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万象の旅物語  作者: 申仁
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第17話 三つ首の獣


 穏やかな風が、山道を吹き抜けていた。


 木々の枝葉がさらさらと揺れ、遠くでは鳥の声が響いている。

 ビレッジ村を出発したディーンたちは、交易都市トラーニュへ向かう前に、まず鍛冶の町シュミートを目指していた。


 理由は単純。


 ディーンの剣が折れたからである。


 山道を進む三人。


 先頭を歩くのはガルム・ドラゴンハート。

 その背中は岩壁のように大きく、担いだ二振りの大剣が歩くたびに低く揺れる。


 少し後ろを、ディーン・アースが歩く。

 腰には折れた剣の鞘だけがある。いつもより少し物足りなそうではあるが、本人はそこまで気にしていないようにも見えた。


 そしてその隣に、アリア・セレイン。

 険しい山道に少し苦戦しながらも、二人に遅れまいと懸命についてきている。


「この山を抜けるとシュミートに着くのか?」


 ディーンが尋ねる。


「そうだ。大体二日ぐらいで行けるだろう」


 ガルムが短く答えた。


「ガルムさん、詳しいですね。登ったことがあるんですか? この山」


 アリアが聞くと、ガルムは少しだけ振り返る。


「あぁ。シュミートには行った事はないが、この山には何度かな」


「へぇ……」


 アリアは感心したように頷いた。


 そんな話をしていると、前方に小川が見えてきた。


 水は透明で、岩の間を軽やかに流れている。

 木漏れ日が水面にちらちらと反射し、旅人の足を止めさせるには十分な穏やかさだった。


「よし、ここら辺で少し休憩するか」


 ガルムが提案する。


「あいよ」


「はーい」


 二人は短く返事をした。


 アリアはすぐに荷物を下ろし、休憩用の場所を整え始める。

 平らな石を選び、焚火を組める場所を探し、落ち葉を払う。


 その間、ディーンとガルムは川の方へ向かった。


「さて、食材集めだな」


 ディーンが袖をまくる。


 すると、ガルムは懐から小さなバッグを取り出した。


 手のひらより少し大きい程度の、小さな革袋である。


 だが次の瞬間。


 そこから釣り竿が出てきた。


 さらに火をつけるための魔道具。

 小型のスキレット。

 調味料の瓶。

 折り畳み式のまな板。

 予備の布。

 明らかにバッグの容量を超えた物が、次々と取り出されていく。


 ディーンは固まった。


「ガルム……そのバッグどうなってんだ?」


 言葉は静かだったが、声には明らかな動揺が混じっていた。


「ん? 何だ、お前知らないのか?」


 ガルムは少し意外そうに言う。


魔法のカバン(マギア・ボルソ)――だ」


「あぁ……初めて見た」


 ディーンは驚愕していた。


「……お前、今までどうやって旅をしてきたんだ?」


 旅をする上で必需品とも言えるマギア・ボルソを知らない。

 その事実に、今度はガルムが驚いた。


「……どうって、そうだな」


 ディーンは川へ入る。


「例えば魚なんかは――」


 無造作に水へ手を突っ込んだ。


「こう獲る」


 次の瞬間、魚が一匹、彼の手の中で跳ねていた。


 さらに、足で水面を蹴り上げる。

 跳ね上がった魚を空中で掴む。


 次は、熊のように両腕を水へ突っ込み、まとめて魚を追い込んで捕まえる。


「なっ……!?」


 ガルムが目を見開いた。


「あと火とかは適当に起こせるし、寝床はどこでも寝れるし、何とかなるかなと」


 ディーンは本気で言っていた。


 ガルムはしばらく沈黙する。


「……それでも最低限は持っておけ。これから何があるか分からないからな」


 そう言って、ガルムは別の小さなバッグを取り出し、ディーンへ差し出した。


「これは?」


「予備の魔法のカバン(マギア・ボルソ)だ。俺が持っている物より容量は小さいが、ないよりはマシだ」


「おぉ! マジか! ありがとな」


 ディーンは感動したように受け取る。


 初めて見る便利な魔道具に、目を輝かせていた。


 ガルムは小さく息を吐く。


 この青年は強い。

 戦えば分かる。並の戦士など足元にも及ばない。


 だが旅人としての常識は、ところどころ壊滅的だった。


