第4話 私の安眠を妨げる者は、大家(ダンジョン)とて許さない
【DP残高:0】
潔い数字だ。
ついさっき、騎士団の恐怖と、彼らが落とした金貨を変換して得た650ポイント。
それが一瞬にして消え去った。
だが、後悔はない。
私の目の前には、薄汚い洞窟の岩肌とはあまりに不釣り合いな――しかし、神々しいまでに白く輝く「それ」が鎮座しているのだから。
「……素晴らしいわ」
私はうっとりと呟いた。
最高級ホワイトグースの羽毛布団。シルクのシーツ。そして、彫刻が施されたマホガニー材の天蓋付きベッドフレーム。
王都の屋敷で使っていたものより、少しランクは落ちるかもしれない。けれど、この過酷な環境下において、これは「文明」そのものだ。
『あのさぁ……』
「何よ」
『重いんだけど』
ダンくんの不満げな声が、ベッドの下(地面)から響いてくる。
『四本の脚がさぁ、俺の背中(地面)にグイグイ食い込んでるのよ。ツボ押しみたいで最初は気持ちよかったけど、だんだん痛くなってきた』
「我慢なさい。家具の一つも置けないで、何がダンジョンよ。包容力が足りないんじゃない?」
『包容力の意味、物理的な話じゃないと思うんだけど……』
私は無視して、ふかふかのマットレスにダイブした。
ポフン、と柔らかい感触が全身を包み込む。
「ああ……これよ。これさえあれば、私は戦えるわ」
「マスター! 自分も感動したッス!」
横から、カチカチと骨の音が聞こえる。
ベッドの組み立てを担当したスケさんだ。彼はなぜか、天蓋の支柱にぶら下がって懸垂(のような動き)をしている。
「このフレーム、剛性が素晴らしいッス! 筋肉への負荷が最高にかかる設計ッスね!」
「スケさん、今すぐ降りなさい。それはトレーニング器具じゃないわ」
「サー! 失礼しましたッス! つい、棒状のものを見ると体を鍛えたくなる性分で!」
「前世は何だったのよ、あなた……」
私は大きく伸びをして、天井を見上げた。
湿った岩肌。垂れ下がる鍾乳石。
……ベッドは最高だが、景観と空調が最悪だ。
「ねえ、ダンくん」
『今度はなに? もうポイントないよ?』
「ポイントじゃなくて、あなたの機能の話よ。この部屋、湿度が70%を超えてるわ。これじゃあ、せっかくの羽毛布団にカビが生えるじゃない」
『洞窟だもん。当たり前でしょ』
「調整しなさい。湿度45%、室温22度。これが私の適正環境よ」
ダンジョン全体が「えぇ……」と引いているのが分かった。
『マジで言ってる? それやるの、結構魔力使うんだよ? 換気口(新しい穴)を空けたり、地熱をコントロールしたり……』
「やるのよ。安眠のためなら、私は悪魔にだって魂を売るわ。ましてや相手はダンジョン(あなた)よ」
『扱いひどくない!?』
私は枕元の短剣(騎士団長の置き土産)を手に取り、切っ先を床に向けた。
「やるの? やらないの? 今なら『ツボ押し』じゃ済まない刺激を与えてもよろしくてよ?」
『やります! やらせていただきます! 暴力反対!』
ゴゴゴゴ……という低い音と共に、部屋の空気が動き始めた。
天井の一部がわずかに開き、新鮮な外気が流れ込んでくる。同時に、床下からのじんわりとした熱が、冷え切った空気を温め始めた。
さすがは腐ってもダンジョン。やる気になれば、環境制御システムとしては優秀らしい。
「ふぅ……快適ね」
私は満足して瞼を閉じた。
追手は撃退した。寝床も確保した。空調も整った。
完璧だ。これなら、明日の朝まで泥のように眠れ――
グゥゥゥゥ〜……。
静寂な空間に、情けない音が響き渡った。
ダンくんの地鳴りではない。
スケさんの骨の音でもない。
私の、腹の虫だ。
「…………」
『…………』
「…………ッス」
沈黙が痛い。
私は顔を真っ赤にして跳ね起きた。
「わ、笑うんじゃないわよ!!」
『いや、誰も笑ってないけど……。へぇ、元・公爵令嬢もお腹鳴るんだ』
「生きている証拠よ! ……そういえば、ここに来るまで三日間、木の実しか食べていなかったわ」
重大な見落としだ。
「寝具」に全財産を突っ込んだせいで、食料を買うポイントがない。
手元にあるのは、騎士団が落としていったポーション(不味い)と、謎の保存食(干し肉のような硬い何か)だけ。
「……紅茶が飲みたいわ」
『ないよ』
「スコーンも欲しいわ。クロテッドクリームをたっぷり塗ったやつ」
『あるわけないじゃん。ここ、魔境だよ?』
「スケさん!」
「はッ! 自分、骨なので空腹は感じないッスが、マスターの栄養管理は重要任務と心得てるッス!」
スケさんはビシッと敬礼し、自身の肋骨をポンと叩いた。
「周辺の森で狩りをしてくるッス! 猪の一頭や二頭、チョークスリーパーで絞め落としてくるッス!」
「……頼もしいけど、あなた、料理できるの?」
「料理……ッスか? 焼く(火葬)、煮る(煮沸消毒)くらいなら……」
「ダメね。私の繊細な舌を破壊する気?」
私は頭を抱えた。
衣食住の「住」は確保した。「衣」はボロボロだがまだ着ている。
問題は「食」だ。優雅な生活には、優雅な食事が不可欠。
泥臭い猪の丸焼きなんて御免だわ。
「……決めたわ」
『何を?』
私はベッドから降り、優雅にターンを決めた。
「次の標的は『料理人』よ。騎士団の次は、腕のいいコックか、あるいは食材を持った商人を誘い込むの」
『うわぁ、犯罪者の思考だ……』
「ダンくん、あなた『キノコ』くらい生やせるでしょう?」
『え、キノコ? まあ、ジメジメしたところなら勝手に生えるけど』
「それを『超高級食材・幻のトリュフ』に見せかけて、冒険者を釣るのよ」
『詐欺じゃん!!』
背に腹は代えられない。
私の胃袋を満たすためなら、ダンジョンの生態系ごと偽装してやるわ。
「さあ、忙しくなるわよ! スケさんは入り口に『絶品食材あり』の看板を立ててきなさい!」
「看板ッスね! 『筋肉に効くキノコあり』って書くッス!」
「それは却下よ!!」
安眠への道は、まだ遠い。
まずは明日の朝食を確保するまで、私の戦いは終わらないのだ。
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