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万象の旅物語  作者: 申仁
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22/25

第22話  新たな仲間は放浪者?


 魔物の大行進(パレード)――を退けた翌朝になっても、シュミートの東側に広がる荒野には戦いの傷跡が生々しく残されていた。二千を超える魔物たちとの激戦によって地面は踏み荒らされ、岩盤には斧や剣、魔物の爪によって刻まれた傷が幾重にも走り、さらに最後に現れた正体不明の少女が降らせた無数の隕石によって、遠くの大地には巨大な穴が点々と穿たれている。昨日まで鉱石を運ぶ荷車が行き交っていた荒野が、一夜にして地図を書き換えられたかのような姿へ変貌していた。


 その惨状を城壁の上から眺めながら、ディーンは昨日の最後に現れた少女の姿を思い出していた。


「結局、何だったんだろうね……あの子」


 隣で城壁の縁へ両腕を置いていたアリアが、遠くの空を見上げる。


「あの子っていうか……見た目だけなら十歳くらいだったよな」


「うん。でも、あんな魔法……私、初めて見たよ」


 昨日、ワイバーンの背に立っていた少女はどう見ても幼い子どもだった。十歳程度にしか見えない小柄な身体でありながら、たった一つの魔法で数え切れないほどの魔物を消し飛ばし、荒野そのものを変形させた。しかも本人は疲労した様子すら見せず、満足そうに高笑いしながら去っていったのである。


「助けてもらったのは間違いねぇけどな。味方なのかどうかも分からねぇ」


「悪い人には……見えなかったけど」


「魔物の群れに隕石を百発近く落とす十歳くらいのガキを見て、その感想が出てくるお前も大概だぞ」


「だって、私たちを狙わないようにちゃんと落としてたよ?」


「……それはそうなんだよな」


 あれほど広範囲を破壊したにもかかわらず、隕石は一発たりともシュミート側の戦士たちを巻き込んでいない。ただ破壊力が凄まじいだけではない。正確に敵の位置を把握し、味方を避けながら数え切れない標的を同時攻撃する。それがどれほど異常な技術なのか、多少なりとも戦いを知るディーンには理解できた。


「まあ、また会ったら聞けばいいだろ。名前も聞けなかったしな」


「また会えるかな?」


「さあな。でも、あれだけ目立つ奴だ。どっかでまた騒ぎを起こしてても驚かねぇよ」


「それは……確かに」


 二人は顔を見合わせ、思わず小さく笑った。


 その時、背後から低い腹の音が響く。


「……話は終わったか?」


 振り返れば、ガルムが腕を組んで立っていた。


「腹が減った」


「お前、昨日あれだけ食っただろ」


「昨日食ったものは昨日の分だ」


「その理屈なら俺も腹減ったな」


「ディーンまで……」


 アリアは呆れながらも、二人がこうしてくだらない会話をしていることに安堵するように微笑んだ。


 もっとも――昨夜の二人の食事量を思い返すと、笑ってばかりもいられなかった。


 シュミートへ戻ったディーンたちを待っていたのは、彼らの想像を遥かに超える歓迎だった。


 城門を潜った瞬間から、通りの両側に集まっていた住民たちが歓声を上げ、鍛冶師、鉱夫、商人、老人から子どもまで、誰もが口々に礼を告げてきた。大通りを歩けば「町を守ってくれてありがとう」と頭を下げられ、知らない職人から突然酒瓶を押しつけられ、武器屋の主人からは「今度来た時は好きなもん一つ持っていけ」と豪快に肩を叩かれた。つい数時間前まで魔物の襲撃に怯えていた町が、夜になる頃には勝利を祝う宴の場へ変わっていた。


 酒場へ入った時など、さらに酷かった。


「英雄様のお通りだ! 好きなだけ食いやがれ!」


「英雄って柄じゃねぇんだけどな……まあ、飯が無料なら遠慮しねぇぞ」


 その言葉を本当に遠慮なく実行した結果、ディーンの前には瞬く間に空になった皿が積み上がった。肉の串焼き、香草を詰めて焼いた鳥、濃厚なチーズを乗せたパン、山盛りの芋料理、巨大な骨付き肉、豆と香辛料を煮込んだスープ。それらが次々と彼の胃袋へ吸い込まれていく。


