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万象の旅物語  作者: 申仁
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第18話 こどもの町?


 鉱山の出口を抜けた先に広がっていたのは、鉄の町だった。


 まず目に飛び込んできたのは、町を囲う巨大な城壁である。


 石ではない。


 木でもない。


 黒光りする鉄の板を幾重にも組み合わせ、そこに無数の鋲と補強材を打ち込んだ、まるで巨大な鎧のような城壁だった。見上げれば首が痛くなるほど高く、壁面には古い傷や煤の跡が刻まれている。


 ただ守るためだけの壁ではない。


 何度も何度も叩かれ、直され、鍛え直されてきた壁だった。


「すごい……鉄の壁に囲まれてる」


 アリアが目を丸くして呟いた。


 町の上空には、いくつもの煙突から立ち上る白煙が見える。

 風に乗って、鉄と炭の匂いが鼻をくすぐった。


「まるで要塞みたいだな」


 ディーンも、城壁の下から上を眺めながら感心したように言う。


 ガルムは少しだけ顎を上げ、町を囲む壁を見た。


「ここはあくまで、ノル=ダルアから派遣された者たちによって作られた町だ。本国と比べれば規模はかなり小さい」


 その声には、戦場を知る者らしい重みがあった。


「それでも、これだけのものを作る。ドワーフの技術力は凄まじいな」


「これで小さいのかよ」


 ディーンは思わず苦笑する。


「じゃあ本国ってのは、どれだけデカいんだ?」


「山そのものが国だと聞いたことがある」


「山?」


 アリアが首を傾げる。


「あぁ。山脈の内部を削り、炉と工房と都市を作り上げた国。鍛冶国家ノル=ダルア。職人たちにとっては聖地のような場所だ」


「へぇ……」


 アリアは目を輝かせた。


 未知の国。未知の文化。未知の技術。


 旅に出たばかりの少女にとって、それらはすべて小さな宝石のように見えた。


 ディーンはそんなアリアを横目で見て、少しだけ笑う。


「楽しそうだな」


「うん。だって、知らない場所がいっぱいあるんだもん」


「そうか」


 短く答えたディーンもまた、どこか楽しげだった。


 三人は城壁へ続く道を歩き、町の門へ向かった。


 鉄門は分厚く、巨大な歯車と鎖で開閉する仕組みになっているらしい。門の左右には見張り台があり、そこから町の外を見渡せるようになっていた。


 門の前には、二人の警備兵が立っていた。


 鎧を着て、槍を持っている。


 だが。


「……あの子たち、子どもだよね?」


 アリアが小声で言った。


「あぁ……十歳ぐらいの子供だな」


 ディーンも小声で返す。


 どう見ても少年だった。


 背丈はアリアよりさらに低い。顔つきも幼く、頬にはまだあどけなさが残っている。

 しかし鎧は本格的で、手にした槍も装飾用ではない。


 すると、そのうちの一人が鋭い声を上げた。


「そこの者たち、止まれ!」


 小さな体に似合わぬ堂々とした声だった。


 三人は足を止める。


 少年兵は槍の石突を地面に打ち、胸を張った。


「このような辺鄙な町に何用だ?」


 ディーンとアリアは顔を見合わせる。


 どう答えたものかと迷っていると、後ろからガルムが一歩前に出た。


 その空気が、変わった。


 さっきまで旅の仲間として歩いていた男が、そこだけ軍の空気をまとった。


 背筋が伸びる。


 視線が鋭くなる。


「私は、【バルザーン軍事帝国軍所属リントヴルム隊隊長】ガルム・ドラゴンハートであります」


 低く、よく通る声。


 ガルムは懐から軍のエンブレムを取り出し、門番へ見せた。


「現在、貴国とは平和条約を結んでおり、今回、貴国よりこの町の極秘調査を依頼されたため参りました」


 その言葉を聞いた瞬間、少年兵の顔色が変わった。


 持っていた槍を下げ、背筋を正す。


「こ、これは大変失礼いたしました!」


 そして、深々と敬礼した。


「まさか【戦龍のガルム】様とはつゆ知らず、お会いできて光栄であります。どうぞお通り下さい!」


「ご助力感謝致します」


 ガルムも敬礼を返す。


 その動きに無駄はない。


 アリアとディーンは、ぽかんとしていた。


「ところで、この者たちも……」


 ガルムが続けようとすると、少年兵は即答した。


「もちろん、戦龍様のお連れの方もご一緒にどうぞ!」


