第十話 三種三様の思い
・・・上手く言葉にできない。
千歳も夏もなんだか変だ。でもなにが変なのか分からない。
俺は夏を迎えにきただけだよ。
ただ夏と仲直りして、千歳と三人でキャンプしたかっただけだよ。
痛かったし、怖かったけど、言われたとおりちゃんとやったし、ちゃんと夏に会えたのに。
なにが悪かったのかな。
飲み込めない状況に俯くあきに千歳が声をかける。
「あき、だいじょうぶだよ、ちょっと夏んとこいってくるから、先にシャワー浴びさせてもらってきなよ、夏も浴びてそうだったし」
瞬時に状況把握して、千歳はなんでもなさそうに、笑った。
この状況ですらなんでもない、やけに軽くいう千歳に、先ほどの不安をすべて取り払われるように、それ以上にここでは千歳にしか頼れないような気さえした。
拒絶された手前、夏彦を追いかけても何も言えない気がして、千歳に言われた通りにシャワーを浴びさせてもらえないか、人を探す。
「誰か、いませんか~」
気配はある。
後ろを振り返って誰もいない。真っ暗な部屋だ。
視線を戻すと今まさに見たばかりの背中から声がした。
「いらっしゃい、彼のおともだち?」
「あ!はい!勝手に入ってすいません!!九条あきです!!」
「これはまた、人が違うね、よろしくね」
壁の一面のお面が恐ろしかった。どの面もこちらを見ているような。
初めての転校生に向けられる好奇の目のような嫌な視線。
でもなんとなく、伝わる。ただの無機質な面ではないような。
「気になるのがある?」
「いや、これ、みんな悲しそうって言うか・・・なんか見てたらもどかしい?気がして」
もどかしい?そんな言葉に真冬が驚いたような声だして、またすぐに優しく言った。
「まあ、みんな捨てられた顔だからね」
「捨てられた?」
「うん、みんな要らないんだって。あきにもそういう気持ちある?」
「俺はないよ。だってみんな俺が作ってきたものだから。感じてきたこと全部で俺だもん」
真冬が顔に手を近づけてくる。そして、笑った。
「本当だ、あきには面はないね」
「そりゃそうだよ!この顔のまんまだよ?」
「・・・あきはそのままでいてね」
真冬のいうことが分からない。要らない気持ちってなんだろう。
お風呂は温かくてほっとする。
夏も浸かったのだろうか?
冷たい滝に浸かったあの寒さが嘘のようだった。
手を切りつけた千歳の無表情も、俺を見た夏の怖い顔も全部。
あ、先に千歳にタオル持って行ってあげればよかったかも。
夏・・・まだ怒ってるのかなあ。
ハアと大きなため息をつく。いろいろな事をグルグルと巡らせるとお湯につかった、毟られたささくれが痛む。チクチクと。
千歳に任せちゃったのは夏から逃げてきたみたいで情けなかったかも。
ちゃんとあとで夏のところへ行こう。
いっそのこと、手なんかじゃなくもっとあからさまに首にでも噛みついてやればよかったかな。そうしたらあんなわざとらしい言葉なんて必要なかった。
なんて考えながら千歳は夏彦のところへ小走りで走って行った。
「ね、夏」
「なんだよ話しかけんな」
見るからに不機嫌な夏彦をみて、笑いそうになってしまった。
単純でわかりやすい。全部分かるよ。夏の考えていること。
「なに怒ってるの?夏のこと迎えに来たんだよ」
「あきになにしたんだよ」
「・・・そんなこと、知ってどうするの?」
沈黙が続く。想像を口に出したくなかったのを千歳は“分かっている”。
それがカンに障る。ただ、それを表現するすべを夏彦は持ち合わせていなかった。
苛立ちを身体に溜め込むことだけ。にじみ出るものは止められないとしても。
千歳が前もって会話の続きを決めていたように話しかけてくる。
「夏、あの、男がすきなやつどうなった?」
分かってる。分かって言ってるだろう。と一気に血が吹き上がるように頭に上ってくる。
「ああ!うるせえな!!うんざりしてるよ!」
「じゃあ、よかった。じゃあちゃんと諦められるね」
「は?」
「おれはそいつを心配してるだけだよ。男同士なんてうまくいきっこない」
「お前が!!!引っかき回してるんだろうが!!!」
自分でも驚くぐらいの声量が出る。
千歳は笑った。全部、千歳の想像の範囲内であるかのように。
「なんで、夏が怒るわけ?」
このにやついた顔面を殴る。言葉ではどうとも勝てないのを夏彦は分かっていた。
情けないのも分かっている。でも、それ以上に言葉が出ない自分が疎ましくていらだたしかった。千歳に手を出したのはそういう上手く口で伝えられない自分への苛立ちでもあった。
千歳の方が一枚も二枚も上手だ。そんなことは分かっていた。
そうして一発顔面に食らわせてからも身体は勝手に動く。千歳の胸ぐらを掴んでそのまま壁に向けて打ち付けた。
何も言い返せない夏彦はこのまま千歳の喉仏に噛みつきそうな勢いで顔を近づける。
獰猛な獣みたいに。
夏彦の目の奥には俺の姿が淀んだ色で映っている。これでもいい、これが見たかった。
だってしかたないだろ。こうでもしないと俺のこと見てくれないんだから。
楽しくてやってるわけじゃない。
そこまで思って、ふと脳裏によぎる。
まあ、でも・・・やりすぎたかもな。
でもそれもすぐどうでもよくなった。
「・・・最悪、おまえ」
言われる言葉は重たくて堪える。
は、はは、場を誤魔化すみたいに軽く笑った。
「そんなに不安ならあきに説明してもらえばいいだろ」
逃げ道を残した。
最初っからそうするつもりだったみたいに。