「ディーン、まだ食べるの?」


「昨日一日戦ってたんだぞ。腹減ってんだよ」


「知ってるけど……いつも以上じゃない?」


「今日は無料だからな」


「そこなんだ……」


 だが、その向かいではガルムがさらに凄まじい勢いで料理を消していた。人間用なら三人前はありそうな肉の塊を片手で持ち上げ、二、三口で平らげては次の皿へ手を伸ばしていく。


「おいガルム、それ俺が取ろうとしてた肉だぞ!」


「早い者勝ちだ」


「だったら勝負だ!」


「望むところだ」


「食事で勝負しないの!」


 アリアが慌てて止める頃には、周囲のドワーフたちが面白がって料理を追加し始め、いつの間にか二人の大食い競争のような様相になっていた。


「おら! 次は猪肉だ!」


「酒も持ってこい!」


「いや、俺酒はいらねぇ!」


「俺は貰おう」


「ガルムさんは飲むんですね……」


 騒ぎは夜遅くまで続いた。誰かが楽器を持ち出し、誰かが歌い始め、広場には即席の焚き火まで作られた。昨日まで名も知らなかった旅人たちを町中が囲み、戦いを生き抜いた喜びを分かち合う。ディーンたちにとって、それは旅に出てから初めて味わうほど大きな歓迎だった。


 宿へ戻った時にも驚かされた。


「本日のお代は結構でございます」


 受付の女性にそう告げられ、ディーンは思わず聞き返した。


「……タダ?」


「町を救っていただいた方から宿代を頂けば、私どもが町中から怒られてしまいますので」


「マジかよ」


「よかったね、ディーン」


「最高の町じゃねぇか、ここ」


「現金だな、お前は」


 ガルムに呆れられながらも、ディーンは上機嫌だった。


 そうして一夜明けた現在。


 三人は昨日までとは違う穏やかな空気に包まれた町を歩き、ある場所へ向かっていた。


 目的地は、瑠璃椿姫を鍛えてくれた鍛冶屋である。


 町はすでに復旧作業へ動き始めていた。壊れた城門周辺には職人たちが集まり、歪んだ金属板を外して新しい部品へ交換している。通りでは戦いで破損した武器が山積みにされ、鍛冶師たちが傷の具合を確認していた。それでも町を包む雰囲気は明るい。すれ違う者たちはディーンたちを見つけるたびに手を上げ、子どもたちは青紫の鞘を指差して「あの兄ちゃんだ」と目を輝かせる。


「……なんか落ち着かねぇな」


 ディーンが頭を掻いた。


「いいじゃない。みんな感謝してるんだよ?」


「分かってるけどよ。こういうの慣れてねぇんだよ」


「昨日は酒場であんなに偉そうに肉食ってたのにな」


「飯とこれは別だろ」


 ガルムの指摘にディーンが顔をしかめる。その横でアリアは楽しそうに笑いながら歩いていたが、不意に人混みから荷車が飛び出してくるのを見て足を止めた。


「アリア」


 ディーンが自然に彼女の腕を引く。


「わっ」


 ほんの一瞬、二人の距離が縮まった。


「危ねぇぞ。前見ろ」


「う、うん……ありがと」


 アリアは少しだけ頬を赤くしながら離れ、今度はディーンのすぐ隣を歩く。ディーンも特に何も言わなかったが、それから鍛冶屋へ着くまで、彼女が人混みに押されないよう僅かに外側を歩いていた。


 やがて見慣れた鍛冶屋の看板が見えてくる。


「おっさん、いるかー?」


 ディーンが扉を開けた。


「誰がおっさんだ!」


 奥から聞き慣れた怒鳴り声が返ってくる。


「元気そうだな」


「昨日死にかけた町の鍛冶師に対する第一声がそれか!」


「死んでねぇんだからいいだろ」


「ディーン、ちゃんとお礼言いに来たんでしょ?」


「分かってるって」


 アリアに咎められながら店の奥へ進んだディーンだったが、そこで足を止めた。


 炉の近く。


 鍛冶師と向かい合うようにして、一人の男が椅子へ腰掛けている。


 無精髭を生やし、どこか飄々とした雰囲気を纏った男。


「……オッサン?」


「あら、青年。生きてたの?」


 リューマだった。


 ディーンは露骨に眉を寄せる。


「オッサン、まだこの町にいたのかよ。てっきり逃げ出してるかと思ったぜ」


「あら、ひどい」


 リューマは傷ついた様子など微塵も見せず、頬杖をついたまま笑った。


「オッサンのお陰でパレードに早く気付けたんじゃない?」


「……は?」


 三人の視線が一斉に鍛冶師へ向く。


 鍛冶師は何でもないことのように頷いた。


「ん? あぁ、そうだぞ。ここにいるリューマがパレードをいち早く発見して、町へ知らせてくれたんだ。こいつの知らせがもう少し遅れてたら、避難も迎撃準備も間に合わなかったかもしれんな」


