返ってもう一度謝った。
「ごめん、話も知らないのに、夏に大きな声出したりして・・・」
「いや、おれが悪いから・・・」
その様子を千歳はにこにこして見ていた。
「仲直りしてよかったね~ほら、めんどくさい話はやめて、次いくフェスの話でもしようよ!北海道でやるやつ!よくない?」
夏はスマホでそのフェスの名前を検索する。
あきは気分をやり直すように首をぶんぶんと振って夏のスマホのアーティスト欄を目視した。
あきの表情は分かりやすく明るくなっていく。
「じゃ、風呂まだだったから行ってくるね、北海道の美味しいお店とか見れそうなとことか二人で探しといてよ?上がったら聞くからね~」
そうして千歳は二人に会話の種をまいて、部屋から出て行った。
ふう、と一呼吸置く。ふたりが小さく話を初めているのを閉じた襖の向こうから確認すると、千歳は風呂の場所に向かった。
口角が上がってしまうのを手で軽く覆って隠す。
―――これでたぶんすり込んだ。何かを捨てなきゃでられないって。
・・・大嘘だけどね。




