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万象の旅物語  作者: 申仁
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第15話 赫き龍人



 村長ドルフに案内され、ディーンは村の奥へ続く道を歩いていた。


 先ほどまでの酒場の喧騒は、もう遠い。

 聞こえるのは、草を踏む音と、風が木々を揺らす音だけだった。


 ドルフはしばらく黙って歩いていたが、やがて心配そうに口を開いた。


「お連れの方の……アリアさん? あの方は連れて行かなくて本当によろしかったんでしょうか?」


 ディーンは前を向いたまま答える。


「……あぁ。アイツは優しすぎるんだ」


 言葉は短い。

 だが、その声には少しだけ迷いが混じっていた。


「銃の扱いは超一流だ。実際、盗賊相手に足だけ撃ち抜いたこともある」


「それは……相当な腕前ですな」


「だろうな。けどな」


 ディーンは目を細める。


「別に、襲ってくるやつ全てを殺せとは思わねぇ。けど、もし次の戦いもそれで乗り切ろうって考えてるなら甘すぎる」


 歩きながら、低く続ける。


「だから鎌をかけてみたんだ」


「……左様でございますか」


「魔物相手なら殺れた。けど、人間相手だとな」


 ディーンの脳裏に、アリアの顔が浮かぶ。


 泣きそうで、けれど折れない目。

 誰かを助けようとする時だけは、恐怖より先に体が動く少女。


「それに、アイツにそういうのは似合わない」


 ドルフは少しだけ表情を曇らせた。


「頼んでおいてなんですが……ディーンさんはよろしかったのですか?」


「俺は元々、修行が目的だからな」


 即答だった。


「それぐらいの事は覚悟している」


 少しの沈黙。


 草原の向こうで、森が近づいてくる。

 ディーンは話題を変えるように尋ねた。


「ところで、どうして盗賊どもが向かってるって分かったんだ?」


「【血濡れた翼(ブラッド・ウィング)】は、近隣の町や村をいくつも襲撃しております。その対策として、最近見張り台を建てたのですよ」


 ドルフは苦い顔をする。


「そうすれば、奴らが来る前に避難が出来ますので」


「なるほどな」


 ディーンは納得する。


「ところで、そいつらは今どの辺まで来ているんだ?」


「今は村から四キロといったところでしょうか。おそらく、そろそろ森に入ると思います」


「森か……」


 ディーンは前方の木々を見た。


「村長、ちょっと急ぐから俺の背中に乗ってくれ」


「え? あ、はい。畏まりました」


 戸惑いながらも、ドルフはディーンの背中におぶさる。


「しっかりつかまってろよ!」


 次の瞬間、ディーンが走り出した。


「うわ! うお! 速いです! 速いですってば~!」


 ドルフの悲鳴が風に流れていく。


 ディーンはまるで気にしない。

 その速度は早馬にも匹敵した。地面を蹴るたび、景色が後ろへ流れていく。


 やがて森に到着する。


 ディーンは足音を殺し、近くの木陰へ滑り込むように身を隠した。


 遠くから、金属の擦れる音と乱暴な足音が聞こえる。


 盗賊たちだ。


 ディーンはドルフを降ろし、小声で言った。


「……村長、ここで隠れてろ。終わるまで出てくるんじゃねぇぞ」


「はい。承知いたしました」


 ドルフは頷く。


 ディーンはその場を離れ、別の草陰へと移動した。


 すぐ後。


 【血濡れた翼(ブラッド・ウィング)】の集団が現れた。


 数は、およそ五十。

 皆が武器や防具を装備している。剣、槍、斧、弓。統一感はないが、荒事に慣れている者特有の空気がある。


 ディーンは草陰に隠れたまま、大きな声を上げた。


「おーい、盗賊ども!! 今すぐ解散して大人しく牢屋に入るなら殺しはしないぞ」


「あん?」


「どこだ?」


「どこから言ってやがる!?」


 盗賊たちが周囲を見回す。


 声は森の中で反響していた。

 ディーンの位置は、誰にも掴めない。


「どこのバカだか知らねぇが、俺たちは【血濡れた翼(ブラッド・ウィング)】だぞ!」


 盗賊の一人が怒鳴る。


「テメェの言う事なんか聞くわけねぇだろう! 大人しく出てきやがれ!!」


 ディーンは小石をいくつも握りしめた。


