第16話 ガルム・ドラゴンハート
ビレッジ村の民衆酒場【プロースト】にて。
その夜、一つのテーブルだけが異様な熱気を放っていた。
「おかわり!」
皿を空にした青年が、当然のように手を上げる。
「こっちもだ! 大盛りで頼む」
続けて、二メートルをはるかに超える大男が、低い声で追加を頼んだ。
テーブルには常に十人前、二十人前の料理が運ばれている。
肉。パン。煮込み。焼き魚。山盛りの野菜。
それらが置かれた瞬間、まるで幻だったかのように消えていく。
周囲の客たちは、酒杯を片手に固まっていた。
「……勘弁してくれ。ウチは酒場であって、大衆食堂じゃねぇんだぞ」
料理長が厨房でぼそりと呟く。
その光景を見ていた村長ドルフ、村人の男、そして娘のフローラは、揃って言葉を失っていた。
「なんて量を食べるんだ……」
「本当に人間なのか?」
「だからあの時、食事はなさらなかったのですね……」
三人が口々に呟く。
そして、そのテーブルを諦めたような目で見つめる少女が一人。
「……あははは……はぁ」
アリア・セレインは、乾いた笑いをこぼした。
彼女の目の前には、料理を次々に平らげるディーン・アース。
その隣には、同じ速度で食べ続ける大男。
まるで二つの胃袋を持った災害が並んでいるようだった。
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時間は少し巻き戻る。
ディーンと大男の戦いが終わった直後。
森には、激闘の爪痕が残っていた。
地面は抉れ、木々は折れ、周囲には盗賊たちの血の匂いが漂っている。
大男は片膝をつき、荒く息を吐いていた。
ディーンも満身創痍。手にしていた剣は折れ、全身に傷と返り血が刻まれている。
「お前、盗賊の生き残りじゃなかったのかよ……」
ディーンが眉をひそめる。
大男も、同じように険しい顔で返した。
「……俺は傭兵だ。お前こそ、そこの女を襲おうとしてたんじゃないのか?」
「アリアは俺の仲間だ……まったく、どこをどう見たらそんな風に見えるんだ!」
「血だらけの体で武器持って女に迫ってたら、そう見えるだろう?」
「……まぁ、そうだな」
ディーンは反論できなかった。
アリアは少し頬を膨らませながらも、内心では納得してしまう。
確かに、知らない人から見たら完全に危険人物だ。
「とりあえず誤解も解けたし、村に戻るか」
ディーンがそう言うと、アリアは大男へ視線を向けた。
「あなたも一緒に行きませんか? 相当疲れているでしょうし、もうすぐ日も沈みます」
「いや、俺は……」
大男は少し考えた。
それから、折れた木々と倒れた盗賊たちを見渡し、最後にディーンを見た。
「そうだな。共に行かせてもらおう」
こうして、ディーン、アリア、ドルフ、そして大男の四人はビレッジ村へ戻ることになった。
その途中、アリアがふとディーンに尋ねた。
「ねぇディーン。村に戻ったら食事はする?」
ディーンは不思議そうに首を傾げる。
「? 当たり前だろ。戦ったあとはメシ食わないと回復しないだろう?」
「そうか……そうだよね」
アリアはにっこり笑った。
「なら、食料は帰り道の途中で獲って帰ろうね?」
「え? 俺、疲れているんだけど……」
「獲って帰ろうね?」
「……あ、はい」
アリアには敵わないディーンだった。
すると大男が口を開く。
「それなら俺も手伝うぞ」
「え?」
「そしたら量が二倍になる」
「お! そりゃいいな!」
ディーンの目が輝く。
アリアは少しだけ頬を引きつらせた。
「え? いいんですか?」
