第5話 約束の再会
――十年前。
森は、いまよりも少しだけ明るかった気がする。
少女は、ずいずいと森の中へ進んでいた。
拾った木の枝を振り回しながら、鼻歌まじりに。
「神父様ったら心配性ね。全然危なくないじゃない。第一こんな昼間に魔物が出るなんてことないわよね!!」
いまより少しだけ背が低く、いまよりずっとお転婆だったアリア。
森の木漏れ日がきらきらと差し込み、土の匂いが心地よい。
その安心感が、油断を生んだ。
――ゴォン。
重い足音。
地面を踏みしめる振動。
振り向いた先にいたのは、黒い毛並みの熊型魔物。
【レッサーベア】。
大人が武器を持ってやっと倒せる程度の強さ。
つまり――子どもではどうにもならない。
アリアは、その強さを知っていた。
だからこそ。
「……っ」
足が震えた。
尻もちをつき、立ち上がれない。
迫る巨体。
「誰か助けて!!」
森に響く、必死な叫び。
次の瞬間。
風が走った。
レッサーベアの横腹に、鋭い衝撃が叩き込まれる。
木刀。
たった一本の木刀。
それを握った少年が、獣の懐に潜り込み、足の腱を叩き、重心を崩す。
転倒。
追撃。
顎下へ、容赦ない一撃。
レッサーベアは呻き声を上げ、動かなくなった。
静寂。
少年は振り返る。
「お前大丈夫か?」
アリアは俯いたまま。
「……大丈夫じゃない……怖かった!!!」
大声で泣いた。
「え!? おいおい泣くことぁねえだろ?」
少年は慌てる。
「ほらさっきそこでとれた果物やるからさぁ。な!」
差し出された赤い果実。
鼻をすすりながら、受け取る。
「……うん……ありがとう」
かじると、甘さが広がった。
少しだけ、涙が止まる。
「あなた名前は? どこから来たの?」
少年は肩をすくめる。
「俺か? 俺はディーン」
「ディーンは強いんだね」
「まぁな。里で鍛えられてるからな」
少し疲れた目で言う。
「里? この辺には町や村はあるけど里なんかないよね?」
「あ!? そうだったな……間違えた。村だったな~そうだった」
明らかに不自然。
アリアは、思わず吹き出した。
「なにそれ!」
少年もつられて笑う。
「お前、泣いてるよりそうやって笑ってるほうがいいな。せっかく美人なんだから」
顔が一瞬で赤くなる。
「……お前じゃない」
「え?」
「……アリア。私の名前はアリア」
少年は納得したように頷いた。
「……アリアか。分かった! アリアよろしくな!!」
その日、二人は森を出た。
約束を交わして。
また会う、と。
---
――そして、現在。
森の中。
首を失ったダイア・ベアの巨体の前で、アリアは涙を流していた。
「……もしかしてディーン? ディーンなの?」
信じたいけれど、信じきれない声。
男は肩をすくめる。
「ん? そうだが。十年ぶりだから忘れちまったか?」
少しだけ意地悪そうに、しかし優しく。
「ち、ちがうの! あの頃よりおっきくなってて……」
彼はくすりと笑う。
「冗談だよww ほら、立てるか?」
手を差し伸べる。
アリアは、ほんの少しだけ唇を尖らせた。
「……立てない……おんぶして」
本当は立てた。
でも。
ディーンの前では、少しだけ子どもに戻ってしまう。
「しょうがないお姫さんだな~ほら乗りな」
しゃがみ込む。
アリアは背中に腕を回す。
温かい。
広い。
(ディーンの背中おっきいなぁ……少しドキドキする)
森を抜け、町へ向かう。
足音が重なる。
「……しかし懐かしいなぁ。十年前もこうやっておんぶして町まで送ったよな」
「ふぇ!? あ、あ~そうだね……そうだったね」
一拍。
「……ねぇディーン」
「ん?」
「何で十年前町に着いたらすぐいなくなっちゃったの? どうして十年間一度も会いに来てくれなかったの? また会うって約束したのに……」
声が、少しだけ揺れる。
ディーンはしばらく黙っていた。
「……そうだな。俺も次にアリアに会えたら説明しようと思ってたんだ」
静かな声。
「俺の生まれた里は、基本的に外の世界とは交流してはいけない決まりなんだ」
「外の世界?」
「そう。里の外のことをそう呼んでる。なるべく関わりを持たない。里を守るための掟らしい」
少し視線を落とす。
「だけど、約十何年かに一度、里の選ばれた人間が何人か外の世界を旅する決まりがある。世界情勢を知るためだ」
風が吹く。
「俺の親父もその一人だった。当時、俺はこっそり後をつけた」
「……それで、私と会ったんだね」
「そういうこと」
苦笑い。
「で、アリアを送ったあとに親父にバレて、こっぴどく叱られて里に戻されたってわけ」
アリアは、ゆっくり頷く。
「じゃあ今回は正式にディーンが世界を旅する番ってこと?」
「ん~いや。本当はまた親父が行くはずなんだけどな。何か修行してこいって言われてここに来たんだよな~」
少し不満げ。
「それより、アリアは何で森になんかいるんだよ?」
アリアは今日の出来事を話す。
薬草不足。
ギルドの事情。
診療所のこと。
「……相変わらずだな」
「何が?」
「放っておけない性格」
森を抜ける。
遠くに、町の灯りが見え始める。
他愛もない話が続く。
十年分の時間を埋めるように。
物語は、静かに次の舞台へと進んでいく。
---
皆さん申仁です。今回は過去の話がありましたが少しだけアリアの夢と内容が違うと思いませんでしたか?あれはですね~アリアのは夢なので少しだけ美化されてるんですね。(笑)それではまた次回。次回は6月7日投稿です




