第60話 借り物競走は「略奪」と読みます。街が壊れる音がする。
【場所:ダンジョン・シティ 第1多目的グラウンド(元・荒野)】
【日時:10月中旬 秋晴れ】
『赤勝て! 白勝て! どっちも潰せェェェ!!』
実況席のスケさんが絶叫し、ドワーフと魔女たちの歓声が地響きのように轟く。
今日は記念すべき第一回・大運動会。
街の住人は、「紅組(肉体労働派)」と「白組(魔法・頭脳派)」に分かれ、血で血を洗うスポーツ(戦争)を繰り広げていた。
「……平和ですわね(棒読み)」
私は貴賓席で、優雅に紅茶を啜った。
目の前のグラウンドでは、棒倒しでオークが吹き飛び、騎馬戦で魔女が爆撃を行っている。
「オーナー。賭けの倍率は、今のところ紅組が優勢です」
田中さんが、集まった賭け金(テラ銭)を計算しながら報告する。
「ですが、次の最終種目で逆転もあり得ますよ」
「ええ。メインイベントですものね」
私は扇子を開き、グラウンドの中央を見た。
そこには、各チームの代表選手が並んでいた。
紅組代表:レオニダス(勇者)
白組代表:ヴァネス(魔王)
因縁の対決だ。
そして、二人の前には「お題カード」が入った巨大な箱が置かれている。
『さあ! 最終種目「借り物競走」のスタートですッス!』
パンッ!!(スターターのガルドスが号砲を撃つ)
砂煙を上げて二人が飛び出した。
「うおおおおッ! 俺の筋肉が! ハムストリングスが唸りを上げている!」
レオニダスが箱に飛び込み、一枚のカードを引き抜いた。
彼はその内容を読み上げ――ニヤリと笑った。
「……ふっ。簡単だ。今の俺なら、どんな重いものでも運べる!」
彼が引いたカードには、こう書かれていた。
『 お 題 : ド ラ ゴ ン の 逆 鱗 (げきりん) 』
「……は?」
貴賓席で焼き鳥を食べていた大家のグランが、ピタリと動きを止めた。
「逆鱗……? つまり、ドラゴンの喉元にある、絶対に触れてはいけない急所のことか?」
「そうですわね。触れればドラゴンの怒りを買い、国が滅ぶと言われていますわ」
私が解説している間に、レオニダスの目が、ギラリとグランをロックオンした。
「見つけたぞォォォ! 借り物ォォォ!!」
「……おい。よせ。来るな」
グランが焼き鳥の串を落とす。
しかし、勇者は止まらない。
「すまん大家! チームの勝利のためだ! その喉元の鱗、ちょっと借りるぞオオオ!!」
ドガァァァァン!!
レオニダスが、貴賓席に突っ込んできた。
彼は躊躇なく、グランの首元に手を伸ばす。
「貴様ァァァ! 礼儀を知らんのかァァァ!!」
ブオオオオオオッ!!
激怒したグランが、本能的に「極大ブレス」を吐き出した。
至近距離での直撃。
普通の人間なら蒸発する。
しかし――。
「ぬんッ!! (マッスルガード)」
レオニダスは、炎の中で仁王立ちしていた。
「熱い! だが、サウナと思えば心地よい! ……いただいたァァァ!」
ブチィッ!!
レオニダスは、グランの喉元から、直径1メートルはある巨大な鱗を無理やり引っこ抜いた。
「ギャァァァァァ!? 痛い! ボクの鱗がァァァ!!」
「借りたぞォォォ! ゴールへダッシュだァァァ!」
レオニダスは、血の滴る逆鱗を小脇に抱え、猛スピードで街を駆け抜けた。
その衝撃波で、沿道の屋台が吹き飛び、建設中のビルにヒビが入る。
「あああっ! 私の街が! 修理費が!」
一方、白組のヴァネスもカードを引いていた。
「……ふむ。これはまた、抽象的なお題じゃな」
彼女のカードには、ピノの達筆な文字でこう書かれていた。
『 お 題 : この街で一番大切なもの 』
「一番大切なもの……? 金か? いや、もっと重いもの……」
ヴァネスは、赤い瞳を巡らせた。
そして、その視線が――私の隣に立っていたダンくん(3m木製ゴーレム)に止まった。
「……そうか。この街の心臓。すなわち、貴様じゃな!」
『えっ? 俺? また?』
ダンくんが嫌な予感に身震いする。
「借りるぞ、木偶人形! 貴様をゴールに叩き込めば優勝じゃ!」
ヴァネスが宙に浮き上がり、重力魔法を発動した。
「グラビティ・プレス(捕獲)!!」
ズシッ!