「助かる」


 こうして三人は、無事にシュミートの町へ入ることができた。


 背後で、重い鉄門がゆっくりと閉まる。


 ごごご、と低い音が響いた。


 町の中へ入った瞬間、アリアは我慢できなくなったようにガルムへ詰め寄った。


「ねぇねぇガルムさん!! 今の何!? 何ですか?」


「ちょっと待て。落ち着け」


 ガルムは少しだけ鬱陶しそうに眉を寄せる。


「ガルムさんって軍人さんだったんですか? それも隊長? しかも戦龍って呼ばれてましたよね? すごいですよね?」


「アリア」


 ディーンが横から声をかけた。


「落ち着け。あんまりそういう事をグイグイ聞くんじゃねぇよ。お前らしくない」


「あ……ごめんなさい。つい」


 アリアはしゅんとする。


 ガルムは少しだけ目を細めた。


「別に構わない。昔の事だしな」


 その言い方は、踏み込んでほしくないというより、ただ本当に過去の事だと切り分けているようだった。


 ディーンはそれ以上聞かなかった。


 代わりに、町を見渡して言う。


「それより俺も一つ気になったんだが……この町、何で子供しかいないんだ?」


 その疑問は自然だった。


 通りを歩く者。

 店先で作業する者。

 重そうな荷物を運ぶ者。

 煙突の掃除をしている者。


 誰を見ても、子どもに見える。


 十歳前後。


 いや、少し幼い者もいる。


 なのに彼らは、子どもらしい遊びをしていない。皆、当然のように働き、当然のように町を動かしている。


「あぁ、それはだな……」


 ガルムが説明しようとした、その時だった。


「二人とも、あれ!」


 アリアが前方を指差した。


 通りの先。


 山のような荷物を抱えた小さな少女が、ふらふらと歩いていた。


 箱。布袋。鉄の棒。包み。工具らしきもの。

 積み重なりすぎて、本人の顔がほとんど見えていない。


 そして案の定、少女の足元がぐらりと揺れた。


「あっ」


 倒れる。


 そう思った瞬間、ディーンとガルムが同時に動いた。


「おっと!」


「よっ!」


「ほっと!」


 ディーンは軽快に荷物を次々と受け止める。

 落ちそうになる箱を足で弾き、袋を肩で受け、工具を手の甲で跳ね上げてまとめる。


 ガルムは片手で大きな荷箱を支え、もう片方の腕で崩れた荷物の半分を抱えた。


 最後に倒れそうになった少女を、ディーンが抱き上げる。


 お姫様抱っこの形だった。


「大丈夫か? 女の子が一人で持つには、ちょっと多すぎるんじゃねぇか?」


 ディーンが言う。


 すると、腕の中の少女がぱちぱちと目を瞬かせたあと、頬に手を当てて笑った。


「あらやだ! 女の子だなんて、何十年ぶりに言われたかしら~。しかもお姫様抱っこなんて、ありがとうね~」


 声。

 口調。

 雰囲気。


 明らかに子どもではない。


 ディーンは固まった。


 アリアが恐る恐る近づく。


「あの~……お嬢ちゃん、何歳?」


「お嬢ちゃん?」


 少女の姿をした人物は、ころころ笑った。


「あらやだ、アタシ今年四十歳よ」


「よ……四十」


「……俺の親と変わらねぇ」


 ディーンとアリアはショックで固まった。


 ガルムだけが、何事もなかったように荷物を抱え直す。


「家まで運んでやる」


「あら! いいのかい? 悪いわねぇ」


「ほら、二人とも行くぞ」


「お、おう」


「あ、はい」


 まだ放心状態の二人も荷物を持ち、その女性についていった。


 小さな石造りの家へ荷物を運び終えた後、ディーンは改めてガルムへ向き直る。


「なぁガルム。この町どうなってるんだ?」


 ガルムは淡々と答えた。


「ここに住んでいるのはドワーフという種族だ。力は人間の数十倍。容姿は十歳ぐらいで止まるらしい。寿命は約二百五十年ほどだと聞いている」


「だから子供しかいないんですね?」


「そういう事だ」


 アリアは納得したように頷いた。


 ディーンはまだ少しだけ顔を引きつらせている。


「外の世界ってすげぇな……」


 彼のその一言に、ガルムは静かに同意した。


「そうだな。常識が広がる場所だ」


 【鉱山と鍛冶の町シュミート】。


 鉄の城壁に囲われた、要塞のような町。

 中に入ると、鉄と木炭の匂いが濃く漂っている。建物はすべて石造りで、ほとんどの家に煙突がついていた。そこからは常に煙や蒸気が立ち上り、町全体が一つの巨大な工房のように見える。


