第78話 バレンタイン・パニック。「本命チョコ」が捕食しに来ます。
【場所:私立ダンジョン学園 家庭科室(兼・錬金術実験室)】
【日時:2月14日 放課後直前】
「……魔女の集会ですわね、これは」
私は、防毒マスクを装着して教室を覗き込んだ。
そこでは、エプロン姿の女子生徒たちが、大鍋を囲んで怪しげな呪文を唱えている。
鍋の中身は、ドロドロに溶けたチョコレート……に見せかけた、紫色の粘性物体だ。
「オーナー! 換気扇が効きません! 空気が甘ったるすぎて、吸うだけで血糖値が上がります!」
田中さんが、空気清浄機を抱えて呻いている。
中心にいるのは、当然この子だ。
「ふふふ……。カカオ99%に、『惚れ薬(即効性)』と『スライムの核』を融合! これで、彼の胃袋を(物理的に)掴んで離さないよ!」
クルミが、緑色に発光する試験管の中身を鍋に投入した。
ボコォォォ……ッ!
鍋が脈動した。
チョコレートが、まるで意思を持ったかのように蠢き始める。
「……あら、元気なチョコですこと」
「感心してる場合ですか! 逃げましょう!」
その時。
バシャァァァァン!!
鍋の中身が爆発的に膨張し、天井を突き破った。
『 ア イ シ テ ェ ェ ェ ェ !! タ ベ テ ェ ェ ェ ェ !! 』
生まれたのは、不定形の茶色い怪物――「チョコスライム・ゴーレム」だった。
それは無数に分裂し、「愛(捕食)」を求めて廊下へと雪崩れ込んだ。
【場所:学園廊下】
「うわぁぁぁ! なんだこれ!?」
「甘い! 匂いが甘すぎて気持ち悪……ぐわぁぁ!」
下校中の男子生徒たちが、次々と茶色い波に飲み込まれていく。
「助け……!」
一人の生徒が、チョコに下半身を拘束された。
チョコは彼の口元へ這い上がり、無理やり侵入しようとする。
『 一 生 一 緒 だ よ ォ ォ ォ !!(強制摂食)』
「むぐっ! ……あ、あれ? ……意外と美味しい……?」
「だ、ダメだ! 食べたら洗脳されるぞ!」
チョコに取り込まれた生徒は、目がハートマークになり、「チョコ……もっとチョコを……」と呟きながら、新たな犠牲者を求めて徘徊し始めた。
完全にゾンビ映画の文法だ。
「……素晴らしい感染力ですわ」
私は、安全な放送室から校内放送のマイクを握った。
『ピンポンパンポーン♪ 生徒の皆様にお知らせします。現在、校内で「愛の暴走」が発生しております。対抗手段として、売店にて「激辛火炎放射器」と「超強力胃腸薬」を販売開始しました。お支払いは後払いで結構です』
【最終防衛ライン:体育館】
生存した男子生徒たちは、体育館に立てこもっていた。
しかし、扉はすでにチョコの圧力でひしゃげている。
「もうダメだ……! 全滅だ……!」
「俺たち、チョコに溶かされて一つになるんだ……!」
ドォォォォォン!!
扉が破壊された。
雪崩れ込んできたのは、校内の全チョコが合体した「ギガント・バレンタイン(全高10メートル)」だ。
『 オ 前 タ チ …… 全 員 …… 俺 ノ …… 嫁 ェ ェ !! 』
(※女子たちの怨念が混ざりすぎて、人格が崩壊している)
絶望が走る。
その時。
ステージの緞帳が上がり、一人の男が現れた。
「嘆くな、男子諸君!」
スポットライトを浴びたのは、フォークとナイフを構えたレオニダスだ。
彼は、目の前の怪物を見て、舌なめずりをした。
「見ろ! あの巨大な質量を! あれは敵ではない!」
「……先生!?」
「あれは……『糖質』の塊だァァァッ!!
今日は2月14日……。そう、年に一度の『チートデイ(暴食許可日)』!!」
レオニダスが叫ぶと、彼の筋肉が「待ってました」とばかりに膨張した。
「普段はササミとブロッコリーしか食わぬ俺だが……今日だけは許す! 来い、ハイカロリー!!」
ズドンッ!
レオニダスが床を蹴り、チョコの巨体へ飛び込んだ。
『 タ ベ サ セ テ ヤ ル ゥ ゥ ! 死 ヌ ホ ド ォ ォ ォ ! 』
チョコの触手が彼を包み込む。
しかし――。
「甘ァァァいッ!! そして美味ァァァいッ!!」
バクッ! ムシャァッ! ゴクンッ!
レオニダスは、襲い来る触手を片っ端から食いちぎり、飲み込んでいった。
「この濃厚なカカオポリフェノール! 血管が拡張する音が聞こえるぞ!」
『 ヒ ィ ッ !? コ イ ツ …… 吸 収 さ れ な い !? 』
チョコ怪物が怯んだ。
レオニダスの胃袋は、愛の重さすら消化エネルギーに変えていく。
「まだまだァ! 血糖値スパイク? 知るかァ! 筋トレですべて消費してやる!」
彼は食べながらスクワットをし、咀嚼しながら腹筋を始めた。
永久機関の完成だ。
数十分後。
体育館には、げっぷをするレオニダスと、綺麗さっぱり消滅したチョコの残骸(包装紙)だけが残っていた。
「……ふぅ。悪くない間食だった」
レオニダスは爪楊枝を使いながら、膨らんだ腹を叩いた。
その腹は、数秒後には筋肉の振動で引き締まり、元通りのシックスパックに戻った。
「……化け物ですわね」
私は、計算機を叩き終えて呟いた。
「チョコの材料費、校舎の修理費、そして生徒たちの精神的慰謝料……。クルミ、請求書は君の研究室に送っておきますわ」
「ええーっ!? 私も被害者だよ!? ……たぶん」
こうして、バレンタインの悲劇は「レオニダスのカロリー摂取」という形で幕を閉じた。
しかし、男子生徒たちのトラウマは消えない。
彼らは来月、恐怖の「ホワイトデー」を迎えることになるのだから。
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