第71話 緊急事態発生。街中が「二度寝」の結界に包まれました。
【場所:ダンジョン・シティ ギルド本部】
【日時:5月中旬 月曜日の朝】
「……静かすぎますわ」
私は、窓の外を見て眉をひそめた。
いつもなら、朝から冒険者たちの怒号や、露天商の呼び込みの声が響いているはずの時間帯だ。
しかし、今日は鳥のさえずりしか聞こえない。
「田中さん。本日の売上報告は?」
返事がない。
振り返ると、私の優秀な秘書である田中さんが、デスクに突っ伏していた。
「……すぅ……すぅ……」
「田中さん? 起きなさい、仕事ですわよ」
「……むにゃ……あと5分……いや、永遠に寝かせて……」
揺すっても起きない。
それどころか、彼の背中には『働きたくない』という怨念のようなオーラが漂っている。
「……異常事態ですわね」
私は廊下に出た。
そこで見たのは、信じがたい光景だった。
廊下の真ん中で、巨大な物体が丸まっていた。
レオニダスだ。
あの「筋肉の化身」が、ピンク色のフカフカな布団(クマの柄)にくるまり、芋虫のようになっている。
「……うう……ダンベルが……重い……」
「レオニダス!? 貴方、風邪でも引きまして?」
私が声をかけると、彼は涙目で布団から顔を出した。
「……理事長……。俺はもうダメだ……。筋肉が……『今日は休もう』と囁いているんだ……」
「なんですって?」
「スクワットも……ベンチプレスも……虚しい……。人はなぜ鍛えるのか……。結局は土に還るのに……」
重症だ。
あのポジティブの塊が、哲学的な虚無感に支配されている。
さらに、ピノに至っては、立ったまま寝ていた。
クルミの研究室からは、爆発音の代わりに「……実験……めんどくさい……」という寝言だけが聞こえてくる。
「……これはタダ事ではありませんわ。私の従業員(資産)を、ここまで無気力にさせるなんて」
私の「商売人としての勘」が警鐘を鳴らした。
これは病気ではない。「攻撃」だ。
私は、唯一稼働していた「ダンジョン管理システム(自動操縦)」をチェックした。
すると、地下深くの未開放エリアから、強烈な魔力反応が検出された。
『 警 告 : 「 怠 惰 の 魔 王 ( ベルフェゴール ) 」 覚 醒 』
『 特 殊 ス キ ル : 「 絶 対 お 布 団 結 界 ( アブソリュート ・ 二 度 寝 ) 」 展 開 中 』
「……原因はこれですわね」
地下の封印が解け、伝説の怠け者魔王が目覚めたのだ。
奴が放つ波動は、生物の「やる気スイッチ」を強制的にOFFにし、「今日は雨だし休んじゃえよ」という甘い囁きを脳内に送り込む。
「許せませんわ……! 私の街で『勤労の義務』を放棄させるなんて!」
私は、倉庫からメガホンと「気付け薬(超濃縮カフェイン&ハバネロ)」を取り出した。
戦うしかない。この甘美な誘惑と。
私は、カフェインを無理やり飲ませて半覚醒状態にしたレオニダス(虚ろな目)を引きずり、地下へと向かった。
「……帰りたい……お母さん……」
「黙りなさい! 働かざる者食うべからずですわ!」
最下層。
そこは、禍々しいダンジョンではなく、「巨大なコタツとビーズクッションの迷宮」になっていた。
床は低反発マット。空気は最適な湿度と温度に保たれている。
「……ここが天国か……」
「目を覚ましなさいレオニダス! これは罠です!」
部屋の中央に、パジャマ姿の青年(魔王)が、巨大な枕に沈んでいた。
「……ふあぁ……。人間? ……よく来たねぇ……」
魔王ベルフェゴールが、眠そうに手を振った。
「……戦うの? ……めんどくさいなぁ……。ほら、そこにある『極上の羽毛布団』に入りなよ……。一生、夢を見させてあげるからさぁ……」
ブワァァァァッ……!
強烈な眠気の波動が押し寄せる。
私の瞼が重くなる。
(……ああ……確かに……もう十分稼ぎましたし……少しぐらい休んでも……)
「オーナー! 寝ちゃダメだ! 寝たら死ぬ(ニートになる)ぞォォ!」
レオニダスが叫ぶが、彼自身もコタツに下半身を吸い込まれている。
意識が飛びそうになったその時。
私の脳裏に、ある音が響いた。
チャリン……チャリン……(金貨の落ちる音)
バサバサ……(札束が風に舞う音)
「……ッ!」
私の目がカッ! と見開かれた。
このままでは、今日の売上がゼロになる。
明日の売上も、明後日も……!
「……ふざけるんじゃありませんわよォォォォッ!!」
ガシャン!!
私は自ら頬を張り飛ばし、覚醒した。
「私の辞書に『有給休暇』という文字はありませんの! 起きなさい魔王! 家賃を払いなさい!」
私は懐から、クルミが開発した「音響兵器(最大音量のアラーム時計)」を取り出し、魔王の耳元にセットした。
「さあ、朝ですわよ! おはようございまァァァす!!」
ジリリリリリリリリリリリリリリッ!!!!
(轟音:鼓膜破壊レベル)
「ギャアアアアア! うるさい! うるさいぃぃぃ!」
「まだ寝足りない!? ならばこれよ!」
私は、魔王の顔面に「請求書」の束を叩きつけた。
「今月の光熱費! 場所代! そして営業妨害の損害賠償! 合計、金貨5億枚! 払えないなら働きなさい!」
「ひぃぃぃ! 現実がつらい! お金の話はやめてぇぇぇ!」
数時間後。
街の結界は消滅した。
人々は「はっ! 俺はいったい何を……?」と正気を取り戻し、再び仕事に戻っていった。
そして、魔王ベルフェゴールは――。
「……ふあぁ……。いらっしゃいませぇ……」
彼は現在、ダンジョン内に新設された『究極の癒しエリア・リラクゼーションルーム』の店長として働かされていた。
彼のスキル「強制睡眠」は、不眠症の冒険者たちに大人気となり、爆発的な売上を記録していたのだ。
「……オーナー。結局、彼も搾取されるんですね」
「当たり前ですわ、田中さん。……さあ、貴方も半日休んだ分、残業していただきますわよ?」
「……はい(泣)」
こうして、「五月病」という名の魔王災害は、私の手によって「新規事業」へと転換された。
どんな危機も、使いようによっては金になる。
それが、このダンジョン・シティの鉄則なのだ。
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