第19話 剣とは
リューマの勧めで、ディーンたちは再び鍛冶屋通りへ向かっていた。
「この辺りにあるって、リューマさん言ってたよね?」
アリアが周囲を見回す。
「……あぁ。この店の近くにあると言っていたな」
ガルムも目を凝らす。
目の前にあるのは、町で一番大きな鍛冶屋。煙突は太く、工房も広い。だが、リューマが言っていたのはこの店ではない。
「ん~……あ! あれ……か?」
ディーンが何かに気づいた。
大きな鍛冶屋の陰に、ほとんど同化するように小さな建物があった。看板もない。入口も地味。知らなければ倉庫か物置だと思うだろう。
「あ! 本当だ。あんなところに……でも、あれお店?」
アリアも疑わしげに首を傾げる。
「ま、とりあえず行ってみようぜ」
三人は小さな店らしき建物へ向かった。
扉を開ける。
中は狭かった。
客はいない。
店員もいない。
ただ、壁や棚には武器が並んでいた。剣、短剣、斧、槍。どれも手入れはされているが、どこか沈黙しているように見える。
「あれ? 誰もいない」
アリアが困惑する。
「留守か?」
ガルムが呟く。
ディーンは黙って、陳列された剣を見ていた。
「どう? ディーン。ここの剣なら折れなさそう?」
アリアが少し心配そうに尋ねる。
「ん~……正直、俺は剣の専門家じゃないから、使ってみないと詳しいことは分からないけどな」
ディーンは一本の剣へ目を向ける。
「ただ、ここにある剣じゃちょっと不安だな……」
そう言って、飾られた剣に手を伸ばそうとした瞬間だった。
「勝手にそれに触るんじゃねぇ!」
奥から、ドスの効いた声が飛んできた。
三人が振り向く。
奥の扉から出てきたのは、少年だった。
作業着を着て、片手に火箸、もう片方に小槌。顔には煤がついていて、目つきはやたら鋭い。
「人んとこの商品に勝手に触ろうとしやがって」
少年は不機嫌そのものだった。
「す、すいません! 勝手に入ってしまって」
アリアが慌てて頭を下げる。
少年は三人をじろりと見る。
「……ここは女子供が冷やかしで来るとこじゃねぇ。とっとと帰りな!」
吐き捨てるような言い方だった。
だが、ディーンはあまり気にしていなかった。
「……なぁ。ここの剣はアンタが打ったやつなのか?」
「……当たり前だろう」
少年もとい鍛冶師は、少し間を置いてから答える。
「そうか」
ディーンは一度だけ棚の剣を見る。
「なら、この店じゃ無理だな。二人とも、他の店に行こうぜ」
そう言って、あっさり踵を返した。
「おい! ボウズ、そりゃどういう事だ?」
鍛冶師が呼び止める。
ディーンは振り返った。
「俺は旅の途中で剣を折っちまったんだ。だから新しい剣を探しに来た」
そして、棚の剣を指す。
「でも、ここの剣はダメだ。恐らくすぐ折れる」
空気が凍った。
アリアは青ざめ、ガルムはわずかに眉を寄せた。
鍛冶師はしばらくディーンを睨んでいたが、やがて低く笑った。
「……展示してあるヤツはな、武器を大事にしない冒険者に売りつけるための粗悪品だ。別の店からもらってきた」
「え?」
アリアが目を瞬かせる。
「もちろん、この俺がメンテナンスをしたから、ある程度は使える剣ではある」
鍛冶師は腕を組む。
「だが、俺が打った剣じゃねぇ」
その言葉に、ディーンの顔がぱっと明るくなった。
「そうなのか!? じゃあ、アンタの打った剣を見せてくれ」
「それは無理だ」
「何でだよ」
「俺が打つ武器は完全オーダーメイドだ。店に並べるようなもんじゃねぇ」
「なら、俺の剣を打ってくれないか?」
ディーンは食い下がる。
