第3話 騎士団、鏡面仕上げの床で舞う
「いたぞ! 魔女ベアトリスだ!」
「抵抗するな! 直ちに投降せよ!」
洞窟の入り口から、三人の重装騎士が雪崩れ込んできた。
王国自慢の近衛騎士団。全身を覆うのは、魔法耐性を高めたミスリルのフルプレートアーマー。一式で小さな村が買えるほどの高級品だ。
彼らは殺気立っている。私の首を挙げて、手柄にしようと必死なのがマスク越しでも伝わってくる。
普通なら、震え上がって命乞いをする場面だろう。
けれど、私は優雅に――泥だらけのドレスの裾を摘み、カーテシー(膝を折る礼)をして見せた。
「ごきげんよう、皆様。随分と騒々しい来客ですこと」
「減らず口を……! 総員、確保せよ!!」
先頭の隊長らしき男が、大剣を振りかざして地面を蹴った。
その一歩目。
金属のブーツが、スケさんが肋骨を削ってまで磨き上げた「鏡面エリア」に着地する。
ツルッ。
「え?」
間の抜けた声が響いた。
摩擦係数が極限までゼロに近づけられた岩肌は、もはや氷結した湖面と同義だ。
重装備の騎士が、勢いよく踏み込めばどうなるか。物理法則は残酷なまでに正直である。
ズデェェェェン!!
「ぶべっ!?」
隊長の体が空中で水平になり、そのまま背中から強打した。
凄まじい衝撃音が洞窟内に木霊する。
『うぐぁっ!? い、痛い! 胃が! 俺の胃壁が!!』
ダンくんの悲鳴が私の頭の中に響くが、無視だ。
惨劇はそれだけでは終わらない。
隊長の後ろに続いていた二人の騎士も、急停止しようとして――
「た、隊長!? うわっ、止まら――!?」
「ぬおぉぉぉぉ!?」
ガシャーン! ガラガラガッシャーン!!
まるでボウリングのピンのように、あるいはドミノ倒しのように。
三人の騎士は絡まり合いながら転倒し、慣性の法則に従って、私の足元まで滑ってきた。
「……あらあら」
私は扇子代わりの手袋で口元を隠し、冷ややかな視線を下ろす。
目の前には、仰向けにひっくり返り、重い鎧のせいで亀のように起き上がれないエリート騎士たちの姿。
「く、くそっ……なんだこの床は!? 油か!? 魔法か!?」
「いいえ、ただの『清掃』ですわ」
私が答えるのと同時に、闇の中から白い影が躍り出た。
待機していたスケさんだ。
「喝ッ!!」
「ひぃっ!? 骸骨!?」
スケさんは起き上がろうともがく騎士の顔面(兜)の前に、自分の頭蓋骨をゼロ距離まで近づけた。
「姿勢がなってないッス! 体幹がブレブレだから転ぶんでありますッス!」
「な、なんだこの魔物は……!?」
「スクワット一万回からやり直すッスか!? それともプロテイン飲んで出直すッスか!? 自分、軟弱なフォームを見ると骨が疼くんですがねぇッ!!」
カチカチカチカチ!!
スケさんは威嚇するように高速で歯を鳴らした。
その音は、騎士たちにとって「死の宣告」に聞こえたに違いない。実際は「歯並びチェック」をしているだけなのだが。
『うわぁ、騎士の人たちドン引きしてるよ……。あ、ベアトリス、なんかDP入った』
「え?」
『ほら、ウィンドウ見てみて』
私は空中に表示されたステータスを確認した。
【DP獲得:+150】
【内訳:屈辱(大)、困惑(特大)、恐怖(中)】
「……なるほど。『倒す』だけが能じゃないということね」
私はニヤリと笑った。
殺してしまえば、彼らが持っている「感情」はそこで終わる。
けれど、生かして恐怖と恥辱を与えれば、彼らは極上の「養分」になるのだ。
「スケさん、止めなさい」
「サー・イエッサー! 指導終了ッス!」
スケさんがビシッと敬礼して下がる。
私は転がったままの騎士団長を見下ろし、持っていた短剣の切っ先を、その喉元の隙間に突きつけた。
「ひっ……!」
「今回は見逃して差し上げますわ。今のあなた達、泥だらけで見るに堪えませんもの」
私はわざとらしく鼻をつまんだ。
「お帰りはあちらよ。二度と私の敷居を跨がないことね。……それとも」
私は瞳を細め、ダンくんの「魔王ボイス(拡声機能)」を借りて囁いた。
『――このまま私の、永遠の礎になりたいのかしら?』
洞窟全体が振動し、低い唸り声のような音が重なる。
騎士たちの顔色が変わった(兜越しだが気配で分かる)。彼らのプライドは、滑って転んだ時点で粉砕されている。
「て、撤退だ! この魔女、ヤバすぎる!!」
「鎧が重くて立てない! 誰か手を貸せ!」
「ヒィィィ! 骨が! 骨が見てるぅぅ!!」
騎士たちは這いつくばるようにして、あるいは互いに引っ張り合いながら、無様に「鏡面エリア」を逆走していった。
出口付近でもう一度滑って転ぶ音が聞こえたのは、ご愛嬌だろう。
……静寂が戻る。
「……勝った、のよね?」
『勝ったね。ていうか、自滅だね』
「完全勝利ッス! 自分の清掃スキルが役に立って光栄ッス!」
私は大きく息を吐き、へたり込みそうになる膝を叱咤して立ち続けた。
勝った。
あの近衛騎士団を、罠一つ(掃除しただけ)で撃退したのだ。
「……あら?」
ふと、騎士たちが転がっていた場所を見ると、何かが落ちている。
革袋だ。慌てて逃げるときに落としたのだろう。
中を開けると、金貨が数枚と、予備のポーションが入っていた。
「……チャチャチャ、チャーン!」
『何その効果音』
「鹵獲品のファンファーレよ。ダンくん、これもDPに換えられる?」
『お、いけるね。金貨は純度が高いから……全部で500DPくらいにはなるかな』
「500……!」
さっきの精神攻撃で得た150DPと合わせれば、650DP。
初期値の5ポイントから考えれば、大富豪だ。
私の脳裏に、カタログにあった「あの商品」が浮かぶ。
「スケさん、直ちに『鏡面エリア』の血痕(鼻血)を掃除なさい! ダンくん、ショップを開いて!」
『へいへい。何買うの? まさか、また変な骨?』
私は高らかに宣言した。
「決まっているでしょう! ――『最高級羽毛布団』よ!!」
『……えっ』
「まずは睡眠環境の改善! これが貴族の義務ですわ!」
『いや、罠買おうよ!? また敵来たらどうすんの!?』
「うるさい! 私が快適に眠れないダンジョンなんて、存在価値ゼロよ!」
こうして、初の防衛戦の報酬は、すべて私の寝具へと消えた。
呆れるダンくんと、なぜか「寝具の設置もトレーニングッス!」と張り切るスケさんを尻目に、私は確信した。
この生活、意外と悪くないかもしれない、と。
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