第6話 ダンジョンの「急所」を掘り当ててしまった件
「……ふぅ。満足したわ」
私は優雅に――実際は岩の上に座り、木の枝を串代わりにしてだが――コカトリスのモモ肉のローストを完食した。
塩すら満足にない状況だったが、素材の味が良かった。空腹という調味料も相まって、王宮の晩餐会で出されたテリーヌよりも数倍美味しく感じた。
「ごちそうさまでしたッス! 骨身に沁みる美味さだったッス!」
「あなた、食べた端から肋骨の隙間からこぼれ落ちてたじゃない」
「気持ちの問題ッス! 食べたという事実が筋肉を育てるんスよ!」
食後の余韻に浸るスケさん(床掃除係兼、食材ハンター)を横目に、私は自分の腕をさすった。
満腹になると、次に気になってくるのは「衛生面」だ。
ここ数日、泥と汗にまみれ、先ほどは巨大な鶏の返り血も浴びた。ドレスはボロボロ、髪もゴワゴワだ。
「……ねえ、ダンくん」
『ん、なに? 今、消化(食べた骨の分解)で忙しいんだけど』
「お風呂、沸かしなさい」
ダンジョン内の空気が、ピタリと止まった。
『……はい?』
「お・ふ・ろ! 湯船にたっぷりのお湯! これがなきゃ一日の疲れは取れないわ!」
『いや、無理でしょ。俺、洞窟だよ? 水たまりならあるけど、水温5度くらいだよ? 死ぬよ?』
「だから『沸かせ』と言っているのよ。あなた、さっきキッチンで火加減の調整をしてたじゃない」
『あれは一部だけ! 湯船一杯のお湯を沸かす熱量なんて、今の残り少ない魔力じゃ足りないって!』
ダンくんが悲痛な声を上げる。
確かに、ステータス画面を見ると、DPもMP(魔力ポイント)もカツカツだ。
「……仕方ないわね。魔力がかからない方法でいきましょう」
『え、あるの?』
私は立ち上がり、ダンジョンの床――つまりダンくんの表皮を、ヒールの踵でコツコツと叩いた。
「物理的に掘るのよ」
『……は?』
「この地下深くには『地熱』があるはずだわ。そして、水脈も。つまり、深く掘れば温泉が湧くのよ」
『え、ちょ、待って。深く掘るって……どこまで?』
「お湯が出るまでよ」
ゴゴゴゴ……と、ダンジョン全体が恐怖で震え始めた。
『やめて! そこから先は未知の領域! 俺の深層心理! 例えるなら、内視鏡検査を麻酔なしでやるようなもんだよ!?』
「知ったことじゃないわ。スケさん!」
「ハッ! 待機中ッス!」
「この辺りの床を掘削しなさい。目標、地下100メートル!」
「了解ッス! 穴掘りは基本トレーニングッスからね! 任せるッス!」
スケさんが、どこから拾ってきたのか、コカトリスの鋭いクチバシをスコップ代わりに構えた。
『ヒィィィ! やめろ馬鹿骨! そこは俺の……俺の敏感な……アッー!!』
ドォォォォン!!
スケさんの渾身の突きが、地面に炸裂した。
『いっっったぁぁぁぁい!! 馬鹿! 穴空いた! 絶対なんか大事な管が破れたって!!』
ダンくんの絶叫が木霊する。
しかし、スケさんは止まらない。「掘削! 掘削ゥ!」と叫びながら、驚異的なスピードで穴を広げていく。
『あ、そこ、そこはダメ……なんか変な感じが……くすぐったいような、痛いような……あ、あ、あ、出るっ!』
「何がよ」
『なんか熱いのが……ブシャァァァッ!!』
ドパァァァァン!!
掘削した穴から、凄まじい勢いで茶褐色の液体が噴き出した。
「……きゃっ!?」
「マスター、危ないッス!」
スケさんが私を庇う。
噴き上がった液体は、瞬く間に周囲の窪みに溜まり、湯気を上げ始めた。
鼻をつく硫黄の匂い。むっとする熱気。
「……これは」
私は恐る恐る、その液体に指先を浸した。
熱い。けれど、火傷するほどではない。42度といったところか。
肌に絡みつくような、とろみのある泉質。
「……完璧な、源泉かけ流しじゃない」
『ハァ……ハァ……死ぬかと思った……。なんか俺の急所から、すごい勢いで体液(お湯)が……』
「よくやったわダンくん。褒めて遣わすわ」
『褒め言葉になってないからね!?』
私は早速、スケさんに命じて周囲を岩で囲わせ、即席の露天風呂(ただし洞窟内)を完成させた。
ボロボロのドレスを脱ぎ捨て、湯船に身を沈める。
「……あぁ〜……生き返るわ……」
思わず、おっさんのような声が出てしまった。公爵令嬢一生の不覚。
しかし、この快楽には抗えない。冷え切った体に、熱いお湯が染み渡っていく。
王都の大理石の風呂も良かったが、この野趣あふれる岩風呂も悪くない。
『……ねえベアトリス』
「何よ。今、至福の時間なんだけど」
『なんか、俺の体の一部が常に熱くてタプタプしてて、すごく変な気分なんだけど……』
「慣れなさい。これが『文明的な暮らし』というものよ」
「マスター! 自分も背中を流させてほしいッス! 骨の髄まで温まりたいッス!」
「あなたは入浴禁止よ。お湯が汚れるでしょ」
「無念ッス……!」
湯気に霞む視界の中で、私は確信した。
寝床、食事、そして風呂。
人間らしい生活に必要な最低限の要素が、ついに揃ったのだ。
「……ふふっ。ここを『世界一の保養地』にするのも、夢じゃないかもしれないわね」
私の野望が、湯気と共に大きく膨らんでいくのだった。
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