「だよな……ならしょうがねぇな」


 その表情が変わる。


 飄々とした旅人の顔が消え、狩る者の目になる。


「少し強そうなのが一人ってとこか。じゃあまず、周りの雑魚を倒していこうかぁ」


 ディーンは握っていた小石を、盗賊の集団へ投げつけた。


 ただの投石ではない。


 小石は散弾のように広がり、凄まじい速度で盗賊たちを襲った。


 頭蓋を割る。

 喉を潰す。

 こめかみを貫く。


 魔物の外骨格を貫けなくても、人間の頭を砕くには十分すぎる威力だった。


「うお!? 何だ!?」


「どこから来やがってる!?」


「ぐあああッ!」


 何人かが即死し、何人かが倒れる。


 盗賊たちは混乱した。

 どこから攻撃されたのか分からない。

 次は誰が死ぬのか分からない。


 その時、仲間の首が飛んできた。


「ヒ、ヒィ!!」


「ど、どこからだ! どこから来やがる!?」


 恐怖が広がる。


「後ろだー!」


 仲間の一人が叫ぶ。


「え?」


 振り返る。


 誰もいない。


 だが、視界が逆さまになっていた。


 地面が見える。

 そこに、自分の胴体が立っている。


「そ、そんな……」


 そのまま、意識が途切れた。


 そこでようやく、盗賊たちはディーンの姿を目視した。


 剣を抜いた灰髪の青年。

 返り血が頬に散っている。


 【血濡れた翼(ブラッド・ウィング)】のリーダーらしき男が、低く尋ねた。


「テメェ、なにもんだ」


「ただの旅人さ」


「そんな血の気の多い旅人がいてたまるかよ」


「旅人さ」


 ディーンは、薄く笑った。


「人殺しのな」


「そうかよ」


 盗賊たちはディーンを囲む。


「殺れ!!」


 リーダーの合図とともに、怒号が森に響いた。


 盗賊たちが一斉に襲いかかる。


---


 少し離れた木々の隙間から、ドルフはその戦いを覗き見ていた。


「何なんだ……この戦いは」


 驚きを隠せなかった。


 あれだけいた敵は、すでに半数以上が倒されている。

 今は生き残った盗賊たちがディーンを囲んでいる。


 普通なら絶体絶命。


 だが次の瞬間、ディーンを中心に嵐が起きた。


 剣が走る。

 体が滑る。

 盗賊たちの攻撃は空を切り、逆に首や腕や胴が宙を舞う。


 次々と敵が吹き飛んでいく。


 数が減っていく。


 そして見えたのは、返り血を浴びながら笑っているディーンの姿だった。


「……笑ってる?」


 ドルフはその姿に、少し恐怖した。


「あれでは……まるで昔の伝承にあった鬼という魔族じゃないか」


 戦いに目を奪われていると、背後に気配が現れた。


「!?」


 振り向く。


「……アリアさん」


 そこにアリアがいた。


 アリアはドルフをほとんど見ていなかった。

 祈るように手を合わせ、まっすぐに戦場のディーンを見つめている。


「ディーン……」


「アリアさん、どうしてここに?」


 ドルフが尋ねると、ようやくアリアは彼へ目を向けた。


「……ディーンに、覚悟がないから来るなって言われたんです」


 少し俯く。


「まだ、人を殺める覚悟は分かりません。だけど……それでも来てしまいました」


「……」


「でも、一つだけ決めてきた覚悟があります」


「決めてきた覚悟?」


「はい。それは……」


 アリアは再び、戦場へ視線を戻した。


---


「おぉぉ!!」


 ディーンは雄叫びと共に、敵をなぎ倒していく。


 一人が突進してきた。


 ディーンの剣が、その胸を貫く。


 だが、刺された男は剣を抜かせまいと両手で刃を押さえた。


「ぐぐ……い、今だ!!」


 その隙に、別の男が斬りかかる。


 ディーンは躊躇しなかった。


 剣を手放す。


 無手。


 踏み込み。


「【家伝体術(かでんたいじゅつ)(つらぬ)き】」


 指先が、男の身体を貫いた。


 そのまま死体を掴み、斬りかかってくる相手へ盾のように押し出す。


 刃が死体に食い込む。


 その隙に、ディーンは剣を握ったまま絶命した男から自分の剣を取り戻した。


 返り血を浴びた姿は、まさに鬼だった。


「何なんだテメェは!!」


 残り一人になったリーダーが、震える声で叫ぶ。