---


 魚を獲り終えた二人は、アリアの作った休憩場所へ戻った。


「すごーい! いっぱい獲れたね!」


 アリアは嬉しそうに声を上げる。


 だがすぐに、表情へ不安が浮かぶ。


「でも二人とも、足りる?」


 ディーンは胸を張った。


「俺は食ったものの消化を遅らせる鍛錬をしてきたから大丈夫だ」


「何その鍛錬?」


 アリアは若干引いた。


「戦場では、いつ飯が食えて、いつ食えなくなるか分からないからな。だから食い溜めて、ゆっくり消化するんだ」


「……なるほどな」


 ガルムは妙に納得している。


「極めれば、一、二ヶ月ぐらいは食べなくても大丈夫らしい」


「それは凄すぎ!?」


 アリアが思わず声を上げた。


「ところで、アンタは平気なのか?」


 ディーンはガルムへ尋ねる。


「……あぁ。俺は食事をとらないで仕事をするなんて日常茶飯事だからな。食べられるだけでありがたい」


「そうか。なら心配いらないな」


 ディーンは頷く。


 そして、アリアへ向き直った。


「というわけでアリア。魚二十匹、全部お前が食べていいぞ」


「私はそんなに食べません!!」


 焚火を囲んで、しばらくそんな談笑が続いた。


 焼いた魚の香ばしい匂いが山の空気に混じる。

 アリアはほどほどに食べ、ディーンとガルムは本当に少しだけ食べると、残りを保存用に回した。


 休憩を終えると、一行は再び歩き始める。


---


 山道は、次第に険しくなっていった。


 柔らかな土の道は消え、岩肌がむき出しになる。

 足場は不安定で、少し気を抜けば足を滑らせそうだった。


「結構、道が険しくなってきましたね」


 アリアの声には、少し疲労が滲んでいる。


「休むか?」


 ディーンが短く言う。


 だが、ガルムが首を横に振った。


「いや……ダメだ。ここで休むとロックバードに襲われる。ここは奴らのテリトリーだからな」


「ロックバード?」


「岩場に巣を作る鳥型の魔物だ。羽ばたきの音がほとんどしない。上から狙われると厄介だ」


 アリアは思わず空を見上げた。


 その時だった。


 地響きのような音が聞こえた。


「な、何!? 地震?」


「いや、これは足音だ!!」


 ガルムが叫ぶ。


 次の瞬間、一行の上を黒い影が覆った。


 三人が上を見上げる。


 巨大な四つ足の魔物が、空から落ちてきていた。


「え!?」


 アリアは一瞬、動けなかった。


「ちぃ!」


「ったく!」


 ガルムは横へ跳んで回避する。

 ディーンはアリアを抱え、その場から飛んだ。


 轟音。


 魔物が着地し、岩場が砕ける。


「ディーン、ありがと!」


「いいってことよ……それより」


 三人は着地し、魔物の姿を見た。


「なんだあれは?」


 体長は十メートルはある。

 巨大な四つ足の胴体。

 そして首が三つ。


「あれは【三頭の獅子(ツェル・レーヴェ)】だ」


 ガルムが低く言う。


「毒はないが、凶暴で人を食う」


「弱点はどこですか?」


 アリアが即座に尋ねる。


「弱点は三つの首の付け根だ」


 答えたのはディーンだった。


 ガルムが一瞬、彼を見る。


「? 何でお前が分かるんだ」


「あ? そんなの見れば分かるだろう」


 ディーンは当然のように言う。


「そんなことより、来るぞ!」


 【ツェル・レーヴェ】が三人へ突進した。


 その瞬間。


 地面が崩れた。


「え!?」


 岩場が割れ、足元が抜け落ちる。


 三人と一体は、崩落した地盤と共に落下していった。


「え!? ウソウソ!! イヤー!!」


 アリアの悲鳴が響く。


「はぁ!!」


 ガルムは大剣を壁へ突き刺した。

 刃が岩を削り、落下速度を殺していく。


 ディーンはアリアを抱えたまま壁へ足をつける。


「うおおおお!!」


 壁を走る。


 常識を置き去りにした移動で速度を殺し、最後に少し跳んだ。


「【家伝体術・不壊】」


 着地。


 地面が割れる。

 だが、ディーンの体は崩れなかった。


「はぁ~……今までの旅の中で一番危なかった」


「……私も死ぬかと思った……」


 アリアはぐったりしていた。


「……俺もだ。しかし」


 ガルムも大剣を引き抜き、前を向く。


 目の前には、一緒に落下した【ツェル・レーヴェ】がいた。