 道を歩けば、武器屋、防具屋、装飾屋、道具屋が並んでいる。

 飾られた剣、斧、槍、鎧、指輪、首飾り。どれも高水準の完成度で、素人目にも安物ではないと分かる。


 そして町を行き交う者たちは、皆、子どもの姿をしていた。


 だがそれは、彼らが幼いからではない。

 ドワーフという種族の特徴。


 容姿年齢が十歳前後で止まるため、旅人からは通称【こどもの町】とも呼ばれているらしい。


「さて、これからどうする? 鍛冶屋に行くのか?」


 ディーンがガルムに尋ねる。


「そうだな。とりあえず、一番デカい鍛冶屋を訪ねてみよう」


 三人は町の中央へ向かった。


 そこには、ひときわ大きな鍛冶屋があった。


 巨大な煙突。

 広い作業場。

 入り口の左右には、見事な剣と鎧が飾られている。


 ここならば、と三人は期待した。


 しかし。


「ああ、ダメダメ!! ウチは一般のお客さんには今売ってないんだ」


 店主らしきドワーフは、あっさり首を横に振った。


「じゃあ、どこに売ってるんですか?」


 アリアが尋ねる。


「ヴァルディア王国だよ」


「ヴァルディア王国?」


「あぁ。ここはそもそも、そのために出来た町だよ。王国に納める武具を作るのが仕事なんだ。だから売る事は出来ないの。ごめんね」


「分かりました。ありがとうございます」


 アリアは丁寧に頭を下げたが、肩は少し落ちていた。


「まぁ、他にも店はあるから、めげずに行こうぜ」


 ディーンが軽く言う。


「うん! そうだね」


 しかし。


 その後、何軒回っても結果は同じだった。


「今は王国への納品分で手一杯だねぇ」


「悪いな。個人客は受けてないんだ」


「剣一本? 予約なら半年先だよ」


 武器屋。

 鍛冶工房。

 道具屋。


 どこへ行っても、剣を売ってくれる店はなかった。


 やがて三人は、ひとまず酒場兼宿へ向かうことにした。


「それにしても、どこもやってくれないね」


 アリアが不満そうに言う。


「……そうだな~。どうしたもんかな」


 ディーンも少し力なく返す。


 ガルムは無言だった。


 自分がシュミートを勧めたにもかかわらず、肝心の剣が手に入らない。

 責任を感じているらしい。


 そんな微妙な空気のまま、三人は酒場の扉を開けた。


 その瞬間。


「おー青年、久しぶりだね~。どうした? 悩み事か。このオッサンが聞いてやるよ」


 見覚えのある男がいた。


 パンツ一丁で。


 ディーンは無表情になった。


「パンイチの奴に聞いてもらう事なんて何もねぇよ」


 冷たく切り捨てる。


 そこにいたのは、リューマだった。


 白髪混じりの髪を後ろでまとめ、いつもの胡散臭い笑みを浮かべている。

 ただし、服はない。パンツ一丁である。


「遠慮するなって。心を裸にして俺に悩みを言ってみろって!」


「物理的に裸の奴に言われたくねぇ! とりあえず服着ろ!」


「しょうがないだろ……こいつらポーカー強ぇんだよ……」


 リューマは酒場の奥にいるドワーフたちを恨めしそうに見た。


「それで身ぐるみ剥がされたのか……」


 ディーンは憐れみの目を向ける。


「あの~、リューマさん大丈夫ですか? 寒くないですか?」


 アリアが心配そうに声をかける。


「おお! アリアちゃん心配してくれるんだね?」


 リューマはぱっと顔を輝かせた。


「アリアちゃんこそ寒くない? オッサンが温めてあげようか?」


「パンイチより寒いヤツなんかいるか!」


 ディーンのツッコミが飛んだ。


 その後、ドワーフたちに事情を話すと、彼らは快く服を返してくれた。


「よかったですね、服が返ってきて」


 アリアが安堵して言う。


 リューマは和服を着直し、どや顔で胸を張った。


「まぁ、なんだかんだ言って、俺たちの中には確かな絆があったって訳よ」


「いや、さっき聞いたら、何か臭うから返すって言ってたぞ」


 ディーンがすぱっと切る。


「な!? なにぃ!? オッサンショック!」


「あの~、大丈夫ですか?」


「アリアちゃん! 君だけだよ、オッサンのこと心配してくれるの!」


 そう言って抱きつこうとした瞬間、アリアはそっと一歩下がった。


「近づくのはちょっと……」


 気まずそうに、鼻を押さえている。


「が~ん……オッサンショック……」


「ほら、いいから話進めるぞ」