「テメェみてぇなヤツ一人に、【血濡れた翼(ブラッド・ウィング)】が負けるのかよ……」


「……だから降参しろって言っただろうが」


 ディーンは剣を下げた。


「今からでも降参するか?」


 返事は分かっていた。


 だが、聞いた。


「……仲間殺されて引き下がるわけねぇだろう!!」


 リーダーの男が斬りかかる。


 強い。


 【血濡れた翼(ブラッド・ウィング)】の中で一番の腕だった。


 鍔迫り合い。

 衝撃。


「ウラッ!!」


 ディーンが弾き飛ばされる。


 近くの木へ激突する寸前、彼の姿が消えた。


「チィッ、どこ行きやがった!!」


 リーダーが周囲を見る。


 上。


 ディーンが降ってきた。


 斬撃。


 リーダーは何とか防ぐ。


 だが、そこにあったのは剣だけだった。


 ディーン本体は、すでに懐に入っている。


「がら空きだな!」


 拳。


 【家伝体術(かでんたいじゅつ)(とお)し】。


 リーダーの腹に叩き込まれた衝撃は、外ではなく内側へ響く。


「ぐぼぁっ!!」


 男は血を吐き、その場で絶命した。


「……」


 ディーンは無言で立っていた。


 血まみれの体。

 握られた剣。


 その表情は、少し哀しげだった。


「ディーン!!」


 アリアが大声を出し、駆け寄ろうとする。

 ドルフも後に続く。


 だが。


「来るな!!」


 ディーンの声が、二人を止めた。


 返り血だらけの彼は、ゆっくりと答える。


「……そこから一歩でも踏み込めば、もう後戻りできなくなるぞ」


「……」


 アリアは言葉を失う。


 ディーンは続けた。


「武術ってのは、結局どこまで行っても人殺しの技だ。俺はその修行のため旅をしている。だからこれからも人を殺すだろう」


 静かな声。


「再会してからずっと思っていたが、アリアは優しい。人が傷つくことを嫌い、どんな人間にも救いの手を差し伸べる。そんなヤツを、人殺しの旅なんかに連れていけない」


「ディーン、聞いて」


 だがディーンは止まらない。


「連れてきちまったのは悪いが、今からでも遅くねぇ。神父のオッサンの所に――」


「聞いてってば!!!」


 アリアの怒号が響いた。


 ディーンが、初めて言葉を止める。


「私……ディーンが思ってるような子じゃない」


 アリアは拳を握りしめる。


「本当は我儘だし、嫉妬深いし、人を殺せないのだって優しいからじゃなくて、ただ怖いだけ」


 声が震える。


 でも、逃げない。


「戦いの覚悟とか……人を殺す覚悟だって、まだできてない」


 それでも。


「だけど、一つだけ出来た覚悟がある!」


 アリアは力強く言った。


「それは、あなたについていく覚悟!」


 ディーンは少し気が抜けたように目を瞬かせる。


「なんだそれ? そんなのいいわけ――」


「いいの!」


 アリアは手をぶんぶん振る。


「ディーンが修行の旅なら、私はディーンと共に歩む旅なの!」


「んな滅茶苦茶な……」


「滅茶苦茶でもいいの! もう決めたんだから」


 ディーンは大きく息を吐いた。


「……はぁ。分かった分かった。俺の負けだ」


 そして、少しだけ笑う。


「アリアのイメージも訂正する。我儘で頑固で泣き虫……な」


「泣き虫じゃないもん!!」


 そう言いながら、アリアの目にはうっすら涙が浮かんでいた。


「じゃあディーン、村に帰ろう!」


「はいよ、我儘お嬢様」


「誰が我儘お嬢様よ!!」


 アリアが歩み寄ろうとした、その時。


 ディーンの背後に巨大な影が落ちた。


 ディーンは即座に振り向く。


 巨大な何かが、真上から振り下ろされた。


 剣で受ける。


 轟音。


「ぐっ……が……!」


 凄まじい衝撃だった。


 体が軋む。

 足元の地面が陥没する。


 今まで味わったことのない重さ。


 ディーンは歯を食いしばり、何とかその攻撃を跳ねのけた。


「うらっ!!」


 すぐに懐へ入ろうとする。


「今のを防ぐなんて、やるじゃねぇか!」


 声。


 次の瞬間、もう片方の巨大な何かが横薙ぎに振るわれた。


 ディーンはバックステップで躱す。


 そして初めて、巨大な影の正体と向き合った。


(……人間だったのかよ。魔物か何かだと思ったぜ)