鍛冶師は呆れたように鼻を鳴らした。
「俺はな、俺が認めたヤツの武器しか打たねぇんだよ」
声に熱が混じる。
「いいか。俺は武器をただの道具、壊れたらまた買えばいい、みたいに考えてるヤツが大嫌いだ」
小さな体で、鍛冶師は真っ直ぐディーンを睨む。
「武器は相棒だ。家族だ。命を預けるもう一人の自分だ。それが分からないお前みたいなヤツに、剣なんか打たんわ!!」
ディーンは少し考えた。
「……そうか。なら仕方ないな」
今度は納得したように、静かに頷いた。
そして店を出ようとした、その時。
「アンタ、お弁当持ってきたよ~」
聞き覚えのある女性の声がした。
扉の向こうから現れたのは、朝に荷物を運ぶのを助けたドワーフの婦人だった。
「あ! アンタたち、朝はありがとうね~」
「いえいえ。困ったときはお互い様ですから」
アリアが笑顔で返す。
婦人は店内を見回し、首を傾げた。
「ところで、こんなボロい店に何か用かね?」
「実は剣が折れてしまったので、打ってもらいに……」
アリアは気まずそうに鍛冶師をちらりと見る。
「お前には関係ないだろ!! ささ、お客様のお帰りだ!」
鍛冶師は手を振って、ディーンたちを追い返そうとした。
だが婦人は、ディーンの腰にある鞘へ目を向けた。
「あら! その剣、折れちまってるのかい!? まぁ大変!」
そして鍛冶師へ詰め寄る。
「ちょっとアンタ。この子の剣、打ってあげなさいよ!」
「……いや、しかしだな」
鍛冶師がたじろぐ。
「しかしもカカシもないよ! アタシを助けてくれた恩人だよ?」
婦人の迫力が増す。
「それに、折れた剣をこうして持ち歩いてるんだから、剣に愛情のある人でしょう?」
「……まぁ、たしかに」
その瞬間。
鍛冶師対ご婦人の試合終了の鐘が、誰かの心の中で高らかに鳴った。
勝者、ご婦人。
「ほら、ボウズ。その剣を見せてみろ」
完全に牙を抜かれた鍛冶師が、ディーンへ言った。
「お、おう」
ディーンも婦人の勢いに圧倒されていた。
「私も見習わなきゃ……」
アリアは小声で拳を握った。
「ん? アリア、なんか言ったか?」
「ううん。何でもないよ」
アリアは作り笑顔で答えた。
鍛冶師は真剣な顔になり、ディーンの折れた剣を受け取る。
「よし。鍛冶場で見てやる。ついてこい」
三人が奥へ向かおうとすると、なぜか婦人もついてきた。
「お前はついてこなくていいよ」
「またボウヤに嫌がらせしないか、見張っておかなきゃでしょ!」
「……はい」
さっきまでの気迫は、もう完全に消えていた。
鍛冶場は小さいながらも、美しかった。
炉はよく手入れされ、道具はすべて決まった位置に置かれている。床には余計な金属片一つ落ちていない。壁に掛けられた槌や鑢は使い込まれているが、どれも丁寧に磨かれていた。
小さな工房だ。
だが、そこには誇りがあった。
「よし。じゃあ見てみるか」
鍛冶師が剣を鞘から抜いた。
瞬間、彼は固まった。
「……なんだこれは」
声が震えていた。
折れてなお、刃には奇妙な張りがある。
鉄ではある。だが、ただの鉄ではない。
打ち方が違う。芯の通し方が違う。鍛え方が違う。
鍛冶師は顔色を変えてディーンを見る。
「おいボウズ。これはどこで手に入れた剣だ」
「ん? これは俺の故郷にある普通の訓練用の剣だぞ?」
「訓練用……?」
鍛冶師が唖然とする。
「こんな剣が、俺たちドワーフ以外に作れるなんて……おい、この剣を打った鍛冶師の名前は!」
「ん? 名前も何も、ウチの故郷の鍛冶師なら誰でも打てるぞ。剣だけじゃなく、鍬とか斧とか包丁とか、色々なもの」
「……そうか」
