第84話 梅雨の反乱。知性を持った「カビ」が、旧校舎で独立国家を建国しました。
【場所:私立ダンジョン学園 理事長室】
【日時:6月中旬 梅雨入り】
「……不快ですわ。髪がまとまりませんし、お気に入りのドレスも湿気で重いですの」
私は、最高級のシルクの扇子でパタパタと仰ぎながら、不機嫌にため息をついた。
窓の外は土砂降り。ダンジョンの魔力を含んだ雨は、街全体を分厚い湿気のドームで覆っている。
「オーナー! 髪の毛を気にしている場合じゃありません! 旧校舎が……旧校舎が『緑色』に飲み込まれました!」
田中さんが、カッパをずぶ濡れにしながら飛び込んできた。
手には、旧校舎の監視カメラの映像を写したタブレットが握られている。
「緑色? 苔でも生えましたの?」
「苔じゃありません! 『超進化型・魔界カビ(インテリジェンス・マッシュルーム)』です! 奴ら、旧校舎を占拠して『菌類帝国』の建国を宣言しました!」
タブレットを覗き込むと、そこには異様な光景が広がっていた。
壁も床も、フワフワとした緑色の菌糸に覆われている。
そして、その中央には、頭に巨大なキノコを生やし、焦点の合わない目でフラフラと歩く生徒たちの姿があった。
『 胞 子 ヲ ス エ …… 我 々 ト 一 ツ ニ ナ レ …… 』
「……洗脳されていますわね。完全にB級ホラー映画のノリですわ」
「笑い事ですか! 奴ら、学園中の湿気を集めて、さらなる胞子テロを企てています! このままじゃ、街の住人が全員キノコ人間になってしまいます!」
【場所:旧校舎前・バリケード】
私たちは、完全な防護服(ガスマスク付き)を着用し、旧校舎の前に陣取った。
目の前には、菌糸で真っ緑に染まった校舎と、ゆっくりと迫り来る「キノコ生徒」たちの群れ。
「打撃や斬撃はダメだよ! 衝撃で胞子が飛散して、感染が拡大しちゃう!」
クルミが、採取用の試験管を構えながら警告する。
「魔法の炎も、この湿気と雨じゃ威力が半減する。厄介な奴らだ」
魔王ヴァネスも、舌打ちをしながら鎌を降ろした。
「ふふふ。ご安心なさい。こんなこともあろうかと、ドワーフ商会から最新兵器を仕入れておきましたわ」
私が指を鳴らすと、巨大なトレーラーが横付けされた。
荷台に乗っているのは、巨大なタービンを備えた機械。
「『超弩級・魔導ドライヤー(業務用除湿機)』! これで一気に旧校舎の空気をカラカラにしてやりますわ! ……ちなみに、稼働には金貨10枚かかりますが、後で生徒会費から引き落とします」
「こんな時まで金を取るんですか!」と田中さんがツッコミを入れる。
私がスイッチを入れようとした、その時。
『 除 湿 機 、 ハ カ イ ス ル …… 我 々 ノ 敵 …… 』
カビの親玉(巨大な粘菌の集合体)が、触手を伸ばして除湿機に襲いかかってきた。
奴らも知性がある。最大の弱点が「乾燥」であることを理解しているのだ。
「させませんわ! 誰か、除湿機が起動するまで奴らを食い止めなさい!」
「任せろォォォッ!!」
カビの群れに立ちはだかったのは、やはりこの男だった。
レオニダス。彼は防護服もガスマスクも着けず、いつも通りの赤パン一丁だ。
「先生! 胞子を吸ったら洗脳されますよ!」
「洗脳だと? 俺の脳細胞は、筋トレの記憶しか受け付けん!」
レオニダスは、深く息を吸い込み、全身の筋肉を極限までパンプアップさせた。
「見よ! 基礎代謝を通常の100倍に引き上げた、この『超高熱・肉体』を!」
シューゥゥゥッ!!
レオニダスの体から、凄まじい勢いで湯気が上がり始めた。
彼の筋肉が生み出す熱量により、周囲の雨粒が蒸発し、カビの触手が「チリッ」と焦げる。
彼はもはや、人間型のストーブだった。
「熱い! 近づくだけで火傷しそうだ!」
「乾燥しろォ! カビの弱点は『直射日光』と『熱』! すなわち、俺の輝く肉体そのものだァァ!」
レオニダスが、迫り来るキノコ生徒たちを次々と「熱烈なハグ」で抱きしめていく。
「アツゥイ!!」
「目が覚めた! なんだこのキノコ!?」
彼の圧倒的な熱量(と暑苦しさ)により、生徒たちの頭に寄生していたカビがカラカラに干からびてポロポロと剥がれ落ちていく。
「起動準備、完了しましたわ!」
私が除湿機のレバーを引いた。
ブォォォォォォォォン!!!
超強力な温風と乾燥魔法が、旧校舎に向けて一斉に放射される。
そこに、魔王ヴァネスがダメ押しとばかりに指を突き出した。
「余の領地を汚した罪、その水分で贖え! 『砂漠の息吹』!!」
除湿機の風と、魔王の乾燥魔法、そしてレオニダスの熱気が合わさり、旧校舎は一瞬にして「サハラ砂漠」のような超乾燥地帯と化した。
『 ギ ャ ァ ァ ァ ァ ッ …… 水 ヲ …… 湿 気 ヲォォ …… 』
緑色に覆われていた壁面から水分が抜け、巨大な粘菌の親玉も、縮んでシワシワのスポンジのようになっていく。
わずか数分で、旧校舎を支配していた菌類帝国は、完全に「干物」となって崩壊した。
「……ふう。これで一安心ですわね」
私は除湿機を止め、扇子でパタパタと仰いだ。
旧校舎の床には、乾燥してカチカチになった緑色の塊(カビの死骸)が散乱している。
「みんな、無事でよかった……。でも、この大量のゴミ、どうするんですか?」
洗脳から解かれた生徒たちが、呆然としている。
「ゴミ? 何を言っているのクルミ。これはただのゴミではありませんわ」
私は、干からびた巨大キノコを拾い上げ、匂いを嗅いだ。
芳醇な香りがする。
「これは、魔力を含んだ高級食材……『乾燥魔界キノコ』ですわ! 煮込めば最高のダシが出ますのよ。中華街のレストランに卸せば、金貨数百枚にはなりますわね」
「……オーナー。たくましすぎます」
田中さんが、乾いた笑いを浮かべた。
こうして、梅雨の湿気が生んだパニックは、私の新たな「ビジネスの種(菌)」となって幕を閉じた。
どんなトラブルも、最後は利益に変える。それがダンジョン学園の理事長たる者の務めである。
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