第7話 湯気に誘われて、尖った耳のお客様(カモ)が来ましたわ
「はぁ……。お肌がプルプルですわ」
私は、湯上がりの火照った体を、ダンくんが(無理やり)生成した「涼しい風」で冷ましていた。
ボロボロだったドレスも、スケさんが「超高速手洗い(摩擦で汚れを消滅させる技)」で洗濯してくれたおかげで、それなりに見られる状態に戻っている。
『満足した? 満足したなら、そろそろ俺の急所(温泉)を塞いでくれない? ずっと熱い尿意みたいなのが止まらないんだけど』
「ダメよ。これは今や、わが家の大切なインフラなんですもの」
『インフラってレベルじゃないよ、俺のアイデンティティ崩壊してるよ……』
そんなダンくんの泣き言を、入り口から漂ってきた「ある匂い」がかき消した。
それは、外の世界の……森の香りと、わずかな「魔力」の揺らぎ。
『……お。ベアトリス、今度こそ本物の「冒険者」だ。しかも一人、かなり上等なやつが来てるぞ』
「あら。騎士団の次は、おバカな冒険者かしら?」
「マスター! 自分、おもてなしの準備(関節技の予習)をしてくるッス!!」
「待ちなさいスケさん。相手をよく見て。……あの歩き方、かなり警戒しているわね」
私は通路の影に隠れ、侵入者を観察した。
現れたのは、淡い緑の旅装束に身を包んだ、線の細い人物。
何より目を引くのは、その長く尖った耳と、透き通るような白い肌。
「エルフ……? しかも、かなり高位の精霊使いね」
『ああ、間違いない。エルフの森の聖守護者クラスだ。あいつら鼻が良いから、この温泉の硫黄の匂いを「魔力の異常」と勘違いして調査しに来たんだな』
そのエルフの女性は、弓を構えながら、慎重に「鏡面エリア(第3話で騎士が滑った場所)」の手前で立ち止まった。
「……汚らわしい。この洞窟から、おぞましい『熱の淀み』を感じるわ。まさか禁忌の魔術儀式でも行われているの?」
彼女の鼻が、ヒクヒクと動く。
次の瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれた。
「……っ!? この匂い……ただの魔力じゃない。これは……大地の精霊がもたらす『至高の癒やし(温泉)』の香り!? バカな、こんな穢れた穴蔵に、聖なる泉が存在するはずが……」
エルフ。彼らは潔癖で、美しいものを愛する種族だ。
そして何より、彼らの住む「森」にはお湯を沸かす習慣があまりない。
「……いいわ。ダンくん、スケさん。作戦開始よ。今回は『武力』ではなく『誘惑』で落としますわ」
『誘惑って、あんた……。ま、いいや。俺の「喉」を少しだけ広げて、湯気をあいつの方に送るよ』
「自分、湯上がりの牛乳的なポジションで待機するッス!!」
エルフの女性が、恐る恐る一歩を踏み出した。
その瞬間、ダンくんが意図的に発生させた「極上の温かいミスト」が彼女を包み込む。
「……あぅ……っ!?」
エルフの足が止まった。
彼女の全身が、かつて感じたことのない心地よい熱気に包まれ、旅の疲れが急速に解けていく感覚。
「何……これ……。温かくて、全身の毛穴が開いていくような……。汚らわしいと思っていたのに、抗えない……」
「あら。道に迷われたのかしら、森の賢者様?」
私は、わざとらしく優雅に、暗闇の中から姿を現した。
背後には、湯気を背景に後光(?)を背負ったスケさんが、洗面器(木の桶)を持って直立不動で立っている。
「なっ、人間!? 貴女がこの儀式の主か!?」
「儀式だなんて人聞きが悪いですわ。ここはただの『会員制プライベート・スパ』。……貴女、かなりお疲れのようね。肌がカサカサですわよ?」
「カ、カサカサ!? 失礼な、エルフの肌は常に――」
「嘘はおっしゃいな。その隈、その髪の毛先のパサつき……。森の生活は過酷ですものね。どうかしら、今なら『初回体験コース』が無料ですわよ?」
私は、温泉から立ち上る湯気を手で仰ぎ、彼女の方へ送った。
エルフの女性は、弓を握る力が目に見えて弱まり、その視線は奥でコンコンと湧き出る源泉に釘付けになっていた。
「し、しかし、私は調査を……。不浄な人間の施設に……」
「……お湯の温度は42度。美肌効果のある硫黄分をたっぷり含んだ、大地の恵み。……そこらの精霊魔法より、ずっと効くわよ?」
ゴクッ、とエルフの喉が鳴った。
「……じ、一時間だけ。一時間だけ、調査のためにその泉を確認してあげるわ!」
「ええ、ええ、ごゆっくり。スケさん、お客様をご案内して」
「サー・イエッサー!! こちら、露天風呂(洞窟内)へご案内ッス!! 石鹸は別料金ッス!!」
数分後。
洞窟の奥から、エルフの女性の「ふあぁぁぁ〜……っ」という、およそ聖守護者とは思えない、とろけきった声が響いてきた。
『……ねえ、ベアトリス。今、DPがすごい勢いで入ってきてるんだけど』
「でしょうね」
ウィンドウを確認すると、そこには見たこともないメッセージが流れていた。
【DP獲得:+500】
【内訳:極上の悦楽(特大)、理性の崩壊(中)、堕落への一歩(小)】
「ふふふ……。暴力で奪うのは三流。欲求を満たして依存させるのが、一流の経営ですわ」
『あんた、本当は没落令嬢じゃなくて、前世は悪徳商会か何かだったんじゃないの?』
私は、温泉の温もりで完全に腑抜けたエルフの声を肴に、次の「サービスプラン」の構築を始めた。
ターゲットは決まった。
次は、このエルフに「入浴後の冷えた果実水(有料)」を売りつけて、さらにポイントを搾り取ってやるわ!
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