第85話 夏の臨海学校。遠泳コースの障害物は「巨大クラーケン(高級食材)」ですわ。
【場所:魔界近海・プライベートビーチ(学園所有)】
【日時:7月下旬 臨海学校・初日】
「……最高のロケーションですわね。潮の香りが、まるで金貨の匂いのようですの」
私は、冷えたトロピカルジュースを片手に、豪華なパラソルの下で優雅に微笑んだ。
目の前には、コバルトブルーの海と白い砂浜が広がっている。
そして波打ち際には、お揃いのスクール水着(防刃・耐魔法仕様)を着せられ、なぜか銛や水中銃を持たされた生徒たちが整列していた。
「オーナー。……これ、本当に『遠泳』の授業なんですか? どう見ても『決死隊の出撃前』なんですが」
田中さんが、麦わら帽子を押さえながら胃薬を飲んでいる。
「ええ、伝統的な遠泳ですわよ。沖合に見えるあの赤いブイまで泳いで、戻ってくるだけ。……ただ、少しばかり『障害物』がいるだけですわ」
私が指差した沖合の海面が、不自然に黒く濁り、ブクブクと巨大な泡を立てていた。
「よく聞けェェェッ!! 男も女も関係ない! 海は命の洗濯場であり、弱肉強食の闘技場だ!」
真っ赤な競泳水着を穿いたレオニダスが、メガホン片手に吠えた。
彼の筋肉は、サンオイルと汗でギラギラと反射し、もはや凶器の輝きを放っている。
「今年の遠泳の合格条件はただ一つ! 『生きて砂浜に生還すること』! そしてボーナス条件は『今日の夕食を狩ってくること』だ!」
「「「イエッサー!!」」」
パァァァン!!
スタートの号砲が鳴り響く。
生徒たちが一斉に海へ飛び込んだ。
しかし、彼らが50メートルほど泳いだその時――。
ザバァァァァァァッ!!
海面が爆発し、巨大な触手が何十本も天に向かって突き出された。
体長30メートルを超える深海の悪魔、「巨大クラーケン(ダイオウイカの亜種)」の出現である。
「出たな、海の主! 目標確認!」
「陣形を組め! 魔法科は後方から支援! 体育科は銛で目を狙え!」
生徒たちはパニックになるどころか、完璧なフォーメーションを組み始めた。
彼らにとって、これは恐怖ではない。「夕食の確保」である。
『 ギ ュ ル ル ル ル ゥ ゥ ッ !! 』
クラーケンが怒り狂い、丸太のような触手を生徒たちに叩きつける。
「危ないッ! 触手のなぎ払いが来るぞ!」
「甘ァァァいッ!!」
バゴォォォォン!!
海面を割って飛び出したレオニダスが、空中で触手を受け止めた。
彼は高速のバタフライでクラーケンに肉薄していたのだ。
「見よ! この見事な吸盤! そして弾力! まさに高タンパク・低脂質の極み! イカは筋肉の最高の友だァァ!」
「先生、解説はいいから早く倒して!」
レオニダスは触手を脇に抱え込むと、海上でまさかの「ジャイアントスイング」を始めた。
遠心力でクラーケンの巨体が海面から引きずり出される。
「今だよ! 魔法科、一斉掃射!」
浮輪に乗ったクルミが、防水仕様の魔導ロケットランチャーを構えた。
「『対潜爆雷・ウォーターボム』!!」
チュドォォォォン!!
水中爆発の衝撃波がクラーケンを直撃し、巨大なイカが白目を剥いて海上に浮かび上がった。
「……ふん。手ぬるいな」
砂浜のビーチチェアで寝そべっていた魔王ヴァネスが、サングラスを外して立ち上がった。
彼女は黒いビキニ姿のまま、海に向けて手をかざす。
「余は刺身より、ボイルした方が好みだ。……『焦熱地獄・海面沸騰』」
ボコボコボコォォォッ!!
ヴァネスの魔法により、クラーケンの周囲の海水が一瞬にして熱湯へと変化した。
『 ギャピィィィィィッ!? 』
クラーケンの体色が、生々しい黒色から、食欲をそそる見事な「桜色」へと変わっていく。
文字通りの「巨大イカの釜茹で」の完成である。
「……お見事ですわ。最高の茹で加減ですの」
私は双眼鏡を覗きながら、拍手を送った。
夕方。
砂浜には、茹で上がったクラーケンの巨体が引き上げられ、キャンプファイヤーのように囲まれていた。
「やったぜ! 今夜はイカ焼き食べ放題だ!」
「レオニダス先生が、触手を輪切りにしてくれてるぞ!」
生徒たちは疲労困憊ながらも、手に入れた「巨大イカリング」や「特大イカ焼き」に舌鼓を打っている。
高タンパクの海鮮は、彼らの筋肉と魔力を瞬時に回復させていた。
「オーナー、大漁でしたね。生徒たちも満足そうです」
田中さんが、ホッと胸を撫で下ろしている。
「ええ。ですが、私たちの本番はこれからですわよ」
私は、学園の所有する「海の家」のシャッターを開け放った。
そこには、余った大量のクラーケンの肉と、大量の小麦粉、そして屋台の設備が用意されている。
「さあ、田中さん! この極上クラーケンの肉を使って、明日から一般客向けに『魔界特製・ジャンボたこ焼き(イカだけど)』を販売しますわよ! 1パック・銀貨5枚! ぼろ儲けの夏祭りの始まりですわ!」
「……結局、最後はビジネスなんですね」
こうして、生徒たちの血と汗の結晶は、私の海の家の看板メニューとなり、この夏の最高利益を叩き出すことになったのである。
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