ダンくんの体が浮き上がった。
『わぁぁぁ! 浮いた! 怖い! 高い所怖い!』
「待ちなさいヴァネス様! 旦那様は『物』ではありませんわ! 私のパートナーです!」
私が止めに入ろうとすると、ヴァネスはニヤリと笑った。
「なら、貴様もろとも運んでやるわ! 『一番大切なもの(オーナーとその夫)』、セットで借りるぞ!」
ヒュンッ!!
私とダンくんは、魔力で拘束され、空中に引っ張り上げられた。
「キャアアアア! 離しなさい! 髪が乱れますわ!」
『ベアトリス! スカート押さえて!』
魔王は、私たち二人(総重量およそ数トン※主にダンくん)を風船のように引きずりながら、ゴールへ向かって爆走した。
ゴールテープの前。
右からは、ドラゴンの逆鱗を抱えた筋肉ダルマ(レオニダス)。
左からは、オーナー夫婦を拉致した魔王。
さらに、背後からは――。
「返せぇぇぇぇ! ボクの鱗ィィィィ!!」
ブチ切れて本来の姿(巨竜)に戻ったグランが、炎を吐きながら追いかけてくる。
「ヒャッハー! 祭りだァ! 花火を上げろォォ!」
興奮した魔女ルビィたちが、コース上に爆裂魔法を撃ちまくる。
「壁を作るッス! ゴールを守るッス!」
スケさん率いる警備隊が盾を構えるが、レオニダスのタックルでボウリングのピンのように弾き飛ばされる。
カオス。
これぞ、ダンジョン・シティの日常。
「そこだァァァ! ゴォォォル!!」
「もらったァァァ!」
レオニダスとヴァネスが、同時にゴールテープに突っ込んだ。
ドガァァァァァァァン!!!!!
凄まじい衝撃音と共に、ゴール地点(本部テント)が消滅した。
砂煙が晴れると、そこにはクレーターができていた。
中心で伸びているレオニダスとヴァネス。
そして、瓦礫の中で無傷(世界樹ボディのおかげ)のダンくんと、彼に守られて髪がボサボサになった私。
「……判定は?」
ボロボロになったスケさんが、審判旗を上げた。
「……えーと。レオニダス選手、お題『ドラゴンの逆鱗』……現物確認、ヨシ!」
「ヴァネス選手、お題『一番大切なもの』……ダンジョン・コアとオーナーを確認、ヨシ!」
スケさんは、困ったように頭蓋骨を掻いた。
「……同着ッス! 引き分けッス!」
ブーイングと歓声が同時に巻き起こる。
しかし、私は立ち上がり、服の埃を払った。
「……引き分け、ですって?」
私は、壊滅したグラウンドと、半壊した貴賓席、そして逃げ惑う観客(という名の賭けに参加したカモたち)を見渡した。
「つまり、賭け金は『胴元総取り(没収)』ということでよろしいですわね?」
チャリンッ!!
本日一番の音が、私の脳内で鳴り響いた。
「修理費を差し引いても……黒字ですわ!」
私は、煤だらけの顔で、太陽のような笑顔を見せた。
ダンくんが、呆れたように呟く。
『……この街、いつか滅びるんじゃないかな』
「何をおっしゃいますの。破壊と再生こそが、経済を回すのですわ!」
こうして、第一回ダンジョン大運動会は、街の一部崩壊という犠牲を払いながらも、大盛況(?)のうちに幕を閉じた。
後日、グランの逆鱗は「最高級の盾」として加工され、高値で売却された。(本人は新しい鱗が生えるまで首にマフラーを巻いて拗ねていた)。
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