第61話 実家からの手紙。妹は「お花畑」の幻覚を見ています。
【場所:ダンジョン・シティ 管理棟(コタツ完備)】
【日時:11月下旬 初雪】
「……寒いですわ」
私は、田中さんが開発した魔導暖房器具『コタツ(魔力式)』に下半身を突っ込み、ミカンの皮を剥いていた。
外は吹雪。しかし、ダンジョン・シティは地下からの地熱と結界のおかげで、一年中快適な温度に保たれている……はずなのだが、気分の問題だ。
「オーナー。王都から『急使』が来ましたよ。しかも、超高級な馬車です」
田中さんが、分厚い封筒を持ってきた。
封蝋には、見覚えのある紋章――「薔薇と剣」。
私の実家、ローズブレイド公爵家の紋章だ。
「……チッ(舌打ち)。今さら何の用ですの」
「舌打ちしないでくださいよ、元令嬢。……手紙の内容は?」
私が開封すると、中からバラの香水がキツすぎるほど匂い立った。
内容は慇懃無礼な挨拶と、そして――。
『我が家の恥さらし、ベアトリスへ。貴様が占拠しているダンジョンに、次女のリリィを「親善大使(という名の監視役)」として派遣する。なお、ダンジョンの所有権は、リリィの夫となる「ダンジョン・マスター」に譲渡するものとする』
「……ハッ。相変わらず強欲な古狸どもですわ」
私は手紙を丸めて、コタツの中(熱源は火の精霊)に放り込んだ。
「『ダンジョン・マスター』と結婚? ……あいつら、まだここの主が『人間』だと思っているようですわね」
その時。
パララララッパ〜♪
街の入り口で、無駄に豪華なファンファーレが鳴り響いた。
ゲートの前には、ピンク色に塗装された馬車と、大量の護衛騎士たちが整列していた。
馬車の扉が開くと、そこから綿菓子のようなピンク髪の少女が降り立った。
「ああっ! ここが噂の『黄金の迷宮』ね! 空気が美味しいわ(※工場排煙で少し煙い)」
少女は、私の姿を見つけると、両手を広げて駆け寄ってきた。
「お姉様ぁ〜っ! 会いたかったですわぁ〜っ!」
リリィ・ローズブレイド。私の腹違いの妹だ。
彼女の周りには、常に『キラキラした何か(幻覚魔法)』が舞っている。
「……久しぶりね、リリィ。相変わらず頭の中がお花畑なようで安心したわ」
「ひどいっ! リリィは純粋にお姉様を心配して……うっ、うっ(嘘泣き)」
リリィはハンカチで目元を押さえながら、チラリと周囲を見回した。
「ところでぇ〜。リリィの『旦那様』になる予定の、ダンジョン・マスター様はどこですの? きっと素敵な、漆黒のローブを纏った美青年なんでしょうね……キャッ!」
彼女の妄想が爆発している。
私は、無言で横を指差した。
「……紹介するわ。彼がここの主、ダンジョン・コアのダンくんよ」
そこには、コタツから出るために根っこをウネウネさせている、『巨大な丸太(顔つき)』がいた。
『……ん? お客さん? ……なんか、香水の匂いがキツイね。防虫剤?』
「…………」
リリィの笑顔が凍りついた。
キラキラエフェクトが、パリンと音を立てて砕け散る。
「……木? ……丸太? ……これが、旦那様?」
「ええ。貴女の嫁ぎ先よ。おめでとう。これからは毎日、水やりと剪定が貴女の仕事よ」
「嫌ぁぁぁぁぁっ!! 嘘よ! こんなの詐欺よ! お父様に言いつけてやるぅぅ!」
リリィが地団駄を踏んだ。
化けの皮が剥がれるのが早すぎる。
「……ふん。やっぱりね」
リリィは表情を一変させた。可憐な瞳が、ドス黒い光を帯びる。
「……ちっ。ハズレくじかよ。まあいいわ。とりあえず、この街の『経理』と『人事権』をよこしなさい。私が管理してあげるから」
あ、キャラ変わった。
これこそが彼女の本性。天使の顔をした、強欲な計算高い女だ。
「お断りよ。ここは私の城。働かざる者、食うべからずですわ」
「はぁ? 公爵令嬢に働けって? 何をさせる気?」
私は扇子で、街の一角にある「お客様相談センター(苦情窓口)」を指差した。
「あそこが貴女の職場よ。……最近、モンスターのお客が増えて、クレーム処理が追いつかないの」
「は? 私が受付嬢?」
「嫌ならお帰りなさい。ただし、帰りの馬車の燃料(魔石)は没収済みよ」
数分後。
リリィは、制服(地味な事務服)を着せられ、カウンターに座らされていた。
「信じられない……。この私が、こんな……」
バンッ!!
カウンターを叩き、最初の客が現れた。
全身がヘドロでできたマッド・ゴーレムだ。
「オイ! 姉ちゃん! こないだ買った『泥パック』、肌に合わねぇぞ! 泥が乾いちまったじゃねぇか!」
「ヒッ……! 汚い! 近寄らないでよ泥人形!」
リリィが悲鳴を上げる。
しかし、ゴーレムは止まらない。
「あぁん!? 客に向かってなんだその口は! 店長呼べオラァ!」
「い、いやぁぁぁ! 臭い! ぬるぬるするぅぅ!」
次は、首なし騎士だ。
自分の首をカウンターにドン! と置いた。
「おい。この兜、サイズが合わん。俺の頭蓋骨を締め付けるんだが」
「ギャァァァッ! 生首! 生首が喋ったぁぁ!」
リリィは泡を吹いて気絶寸前だ。
それを後ろで見守るガルドス(教育係)が、冷ややかにメモを取る。
「……接客態度、0点。笑顔なし。貴族としての余裕なし。……まだまだですね」
「うっ、うるさいわね元団長! ……なによこれ、地獄じゃない!」
その夜。
ボロ雑巾のようになったリリィが、私の執務室に這いずってきた。
「……お姉様。……殺す気?」
「あら、生きてたの。意外と根性あるじゃない」
私はミカンを一つ放り投げた。
彼女はそれを空中でキャッチし、皮ごと齧り付いた。空腹だったらしい。
「……覚えてなさいよ。私がこの街を乗っ取って、お姉様を地下牢にぶち込んでやるんだから」
「ふふ。楽しみにしてるわ。……でも、明日のシフトは早番よ? 遅刻したら減給だからね」
「鬼ィィィ!!」
リリィの叫びが夜のダンジョンにこだまする。
「……オーナー。あの子、採用するんですか?」
「ええ、田中さん。性格は最悪ですけど、計算は速いし、何より『金への執着』は私譲りですもの。鍛えれば良い戦力になりますわ」
こうして、私の可愛くない妹が従業員リストに加わった。
彼女が「最強のクレーム処理係(毒舌で客を黙らせる)」として覚醒するのは、もう少し先の話だ。
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