言葉ではそう言ったものの、心の中では別のことを考えていた。
(この人もすごい食べるのかな? 体も大きいし……)
その横で、村長ドルフが控えめに言う。
「村には十分食料がございますので、お疲れなら無理に食料調達しなくても……」
「いえ! 自分の食べるものぐらい、自分で用意します!」
アリアが即座に遮った。
ドルフはその圧に押される。
「か、かしこまりました」
こうして道中、特大のレッサーベアとビッグボアが狩られた。
そして現在に至る。
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「いったい、いつまで食ってるんだ?」
酒場の客の一人が呟く。
「確かに、こんなに食べるなら途中で魔物を狩ってきて良かった」
大男が肉を噛みながら言った。
「だろ?」
ディーンもパンを頬張りながら頷く。
アリアはその様子を見ていたが、ふとあることに気づいた。
「ねぇ……ディーン」
「ん?」
「何か少しだけど、傷が治ってきてない?」
ディーンはあっけらかんと答えた。
「ん? あぁ、そりゃメシを食っているからな」
「いや、ご飯食べただけじゃ怪我は治らないよ?」
ディーンはもぐもぐしながら言う。
「大抵の傷は、風呂入って飯食って寝れば治るぞ。俺は」
「え~……そうなんだ」
アリアはそう言ったが、内心はまったく納得していなかった。
(そんなのあり得ないよ……でも、本当に少しずつ治ってきている)
治癒魔法を扱うアリアだからこそ分かる。
ディーンの体は、普通の人間とは明らかに回復の仕方が違う。
「それよりも……」
ディーンは同じように大量の料理を食べている大男を見る。
(アイツ、俺の技を食らって本当に平気なのか?)
ディーンは肉を飲み込み、アリアに声をかけた。
「アリア。後でアイツのことを診てやってくれ」
「え? うん、いいけど」
アリアは少し戸惑いながら頷いた。
その後、村長ドルフたちは用事を済ませるために席を外し、ディーンと大男はようやく大量の食事を食べきった。
「食ったな」
大男が静かに言う。
「そうだな。腹八分目って所か」
ディーンも満足げに答える。
「二人とも、すごい食べたね……私、ディーンと同じぐらい食べる人初めて見ました」
アリアが呆れ半分、感心半分で言う。
「そういえば、アンタ名前は?」
ディーンが尋ねる。
大男は水を一口飲み、ゆっくりと名乗った。
「そうか。自己紹介がまだだったな……俺の名前はガルム・ドラゴンハート。今はフリーの傭兵をしている」
「そうか。俺はディーン・アース」
「アリア・セレインです。よろしくお願いします」
アリアは丁寧にお辞儀をした。
「ところでガルム。腹を少しアリアに診てもらえ」
「? 腹か」
ガルムは素直に服をめくった。
露わになったのは、鍛え抜かれた肉体だった。
分厚く、硬く、無駄な脂肪など一切ない。まるで岩を削り出したような腹筋。
だが、その腹部には波紋状の痣が広がっていた。
「やっぱりな……」
ディーンが納得したように呟く。
「アリア、悪いが診てやってくれ」
「う、うん。分かった」
アリアは少し慌てながら治療を始める。
手をかざすと、淡い光がガルムの腹部を包んだ。
「凄い痕……よく今まで平気でしたね?」
「ん? あぁ……まぁ、何とかな」
「あの技はな」
ディーンが説明する。
「受けた後も、体内にダメージを広げる技だから、後の方が痛いぞ」
「ん? あぁ、だから痛みがどんどん増すのか」
「それなら何で今まで何も言わねぇんだよ!」
「いや、飯食ったら治ると思って」
アリアは思った。
(この人もか!)
