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没落令嬢、ダンジョンと結婚(契約)してしまった件~死に場所を探して入った穴が、意外と感度のいい旦那様でした~  作者: beens
第1章 泥だらけの靴で踏み荒らせ!

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第3話 騎士団、鏡面仕上げの床で舞う

「いたぞ! 魔女ベアトリスだ!」

「抵抗するな! 直ちに投降せよ!」

 洞窟の入り口から、三人の重装騎士が雪崩れ込んできた。

 王国自慢の近衛騎士団。全身を覆うのは、魔法耐性を高めたミスリルのフルプレートアーマー。一式で小さな村が買えるほどの高級品だ。

 彼らは殺気立っている。私の首を挙げて、手柄にしようと必死なのがマスク越しでも伝わってくる。

 普通なら、震え上がって命乞いをする場面だろう。

 けれど、私は優雅に――泥だらけのドレスの裾を摘み、カーテシー(膝を折る礼)をして見せた。

「ごきげんよう、皆様。随分と騒々しい来客ですこと」

「減らず口を……! 総員、確保せよ!!」

 先頭の隊長らしき男が、大剣を振りかざして地面を蹴った。

 その一歩目。

 金属のブーツが、スケさんが肋骨を削ってまで磨き上げた「鏡面エリア」に着地する。

 ツルッ。

「え?」

 間の抜けた声が響いた。

 摩擦係数が極限までゼロに近づけられた岩肌は、もはや氷結した湖面と同義だ。

 重装備の騎士が、勢いよく踏み込めばどうなるか。物理法則は残酷なまでに正直である。

 ズデェェェェン!!

「ぶべっ!?」

 隊長の体が空中で水平になり、そのまま背中から強打した。

 凄まじい衝撃音が洞窟内に木霊する。

『うぐぁっ!? い、痛い! 胃が! 俺の胃壁が!!』

 ダンくんの悲鳴が私の頭の中に響くが、無視だ。

 惨劇はそれだけでは終わらない。

 隊長の後ろに続いていた二人の騎士も、急停止しようとして――

「た、隊長!? うわっ、止まら――!?」

「ぬおぉぉぉぉ!?」

 ガシャーン! ガラガラガッシャーン!!

 まるでボウリングのピンのように、あるいはドミノ倒しのように。

 三人の騎士は絡まり合いながら転倒し、慣性の法則に従って、私の足元まで滑ってきた。

「……あらあら」

 私は扇子代わりの手袋で口元を隠し、冷ややかな視線を下ろす。

 目の前には、仰向けにひっくり返り、重い鎧のせいで亀のように起き上がれないエリート騎士たちの姿。

「く、くそっ……なんだこの床は!? 油か!? 魔法か!?」

「いいえ、ただの『清掃』ですわ」

 私が答えるのと同時に、闇の中から白い影が躍り出た。

 待機していたスケさんだ。

カツッ!!」

「ひぃっ!? 骸骨!?」

 スケさんは起き上がろうともがく騎士の顔面(兜)の前に、自分の頭蓋骨をゼロ距離まで近づけた。

「姿勢がなってないッス! 体幹がブレブレだから転ぶんでありますッス!」

「な、なんだこの魔物は……!?」

「スクワット一万回からやり直すッスか!? それともプロテイン飲んで出直すッスか!? 自分、軟弱なフォームを見ると骨が疼くんですがねぇッ!!」

 カチカチカチカチ!!

 スケさんは威嚇するように高速で歯を鳴らした。

 その音は、騎士たちにとって「死の宣告」に聞こえたに違いない。実際は「歯並びチェック」をしているだけなのだが。

『うわぁ、騎士の人たちドン引きしてるよ……。あ、ベアトリス、なんかDP入った』

「え?」

『ほら、ウィンドウ見てみて』

 私は空中に表示されたステータスを確認した。

 【DP獲得:+150】

 【内訳:屈辱(大)、困惑(特大)、恐怖(中)】

「……なるほど。『倒す』だけが能じゃないということね」

 私はニヤリと笑った。

 殺してしまえば、彼らが持っている「感情」はそこで終わる。

 けれど、生かして恐怖と恥辱を与えれば、彼らは極上の「養分」になるのだ。

「スケさん、止めなさい」

「サー・イエッサー! 指導終了ッス!」

 スケさんがビシッと敬礼して下がる。

 私は転がったままの騎士団長を見下ろし、持っていた短剣の切っ先を、その喉元の隙間に突きつけた。

「ひっ……!」

「今回は見逃して差し上げますわ。今のあなた達、泥だらけで見るに堪えませんもの」

 私はわざとらしく鼻をつまんだ。

「お帰りはあちらよ。二度と私の敷居を跨がないことね。……それとも」

 私は瞳を細め、ダンくんの「魔王ボイス(拡声機能)」を借りて囁いた。

『――このまま私の、永遠のコレクションになりたいのかしら?』

 洞窟全体が振動し、低い唸り声のような音が重なる。

 騎士たちの顔色が変わった(兜越しだが気配で分かる)。彼らのプライドは、滑って転んだ時点で粉砕されている。

「て、撤退だ! この魔女、ヤバすぎる!!」

「鎧が重くて立てない! 誰か手を貸せ!」

「ヒィィィ! 骨が! 骨が見てるぅぅ!!」

 騎士たちは這いつくばるようにして、あるいは互いに引っ張り合いながら、無様に「鏡面エリア」を逆走していった。

 出口付近でもう一度滑って転ぶ音が聞こえたのは、ご愛嬌だろう。

 ……静寂が戻る。

「……勝った、のよね?」

『勝ったね。ていうか、自滅だね』

「完全勝利ッス! 自分の清掃スキルが役に立って光栄ッス!」

 私は大きく息を吐き、へたり込みそうになる膝を叱咤して立ち続けた。

 勝った。

 あの近衛騎士団を、罠一つ(掃除しただけ)で撃退したのだ。

「……あら?」

 ふと、騎士たちが転がっていた場所を見ると、何かが落ちている。

 革袋だ。慌てて逃げるときに落としたのだろう。

 中を開けると、金貨が数枚と、予備のポーションが入っていた。

「……チャチャチャ、チャーン!」

『何その効果音』

鹵獲ろかく品のファンファーレよ。ダンくん、これもDPに換えられる?」

『お、いけるね。金貨は純度が高いから……全部で500DPくらいにはなるかな』

「500……!」

 さっきの精神攻撃で得た150DPと合わせれば、650DP。

 初期値の5ポイントから考えれば、大富豪だ。

 私の脳裏に、カタログにあった「あの商品」が浮かぶ。

「スケさん、直ちに『鏡面エリア』の血痕(鼻血)を掃除なさい! ダンくん、ショップを開いて!」

『へいへい。何買うの? まさか、また変な骨?』

 私は高らかに宣言した。

「決まっているでしょう! ――『最高級羽毛布団キングサイズ』よ!!」

『……えっ』

「まずは睡眠環境の改善! これが貴族の義務ですわ!」

『いや、罠買おうよ!? また敵来たらどうすんの!?』

「うるさい! 私が快適に眠れないダンジョンなんて、存在価値ゼロよ!」

 こうして、初の防衛戦の報酬は、すべて私の寝具へと消えた。

 呆れるダンくんと、なぜか「寝具の設置もトレーニングッス!」と張り切るスケさんを尻目に、私は確信した。

 この生活、意外と悪くないかもしれない、と。

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