 一瞬、店内へ奇妙な沈黙が落ちた。


 最初に反応したのはアリアだった。


「リューマさんのお陰だったんですね! ありがとうございます!」


「そうでしょう? 凄いでしょう?」


 リューマは得意げに胸を張り、わざとらしくディーンへ視線を送る。


「もっと褒めてもいいんだよ? ねぇ、青年?」


「…………」


 ディーンは明らかに気まずそうに視線を逸らした。


「……悪かったな。逃げ出したなんて言って」


「ん?」


「オッサンのお陰で助かった。ありがとな」


 リューマの顔から笑みが消えた。


 数秒。


「……え」


「何だよ」


「青年が素直にお礼を言った」


「言ったら悪いのか」


「気持ちわりぃ」


「なんだとテメェ!!」


 ディーンが掴みかかろうとしたところで、鍛冶師の拳が作業台を叩いた。


「で、お前らはそもそも何しに来たんだ!」


「あ」


「忘れてたの!?」


 アリアの声が店内へ響く。


「刀の礼だよ! 礼!」


 ディーンは咳払いし、腰の瑠璃椿姫へ手を置いた。


「昨日、実戦で使った。最高だったぜ。前の剣とは比べもんにならねぇ」


「そうか!」


 鍛冶師の顔が一気に輝く。


「町の連中から聞いたぞ! とんでもなくデカい魔物を真っ二つにしたそうじゃねぇか! 八メートルはあったって話だが、本当なのか?」


「そのくらいはあったな」


「刃こぼれは? 歪みは? 振った時に妙な震えはなかったか?」


「全然。むしろ俺が振りたいように勝手についてくる感じだった」


「がっははは! そうかそうか!」


 鍛冶師は自分の子どもを褒められたように笑った。


 そこから自然と、話題は昨日のパレードへ移っていった。


 ゴブリンやオーク、獣型魔物だけなら珍しくない。問題は、途中で現れた巨大な異形だった。


「岩みてぇな外殻で覆われててよ。背中に赤黒い結晶が生えてた」


「口ん中に魔力みたいなものを集めて、爆発させてたよね」


 アリアも記憶を辿りながら付け加える。


 鍛冶師は顎髭を撫でた。


「そんな魔物、聞いたことがねぇな」


「オッサンは?」


 ディーンがリューマを見る。


「俺も知らないねぇ。あちこち旅してるけど、そんな特徴の魔物は見たことないよ」


「やっぱり変だよね……」


 アリアが小さく呟く。


 ディーンは腕を組んだ。


「そういや前にもいたよな。妙なの」


「……あのアリ?」


「あぁ」


 以前戦った、人間の言葉を話す巨大な蟻。


 その話をすると、鍛冶師とリューマの表情が明らかに変わった。


「人語を話す魔物?」


「そう。普通に喋ってたよ」


「そりゃまた……珍しいどころの話じゃないねぇ」


 リューマが顎へ手を当てる。


 その少し後ろ。


 ガルムだけは黙っていた。


(人の言葉を話す魔物……見たこともない異形……)


 胸の奥に、嫌な予感が広がる。


(もしかして……いや、まさかな)


「ガルムさん?」


 アリアに呼ばれ、ガルムは我に返った。


「ん?」


「どうかしたの?」


「……いや。何でもない」


 短く答える。


 それ以上、口には出さなかった。


 まだ確証はない。何より、今この場で話すべきことではない。


「そういえば」


 リューマが椅子を僅かに揺らしながら言った。


「似たような話なら一つ聞いたことがあるねぇ」


「似たような?」


「ヴァルディア王国の王都周辺さ。最近、見慣れない魔物を見たって話がいくつか出てるらしい」


 ディーンは「へぇ」と小さく返すだけだった。


 アリアも首を傾げる。


「王都って、ここから結構遠いですよね?」


「そうだね。だから関係があるかどうかは分からないけど」


 その一方。


 ガルムの目が僅かに細くなった。


(王都周辺……)