ディーンは痣の広がりを見ながら続ける。
「体に波紋が広がっているから、かなりダメージを逃がしていると思うが、一応回復魔法をかけてもらった方がいい」
「そうか」
ガルムは静かに頷く。
アリアの治療が進むにつれ、波紋状の痣が少しずつ薄くなっていった。
治療を受けながら、ガルムが尋ねる。
「ところで、お前たちは旅人か?」
「あぁ。俺は修行のために旅をしている」
「私は彼に着いていきたくて旅をしています!」
「な!?……」
ディーンが少し照れた。
ガルムはその反応を見て、わずかに目を細める。
「そうか。修行の為か……なら剣をどうにかしないとだな」
その言葉に、ディーンは腰の鞘を見る。
折れた剣。
今まで当たり前のように使っていたものが、もう使い物にならない。
「この村で仕入れればいいさ」
「いや」
ガルムは首を横に振った。
「普通の剣じゃ、お前の力に耐えられない。折れておしまいだ」
「じゃあどうしたらいいんですか?」
アリアが尋ねる。
「ディーン、お前が持っていた剣は何処で手に入れた?」
「あ? これは実家の稽古用の剣だ」
その言葉を聞いた瞬間、ガルムが目を見開いた。
「なにぃ!? どこかの名工の剣じゃないのか?」
「ん? 別に普通の剣だろう? こんなの里にいくらでもあるぞ」
「……」
ガルムは頭を抱えた。
「だったら、その里とやらに帰るのが一番手っ取り早い」
「それは出来ない」
ディーンは即答した。
「まだ修行の途中だし、そういうトラブルを何とかするのも修行の一つだ」
「だったら……そうだな。お前らの目的地はどこだ?」
「とりあえずはトラーニュに行こうと思っています」
アリアが答える。
「だったら少し遠回りだが、シュミートに行ってみたらどうだ?」
「シュミート?」
二人とも、知らない顔をした。
ガルムは説明を始める。
「シュミートは、鍛冶国家ノル=ダルアから派遣されたドワーフたちの町だ。そこの武器は全て一級品で、おそらくお前の力にも耐えられるだろう」
「……なるほどな」
ディーンはアリアを見る。
「アリア、どう思う?」
「私はいいと思うよ。急ぐ旅じゃないしね」
「そうか。なら行くか、シュミートに」
「なら……決まりだな」
ガルムが静かに言った。
「俺も付いていこう」
ディーンとアリアが同時に驚く。
「え!? 何で?」
「まぁ、成り行きだ」
ガルムは淡々と答える。
「剣を折ってしまったしな。それに、まだお前との決着も着いていない」
「なるほどな……じゃあ新しい剣を手に入れた後、改めて決着を着けよう」
「もう! ディーン!」
アリアが少しむくれる。
「もう誤解も解けたし、闘わなくていいのに……」
ディーンは真面目な顔で言う。
「アリア、男ってのはそういう生き物なんだ」
ガルムも頷いた。
「その通りだ」
「もう……」
アリアは諦めたようにため息をついた。
「何はともあれ、これからよろしくな! ガルム」
「よろしくお願いします、ガルムさん!」
「あぁ。二人とも、よろしく頼む」
こうして、ガルム・ドラゴンハートが仲間になった。
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「今夜は酒場の二階の宿に三人とも泊まっていっていいって村長が言ってたから、ゆっくり休みましょう」
「おう」
「そうだな」
三人はそう返事をした。
その時、ディーンはふと気になった。
「……そういえば、酒場にいたオッサンはどこいった?」
「リューマさんの事?」
アリアが答える。
「さっきウエイトレスさんに聞いたら、ディーン達が酒場から出たらすぐに村を出て行ったらしいよ」
「……ふーん。そっか」
「何か気になるの?」
「……いや。別に何でもねぇよ」
ディーンはそう言って、宿の部屋へ向かった。
だが、その胸の奥には妙な引っかかりが残っていた。
あの胡散臭い男。
弱そうに見えて、弱くない。
いや、むしろ――。
考えかけて、ディーンは首を振った。
「まぁ、また会う気がするな」
ぽつりと呟いた声は、誰にも聞こえなかった。
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場面は切り替わる。
村の外。
夜の闇が深く沈んでいた。
その中に、男が一人立っている。
派手な和服。
腰の刀。
瓢箪と煙管。
リューマだった。
彼は誰かと連絡を取っていた。
「――あぁ、分かってる」
声は、酒場で見せていた軽薄なものとは少し違う。
低く、静かで、鋭い。
「それにしても、やっぱりアイツは――だな」
風が草を揺らす。
「――あぁ。任せておけ」
リューマは夜空を見上げ、薄く笑った。
「何たって俺は――」
その先の言葉は、闇に溶けた。
男の姿が、夜の中へ消える。
旅は、また少しだけ騒がしくなる。
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第16話 了