「まだ終わってないな」


 ガルムが二振りの大剣を構える。


「そんじゃまぁ、やるか!」


 ディーンも拳を鳴らす。


「うん! そうだね」


 アリアも息を整え、二丁の銃を構えた。


 地下空間で、三つ首の獣との戦闘が始まる。


---


「アリア!」


 ディーンが合図を送る。


「うん!」


 アリアは【ツェル・レーヴェ】の前足へ銃弾を撃ち込んだ。


 乾いた銃声。


 しかし、弾丸は硬い体毛に阻まれ、深くは通らない。

 わずかに気を逸らす程度だった。


 だが、それで十分。


 その隙にディーンが動く。


「【家伝体術・(またたき)】」


 一瞬で懐に入る。


「食らいやがれ!」


 【家伝体術・瞬砲】。


 加速した拳が、中央の頭の顎をかち上げた。


 骨が軋む音。

 中央の頭が上を向く。


 だが、左右の首が同時に唸り、爪が薙ぎ払われた。


 ディーンは寸前で躱す。


 その間に、ガルムは壁を駆け上がっていた。


 巨体からは想像できないほどの力強さで岩壁を登り、【ツェル・レーヴェ】の上空へ跳ぶ。


 二振りの極大大剣。


 ガルムはそれぞれの峰を合わせた。


 刃が噛み合い、一つの超極大大剣となる。


 その剣に、炎が宿った。


 魔力が赤く燃え上がる。


「こいつで終わりだ」


 ガルムの声が、地下空間に響く。


「【火鬼(かき)龍撃刃(りゅげきじん)】」


 炎を纏った超極大大剣が、【ツェル・レーヴェ】の三つ首の付け根へ突き刺さる。


 肉が裂ける。

 骨が砕ける。

 炎が内部を焼く。


 【ツェル・レーヴェ】は三つの首で断末魔を上げ、やがて力を失って倒れた。


 轟音と共に、地下空間が静かになる。


「……ふぅ。何とか終わったね」


 アリアが銃を下ろす。


「……おいガルム、今のは何だ?」


 ディーンが尋ねる。


「あぁ……あれか」


 ガルムは二振りの剣を分離し、肩に担ぎ直す。


「あれは魔力を剣に纏って放つ技だ。隙が大きいし、魔力を大量消費するから乱発は出来ないがな」


「なるほどな……」


 ディーンは感心する。


「しかし、山の中がこんな洞窟になっていたとはな」


「そうだね。ほんとビックリ!」


 アリアも同意する。


 その時、ディーンがふと顔を上げた。


「ん?」


「どうした?」


 ガルムが聞く。


「何か、向こうから空気の流れを感じるぞ」


 ディーンは暗い通路の先を見る。


 ガルムも目を細める。


「……確かに」


「え!? じゃあ行ってみようよ」


「そうだな」


 一行は、空気の流れを感じる方へ進んだ。


 洞窟の中は薄暗い。

 だが、どこかから風が流れている。

 完全に閉じた地下ではない証拠だった。


 しばらく歩くと、三人は明らかに人の手が加わった場所にたどり着いた。


「何ここ?」


 アリアが戸惑う。


 無理もなかった。


 そこは道が舗装されていた。

 壁には照明が取り付けられ、隅には土木用の工具や採掘道具が置かれている。


「ここは鉱山だな」


 ガルムが呟く。


「鉱山?」


 ディーンとアリアの頭に疑問符が浮かぶ。


「金属やレアメタル、その他の資源を採取するための山だ」


 ガルムは周囲を確認しながら続ける。


「つまり、目的地ということだ」


「本当?」


「マジか!」


「出口に向かってみよう」


 三人は道なりに進んだ。


 しばらくすると、遠くに光が見える。


 外だ。


 足取りが自然と速くなる。


 そして、鉱山の出口を抜けた瞬間。


 視界が開けた。


 山の斜面に沿って作られた小さな町。

 石造りと木造建築が混ざり合い、煙突からは白い煙が立ち上っている。


 遠くから、金属を打つ音が聞こえた。


 カン。

 カン。

 カン。


 火と鉄と職人の町。


 そこが、三人の目的地。


 【鉱山と鍛冶の町シュミート】だった。



こんにちは申仁です。皆さん最近いかかお過ごしでしょうか?私は毎日万象の旅物語について考えています。中々アイディアが浮かばず日々苦悩しております。そんなとき皆さんに読んでもらってるんだと思うことにより力を発揮しております。皆様いつもありがとうございます。それではまた来週!

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