 無理もない。


 男の身の丈は三メートル近い。

 肌は人間のそれだが、筋肉の密度が異常だった。


 両手には片刃の大剣。

 それも、ディーンの体より大きいかもしれない大剣を二振り。


 赤い髪。

 赫い瞳。


 まるで、人の形をした災害だった。


(……俺の一撃を防ぎ、なおかつ反撃しようなんて人間、今まで見たこともない)


 男もまた、ディーンを見て驚いていた。


 互いに構える。


 ディーンは剣を握る。


 男は二振りの大剣を肩に担ぐ。


(それでも)


(勝つのは)


 二人の視線がぶつかる。


(俺だけどな!)


 再び、戦闘が始まった。


 男が大剣を上から振り下ろす。


(これは【流水】じゃ流せねぇ……なら!)


「【家伝体術(かでんたいじゅつ)木ノ葉(このは)】」


 ディーンは力を抜く。


 相手の力の流れに、自分を合わせる。


 真上から来る大剣を前宙で躱し、その剣の腹に足を乗せた。


 そこから走る。


 大剣の上を駆け上がり、男の顔面へ蹴りを入れた。


「ぐあ!」


 男の顔が後ろへ反る。


 だが、その姿勢のまま、もう片方の大剣が横薙ぎに飛んできた。


 ディーンは跳んで距離を取る。


 今度はディーンが突く。


 一撃。

 二撃。

 三撃。


 だが、すべて躱された。


「なかなか身軽じゃねぇか!」


「お前こそ、中々重い蹴りじゃねぇか!」


 ディーンが横薙ぎに斬る。

 男は大剣で防ぐ。


 その瞬間、ディーンは懐に入り込んだ。


「これならどうよ!!」


 【家伝体術(かでんたいじゅつ)瞬砲(しゅんほう)】。


 近距離で体を一瞬加速させ、当たる瞬間に拳を【鋼拳(こうけん)】で固める。


 凄まじい一撃が男の胴に入った。


 はずだった。


「オラッ!!」


 男は何事もなかったように、ディーンを蹴り上げた。


「ぐほっ!」


 ディーンは後方へ飛び、空中で体勢を整えて威力を殺す。

 それでも内臓が揺れるほどの衝撃だった。


 だが、男も追撃してこない。


 胴を押さえ、わずかに息を乱している。


 効いている。


 互いに、笑った。


「そろそろ終わりにしようか!」


「あぁ……そうだな!」


 最後の攻防が始まった。


 ディーンの斬撃は、すべて防がれる。


「ちぃ!」


 男の大剣は、すべて躱される。


「オラ!」


 火花が散る。


 地面が割れる。


 風が唸る。


 そして男が、最後の一撃を放った。


 大剣の振り下ろし。


 ディーンは【木ノ葉】で入り込む。


 先ほど【瞬砲】を打ち込んだ場所へ、再び拳を差し込む。


「【家伝体術(かでんたいじゅつ)(とお)し】」


 衝撃が内側へ走った。


 一瞬の静寂。


「ぐおぉぉぉ!」


 男が最後の力を振り絞り、横薙ぎに斬りかかった。


「な、何!?」


 ディーンは驚く。


 躱せない。


 剣で防ぎ、同時に【家伝体術(かでんたいじゅつ)不壊(ふえ)】で身体を鋼鉄のように固めた。


 だが、男の一撃は重すぎた。


 ディーンは吹き飛ばされる。


 地面を転がり、木の根元でようやく止まった。


 剣が、折れていた。


 両者、満身創痍。


 男は膝をつく。

 ディーンは折れた剣を握ったまま立ち上がる。


 それでも互いの闘志は、まだ消えていない。


「……お前、盗賊にしてはやるな」


 ディーンが言った。


 男も、息を切らしながら返す。


「お前こそ、盗賊にしておくには惜しいぐらいだ」


 …………。


 その場にいる全員の頭上に、疑問符が浮かんだ。


---


 第15話 了


こんにちわ!申仁です。みなさん夏はいかがお過ごしでしょうか?僕はいつも万象の旅物語の事で頭がいっぱいです……たくさんの人に読まれたらいいなぁ~皆さんよろしくお願いします

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