第5話 看板娘(スケルトン)の集客力が異常だった件
「……遅いわね」
私は、ダンジョンの入り口付近――スケさんがピカピカに磨き上げた「鏡面エリア」で腕組みをしていた。
あれから数時間が経過した。
私の腹の虫は、もはや協奏曲を奏でるのをやめ、暴動を起こしている。
『ベアトリス、胃酸過多になってない? なんか契約パスを通じて、俺まで胃がキリキリするんだけど』
「黙りなさい。空腹は最高のスパイスよ。……でも、限度があるわ」
私は足元の「商品」を見下ろした。
ダンくんが魔力を絞り出して生やした、毒々しい紫色のアミガサタケのような物体。
「これが『幻のトリュフ』に見える人間がいると思う?」
『いや、無理でしょ。どう見ても「即死キノコ」だよ』
「演出が大事なのよ。薄暗い洞窟で、遠目に見れば高級品に見えなくもないわ」
そこへ、通路の奥からカチャカチャと軽い足音が響いてきた。
看板設置の任務を終えたスケさんだ。
「マスター! 只今戻ったッス!」
「ご苦労様。看板はちゃんと目立つ場所に立ててきた?」
「サー・イエッサー!街道沿いの大木に、魂を込めて釘打ちしてきたッス! これで客足は爆増間違いなしッス!」
スケさんは自信満々に胸(肋骨)を張った。
頼もしい。彼には美的センスはないかもしれないが、行動力はある。
きっと「極上の珍味あり」とか「王族御用達」とか、射幸心を煽る文言を書いてくれたはず――。
「ちなみに、なんて書いたの?」
「ヘイ! 『筋肉が喜ぶ! 天然プロテイン・キノコ食べ放題! 入会金無料!』と書いてきたッス!」
「……は?」
思考が停止した。
プロテイン? 入会金?
「ちょっと待って。私たちは食材を持った商人か、小太りの美食家を呼びたいのよ? なんでマッチョを誘致してるの?」
「筋肉は裏切らないからッス!」
「裏切るわよ! マッチョが来ても肉質が硬くて美味しくないでしょうが!!」
『あーあ、ベアトリスがキレて壁を蹴るから、また俺の表皮が剥がれる……』
その時だ。
ドスン、ドスン、と重い地響きが外から近づいてきた。
『お、誰か来たよ。……結構デカいな』
「ほら見なさい! あなたの変な看板のせいで、オーガかトロールみたいなのが来たじゃない!」
私は慌てて手元の短剣(食事用ナイフ兼用)を構えた。
スケさんもファイティングポーズをとる。
洞窟の入り口を塞ぐように、巨大的な影が落ちた。
「コケェェェェェェッ!!!」
耳をつんざくような咆哮。
現れたのは、巨大な「鶏」だった。
ただし、全長は3メートルほどあり、トサカは赤く燃え上がり、尻尾は蛇のように長くうねっている。
「……鶏?」
『いや、あれコカトリスだよ。石化の邪眼を持つ高ランク魔物……』
ダンくんの解説は、私の耳には届かなかった。
私の目には、その怪物が全く別のものに見えていたからだ。
――ふっくらとした胸肉。
――引き締まったモモ肉。
――パリッとした皮(になる予定の表皮)。
「……唐揚げ」
『え?』
「親子丼、チキン南蛮、参鶏湯……!」
私の口の中に、唾液が洪水のように溢れ出した。
あれは魔物ではない。
神が私のために遣わした、歩く「特大ファミリーパック」だ。
「コケッ!?」
「スケさん!!」
「はッ!」
「あいつを逃がすな! 羽毛の一枚たりとも残さず、捕獲なさい!!」
私の絶叫に近い命令を受け、スケさんが弾丸のように飛び出した。
「了解ッス! 新入り(タンパク源)への挨拶代わりのタックルッス!!」
「コケェェェ!」
コカトリスが不快そうに鳴き、その凶悪な眼光をスケさんに向けた。
石化の視線だ。浴びれば瞬時に全身が石となり、身動きが取れなくなる。
だが。
「ヌンッ!」
スケさんは視線を真正面から受け止めながら、平然と突っ込んだ。
『え、なんで石化しないの?』
「あいつ、皮膚も筋肉もないから『石化する場所』がないのよ!」
『無敵かよ!』
スケさんがコカトリスの太い脚にタックルを決め、そのまま地面(ダンくんの舌?)に押し倒す。
「捕まえたッス! マスター、今のうちにトドメを!」
「でかしたわ! 今夜はチキンパーティーよ!!」
私はドレスの裾を翻し、短剣を逆手に持って跳躍した。
狙うは急所、首の動脈のみ。
血抜きは迅速に行わなければ、肉に臭みが残ってしまう。公爵家令嬢として、食卓に並ぶ肉の処理には一家言あるのだ。
「コ、コケェ……ッ!?」
コカトリスが恐怖に目を見開いた。
彼には見えただろう。
空腹で目が血走り、口元から涎を垂らしながら迫りくる、魔物よりも恐ろしい「捕食者」の姿が。
「食材に感謝を(いただきます)――!!」
ザシュッ!
一閃。
鮮やかな手並みで、コカトリスの巨体から力が抜けた。
「……勝った」
「見事なナイフ捌きッス、マスター! 剣術の経験が?」
「いいえ。ステーキを切り分ける所作の応用よ」
私は倒れた巨鳥を見下ろし、満足げに頷いた。
これで当面の食料問題は解決だ。
……さて。
「ダンくん」
『……はい』
「キッチン(調理場)がないわね」
『…………』
「コンロと、換気扇と、大きな鍋が必要よ。あと、付け合わせのハーブも欲しいわ」
ダンくんが、心底嫌そうにため息をついた。
『あのさ……俺の中で火を焚くの? 煙たいし熱いんだけど』
「生のまま食べろと言うの? 食中毒になったらどう責任を取ってくれるのかしら?」
『分かったよ! 作ればいいんだろ作れば! あーもう、ダンジョンってなんだっけ……俺、巨大なシステムキッチンなのかな……』
ゴゴゴ……と地面が変形し、即席のかまどが生成される。
私はスケさんに羽根むしりを命じながら、夜空を見上げた。
最高級のベッド。
新鮮な鶏肉。
そして(嫌々ながらも)従順な家と下僕。
「……案外、悪くない『新婚生活』ね」
私の呟きに、ダンジョンと骨が同時にズッコケる音が、夜の森に響いた。
更新通知を受け取りたい方は、ぜひブックマークをお願いします!
「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、執筆の大きな励みになります!