 胸の奥で、これまで別々に存在していた点が、ゆっくりと一本の線へ近づいていく。


 だがガルムは、その動揺を表へ出さなかった。


「そういやガルム」


 ディーンが突然話題を変える。


「刀も手に入ったし、約束覚えてるよな?」


「約束?」


「もう一回戦うって話だよ」


「あぁ……あれか」


 ガルムは少し考えた後、首を横へ振った。


「悪いが、その勝負は少し先にしてくれ」


「は?」


「俺も、お前たちの旅に付き合う」


 今度はディーンとアリアが驚く番だった。


「一緒に来るの?」


「あぁ。お前たちはトラーニュへ向かうんだったな」


「そうだけど」


「俺も、その先に用事がある。トラーニュから海を渡った先にな」


 嘘ではない。


 だが、すべてでもない。


 ガルムが追っているもの。その正体と、過去に自分から奪われたもの。そのために旅を続けていることを、まだ二人へ打ち明けるつもりはなかった。


「まあ、方向同じなら別にいいんじゃねぇ?」


 ディーンはあっさりと言った。


「ガルムさんが一緒なら心強いです!」


 アリアも笑う。


「……そうか」


 ガルムは僅かに目を伏せた後、小さく笑った。


「あぁ。しばらく世話になる」


 鍛冶師へ改めて礼を告げた三人は、その日のうちに旅支度を整えた。


 シュミートの城門。


 昨日とは違い、穏やかな風が街道から吹き込んでいた。荷物を背負ったディーンの腰には瑠璃椿姫。アリアは銃と旅道具を確認し、ガルムは二振りの大剣を背負っている。


「よし。それじゃトラーニュへ――」


「いやぁ、出発日和だねぇ」


 背後から聞き覚えのある声。


 三人が振り返る。


 そこには、旅支度を済ませたリューマが立っていた。


「…………」


「どうした青年?」


「何でオッサンが付いてくんだよ?」


「青年たち、どこ行くんだっけ?」


「質問を質問で返すな。どこって、トラーニュだよ」


「あぁ、そうそう」


 リューマはわざとらしく手を打った。


「オッサンもトラーニュに用事があるんだよ」


「絶対嘘だろ!」


 即座にディーンの怒鳴り声が響く。


「まぁまぁ、いいじゃない。旅は道連れ世は情けってね」


「絶対今使うとこじゃねぇだろ!」


「細かいこと気にすると背伸びないよ?」


「関係ねぇ!」


 アリアは困ったように笑い、ガルムはすでに諦めた顔で空を見上げている。


 ディーンはしばらくリューマを睨んでいたが、やがて大きくため息を吐いた。


「……ったく、しょうがねぇな。妙なことしたら斬るからな」


「へいへい」


 軽薄な返事。


「本当に分かってんのか、このオッサン……」


「でも、賑やかになりそうだね」


 アリアが楽しそうに言う。


「俺としては静かな旅がしたかったんだけどな」


「それはもう無理なんじゃないか?」


 ガルムが淡々と告げる。


「お前が言うなよ」


 そんなくだらない言葉を交わしながら、四人はシュミートを後にした。


 背後では、朝日に照らされた鉱山の町から無数の煙突が煙を吐き、金槌の音が再び鳴り始めている。昨日、滅びかけた町はもう歩き出していた。壊れた壁は直され、折れた武器は鍛え直され、人々は日常へ帰ろうとしている。


 その音を背中で聞きながら、ディーンたちは新たな旅路へ足を踏み出す。


 目的地は交易都市トラーニュ。


 海へと繋がる大都市。


 そして彼らはまだ知らない。


 昨日現れた見知らぬ魔物も、人の言葉を話した蟻も、王都周辺で起き始めている異変も、決して無関係ではないということを。


 さらに――。


「なぁオッサン。本当にトラーニュに用事あんだろうな?」


「あるある。たぶん」


「たぶんって言ったな今!」


「青年、旅は楽しんだもん勝ちだよ?」


「話逸らすな!」


 新たに加わった、この胡散臭い放浪者が。


 彼らの旅を、これまで以上に騒がしくしていくことも。


---


 第22話 了


お久しぶりです申仁です。今回から毎週金曜日18時更新になりましたので今後もよろしくお願いします。

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