第68話 卒業証書は「メタルスライム」の背中に。逃げるな、掴み取れ。
【場所:私立ダンジョン学園 体育館(窓ガラス全強化済み)】
【日時:3月 卒業式当日】
『仰げば〜尊し〜……我が師の〜筋肉〜♪』
厳かな(?)校歌斉唱が終わり、体育館は静寂に包まれた。
新品のスーツやローブに身を包んだ卒業生たちが、緊張した面持ちで整列している。
その体格は入学時とは比べ物にならないほど逞しく、殺気すら漂っていた。
「……卒業生、総員起立」
田中教頭が進行を務める。
私は、壇上でマイクを握った。
「皆さん。ご卒業おめでとうございます。この一年、よくぞ生き残りました」
私の言葉に、数名の生徒が「うっ……」と涙ぐむ。
地獄のスクワット、魔物との給食争奪戦、エルフの森でのサバイバル……走馬灯のように蘇る記憶。
「さて、いよいよ『卒業証書授与』ですが――」
私は、壇上のテーブルに置かれた箱を開けた。
――空っぽだ。
「……あれ? ない?」
「ざわっ……!?」
生徒たちが動揺する。
私はニッコリと笑い、パチンと指を鳴らした。
「教頭。……『放ち』なさい」
キュイィィィン!!
体育館の扉が一斉に開き、銀色の光の塊が大量に飛び込んできた。
『ピキィッ!(逃げろォ!)』
『ピキピキッ!(経験値はやらん!)』
それは、液体金属でできた流線型の魔物。
メタルスライムだ。
しかも、背中に「赤いリボンで結ばれた筒(卒業証書)」がガムテープで貼り付けられている。
「……は?」
「な、なんだあれ!?」
呆然とする生徒たちに、私は非情な宣告を下した。
「卒業証書は、彼らの背中にありますわ。制限時間は1時間。……捕まえて剥ぎ取った者だけが、この学園を卒業(脱出)できます」
ゴングが鳴った。
『Start(開始)!!』
「「「ふざけんなァァァ!!」」」
生徒たちが一斉に飛び出した。
しかし、相手は「逃げ足」に関しては世界最速のメタルスライムだ。
しかも、今回は特別仕様だった。
「もらったァ!」
オークのボブが、腕を伸ばしてスライムを掴もうとする。
シュバッ!!
スライムは、あり得ない角度で急加速し、ボブの股下をくぐり抜けた。
その動きは、まるで摩擦係数ゼロのパックのようだ。
「は、速い!? 残像が見えるぞ!」
「くそっ! 魔法で動きを止めるわ! 『バインド・ウェッブ(蜘蛛の巣)』!」
魔女族の女子生徒が魔法を放つ。
だが、スライムの体表面は鏡のようにツルツルしており、魔法を全て弾き返した。
カンッ! カンッ!
跳弾した魔法が、天井の照明を破壊する。
「魔法耐性まで完備!? クルミ先生の改造かよ!」
「甘いわね。……彼らのボディは、特製の『対魔力コーティング』済みよ」
放送室でクルミが不敵に笑っているのが聞こえた。
開始から30分。
体育館はカオスと化していた。
「どけぇぇ! そいつは俺の証書だァ!」
「名前なんて書いてないでしょ! 早い者勝ちなのよ!」
生徒同士の衝突事故も多発している。
スライムたちは、壁を走り、天井を這い回り、生徒たちを翻弄する。
「……情けない! それで我が校の卒業生かァァァ!」
見かねたレオニダスが、ジャージを脱ぎ捨てて乱入した。
「筋肉は裏切らない! だが、筋肉は『賢く』使わねばならん!」
「先生! どうすればいいんですか!」
「個の力で勝てぬなら、群れ(パーティ)で狩るのだ! 思い出せ、修学旅行の夜を!」
レオニダスの檄が飛ぶ。
ハッとする生徒たち。
そうだ。彼らは「個」ではない。「ダンジョン学園」という一つのチームなのだ。
「……おい、ボブ! お前が壁になれ!」
「おうよ! 魔女のリサ、お前が誘導しろ!」
「わかったわ! ゴブリン隊、足元を封じて!」
生徒たちの目の色が変わった。
無闇に追いかけるのをやめ、組織的な「包囲網」を敷き始めたのだ。
「いっせーの……せっ!」
ドンッ!!
オークたちが一列に並び、巨大な「肉の壁」を作ってスライムの退路を断つ。
スライムが壁を避けて跳躍した瞬間――。
「そこよ! 『グラビティ・ネット(重力網)』!」
魔女たちが連携魔法を発動。
空中でスライムの機動力が落ちる。
「今だァァァ! 剥ぎ取れェェェ!」
待ち構えていた身軽なゴブリンや人間たちが、空中のスライムに飛びつき、背中の筒をもぎ取った。
スポッ!
スポポンッ!
「と、取ったぞォォォ!」
「卒業だァァァ!!」
一人が成功すると、次々と連携が決まり始めた。
狩る者と狩られる者の立場が逆転したのだ。
残り時間5分。
ほとんどの生徒が証書を手にする中、最後の一匹だけが逃げ回っていた。
それは、通常の3倍の大きさを持つ「キング・メタルスライム」だった。
その背中には、金色の筒――「首席卒業証書」が輝いている。
「あれを取った奴が首席だ!」
「狙えェェェ!」
全生徒がキングに向かって殺到する。
しかし、キングは速すぎる。
壁を蹴り、シャンデリアに飛び移り、嘲笑うかのように逃げる。
「くそっ……届かない!」
その時。
一人の小柄な人間の少年――かつていじめられっ子だった彼が、ボブの肩に飛び乗った。
「ボブ! 投げてくれ!」
「任せろ相棒! 行ってこい!」
ブンッ!!
オークの剛腕が、少年を砲弾のように射出した。
「うおおおおッ! 『ロケット・ダイブ』ッ!!」
少年は空中で体をひねり、シャンデリアの上のキング・メタルスライムへと特攻した。
スライムが避けようとするが、少年は諦めない。
学園で培った「根性」で、指先を伸ばす!
バシィッ!!
少年の指が、金色の筒を掴んだ。
そのまま勢いで、彼はスライムごと床に落下――して、綺麗に受け身をとった。
「……と、取った……」
「「「ウオオオオオオオオッ!!!」」」
地鳴りのような歓声が体育館を揺らした。
ボロボロになった制服。
息を切らした生徒たち。
しかし、全員の手には、しっかりと「卒業証書」が握られていた。
「……合格ですわ。全員、見事でした」
私が拍手を送ると、生徒たちは互いに肩を叩き合い、涙を流した。
「ありがとう先生! この学校で学んだこと、一生忘れないよ!」
「壁は壊すもの! 敵は物理で殴るもの!」
「……教育方針が偏ってますが、まあいいでしょう」
私は苦笑した。
彼らはもう、どこに出しても恥ずかしくない(むしろ恥ずかしいくらい強い)戦士たちだ。
「さあ、行きなさい! 貴方たちの戦場(職場)へ!」
バンッ!!
体育館の扉が開け放たれた。
生徒たちは、夕日に向かって駆け出して行った。
その後ろ姿を見送りながら、レオニダスが号泣して鼻をかんだ。
「うぅぅ……立派になったなぁ……! 最初はスクワット10回で倒れていたのに……!」
「……先生、鼻水汚いですわよ」
こうして、記念すべき第一期生のダンジョン学園卒業式は終了した。
体育館の修理費(スライムの激突痕と魔法の焦げ跡)は莫大だったが、彼らが将来稼ぎ出す「上納金」を考えれば、安い投資だった……はずだ。
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