鍛冶師は深くため息をついた。
悔しさと感嘆が混ざった息だった。
「俺は普通の剣なら大体一日から二日で作れる。だが、このレベルだと一週間ぐらいかかる」
鍛冶師は折れた剣を見つめる。
「それでもいいか?」
「あぁ。もちろんだ。よろしく頼む」
ディーンは素直に頭を下げた。
「それじゃ最後に、お前さんのことを知るために試し斬りをしてもらう。店の方に戻ってろ」
三人と婦人は店へ戻った。
しばらくして、鍛冶師が奥から試し斬り用の剣と巻き藁を持ってきた。
「こいつは俺が打った正真正銘の剣だ。試し斬りにはこの剣を使ってもらう」
鍛冶師は巻き藁を立てる。
「それとこれは巻き藁といって、【日の和】って国から伝わったものだ。それを俺が改造して、かなり丈夫に仕上げてある。これを斬ってみてくれ」
「あぁ……全力でいいのか?」
ディーンが尋ねる。
「当たり前だ。そうじゃないと意味がない」
鍛冶師は腕を組んで答えた。
「了解」
ディーンは短く返事をし、巻き藁の前に立った。
目を閉じる。
息を吸う。
ゆっくりと剣を上げた。
次の瞬間。
雷のような速度で剣が振るわれた。
「【家伝体術・壊し】」
音は、ほとんどなかった。
巻き藁は微動だにしていないように見えた。
ディーンはゆっくり鍛冶師の元へ歩き、申し訳なさそうに試し斬り用の剣を差し出した。
「悪い。剣、壊しちまった……」
「お……おう」
鍛冶師が戸惑いながら受け取る。
次の瞬間。
剣が割れた。
「ぬおっ!!」
鍛冶師が叫ぶ。
その横で、ガルムは鳥肌を立てていた。
(な、何だ今のは……明らかに俺と戦った時より強力な一撃……)
彼はすぐに巻き藁へ視線を向ける。
(これで巻き藁が無事な訳がない!)
近づき、確認する。
巻き藁は真っ二つに切れていた。
そして、手に取った片方は砕け散った。
(この技をあの時受けていたら、俺は……)
ガルムの冷汗が止まらない。
「これで分かりそうか?」
ディーンは申し訳なさそうに鍛冶師へ尋ねる。
「お……おう。大丈夫だ」
鍛冶師はあっけに取られながらも、何とか返事をした。
「そうか。良かった」
ディーンは魔法のカバンへ手を入れる。
「あと、これ。良かったら使ってくれ」
彼は布に包まれた素材を鍛冶師へ渡した。
「それじゃ、一週間後にまた来るな」
ディーンはそう言って、アリアとガルムを連れて鍛冶屋を後にした。
店に残ったのは、鍛冶師と婦人だけ。
「すごい子だったね、あのボウヤ……」
婦人がぽつりと言う。
「あぁ……長年鍛冶師やってるが、あんな奴初めてだ」
鍛冶師は砕けた剣を見つめる。
「確かにあれじゃ、並の剣じゃ耐えられないはずだ。いくら試し用だからって、俺の作った剣もバラバラだ」
「アンタ、それよりその素材は何だい?」
婦人が布包みを見る。
「そういえば、なんだろうな……」
鍛冶師は布をほどいた。
中から現れたのは、大きく鋭い牙だった。
鍛冶師の目が見開かれる。
「おいおい……これってまさか!? いや、間違いねぇ」
声が震える。
「【ツェル・レーヴェ】の牙だ」
「アンタ、本当かい!?」
「あぁ」
鍛冶師は牙を手に取り、にやりと笑った。
職人の目だった。
「こりゃあ、気合入れて最高傑作を作らねぇとな」
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第19話 了
皆さん夏はどうでしたか?私は恐らく大変だったと思います。(これを書いてるのが7月のため)
最近はどうやったらもっといろいろな人に読んでもらえるかで頭がいっぱいです(笑)