 ディーンの一言で、ようやく本題に入った。


 四人は空いている席に座る。


「まず、こいつは今一緒に旅をしているガルムだ」


 ディーンが紹介すると、ガルムは短く名乗った。


「ガルム・ドラゴンハートだ」


 リューマの目がわずかに細くなる。


「デカいな……それに、ガルム・ドラゴンハート」


 彼は軽い調子のまま、しかし言葉の芯だけを鋭くした。


「帝国の英雄が、何でコイツらと一緒に?」


「!? リューマさん、知ってるんですか?」


 アリアが驚く。


「ん~、まぁね~」


 リューマはいつもの調子でにやけた。


「ねぇ、尊敬した?」


「おいこらオッサン」


 ディーンが即座にツッコむ。


 ガルムは表情を変えずに言った。


「今はただのフリーの傭兵だ。それ以上でも、それ以下でもない」


「そっか。ならそういうことにしとこう」


 リューマはそれ以上追及しなかった。


 ディーンが身を乗り出す。


「オッサン、本題に入るぞ。実は俺の剣が折れちまってな……代わりの剣が欲しくてここまで来たんだが、どこも売ってくれなくてな」


「なにぃ!? 剣を折っただぁ!?」


 リューマの顔がわずかに険しくなる。


「あ~、もったいね。修行不足だな」


「そんな風に言わなくても……」


 アリアが言いかけたが、リューマの次の言葉に遮られた。


「まぁ、剣を打ってくれそうなところに心当たりならある」


「本当か、オッサン!」


 ディーンが前のめりになる。


「あぁ。だけどそこの親父は偏屈でな~。気に入ったヤツの剣しか打たないんだ」


 リューマは指を一本立てる。


「しかし、その親父が打った剣は間違いなくこの町で一番だ」


「そうか。ならその親父に頼むしかないな」


 ガルムが言った。


「ガルム……」


 彼はディーンを見る。


「お前の技に耐えられる剣は、おそらくそんじょそこらの剣では駄目だ。すぐにまた折れる」


「確かに……そうだね」


 アリアも同調する。


 ディーンは頷いた。


「よし。そうと決まれば行ってみるか。その頑固親父の所に」


「まぁ親父って言っても、見た目は若いけどな」


 リューマが笑う。


「恐らくそうでしょうね」


 アリアも苦笑した。


 ディーンはふと思い出したように尋ねる。


「そういえば、オッサン。あんた何でこんな所にいるんだ?」


「あ? 俺?」


 リューマは軽く肩をすくめる。


「俺はここの名酒、バッカスを飲みに来ただけだよ~」


「酒に飲まれるなよ」


「酒は飲まれてからでしょ?」


「違ぇよ」


 二人の軽口を、ガルムは黙って見ていた。


 リューマが気づき、にやりと笑う。


「ん? どうした? 俺は男には興味はないぜ~」


「いや、すまない。なんでもない」


 ガルムは視線を外した。


 だが内心では、引っかかっていた。


(あの男……どこかで見たような……)


 思い出せない。


 それが逆に、不気味だった。


「よし。じゃあ行こうぜ、その鍛冶屋に」


 ディーンが立ち上がる。


「どこにありますか、リューマさん?」


 アリアが尋ねると、リューマは酒杯を片手に答えた。


「一番大きな鍛冶屋の近くだよ。看板ないから気を付けてね」


「何だ、最初の場所にあったのかよ!」


 ディーンが少し悔しそうに言う。


「いいじゃん、見つかったんだから。行こう、ディーン、ガルムさん!」


「そうだな」


「行ってらっさーい」


 リューマはひらひらと手を振った。


 三人は酒場を出て、再び鍛冶屋通りへ向かう。


 その時、彼らはまだ知らなかった。


 その偏屈な鍛冶師との出会いが、ディーンにとってただの武器探しでは終わらないことを。


 そして、三人が案内された小さな工房で。


 頑固親父と呼ばれた若い姿のドワーフは、ディーンを一目見るなり、怒鳴りつけた。


「お前みたいなヤツに剣なんか打たんわ!!」


---


お疲れ様です!!申仁です。最近いろいろな作家さんフォローして頂き大変うれしく思います

今回の話は書いている途中でどんどん浮かんだ感じがしてキャラクターが勝手に話してくれました(笑)こんな風に毎回書けたらいいなと思います。というわけで次回もよろしくお願いします

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