第59話 地下リゾート開発。人魚の歌声は「演歌」のド迫力でした。
【場所:ダンジョン地下4階層 巨大地下湖(開発中)】
【日時:7月上旬 猛暑】
「……暑いですわ」
私は、氷嚢を頭に乗せて呻いた。
地上のダンジョン・シティは、魔女工場の排熱と夏の日差しでサウナ状態。
これでは、客の財布の紐が緩む前に、客自身が溶けてしまう。
「田中さん。……水です。冷たくて、広くて、優雅な『水辺』が必要ですわ」
「……でしょうね。予想してましたよ」
田中さんが、汗だくで図面を広げた。
「地下4階層の巨大水脈。ここを拡張して『ナイトプール』を作りましょう。……王都のパリピ(貴族)たちを呼び込む、最高の映えスポットです」
「採用! すぐに取り掛かりなさい!」
地下湖は広大だが、真っ暗で不気味だ。これではリゾートにならない。
「ピノ様。ここを『幻想的な空間』にしなさい」
「……ん。了解」
水着(スクール水着)に着替えたピノが、湖畔に胞子をばら撒いた。
「……『ネオン発光苔』」
ボワァァァァン……!
暗闇が一変した。
壁や天井に張り付いた苔が、青、ピンク、紫と、毒々しくも美しい光を放ち始める。
水面が七色に輝き、まるで異空間のナイトクラブだ。
「目がチカチカしますけど……まあ、若者にはウケるでしょう」
次は水温だ。地下水は冷たすぎる。
「グラン(大家)! 貴方はあっちのエリアを温めなさい!」
「……我輩はドラゴンの王だぞ? なぜ給湯器の真似事を……」
「家賃半年分、チャラにしますわよ?」
「『極熱ブレス(追い焚きモード)』ッ!!」
ボコボコボコッ!
湖の一角が、あっという間に適温の「温泉エリア」になった。
最後に、ダンくんが、自身の根を張り巡らせて「ウォータースライダー」を形成する。
『……俺の根っこ、滑り台にされるの? くすぐったいんだけど』
「我慢なさい。貴方の樹液で滑りも抜群ですわ」
こうして、地下帝国に巨大なレジャー施設『アンダー・グラウンド・ラグーン』が完成した。
オープン初日。
予想通り、涼を求めて多くの客が詰めかけた。
七色の光の中、カクテル(ポーション割り)を片手に浮かれる貴族たち。雰囲気は最高だ。
「さて。本日のメインイベントですわ」
私は、水辺に設置したステージを指差した。
「この地下湖には、古くから『人魚』が住んでいるそうです。彼女たちをゲストとして招待しました」
「へぇ! 人魚の歌声といえば、船乗りを惑わすほどの美声ですよね!」
田中さんが期待に目を輝かせる。
客たちもざわめき出した。「可愛い人魚ちゃんか!」「アイドルコンサートだな!」
ザバァッ!!
水しぶきと共に、ステージに三匹の人魚が飛び乗った。
……ん?
鱗は美しい。顔も……まあ、美人だ。
しかし、彼女たちの纏うオーラが、どこか「重い」。
そして、なぜか手には一升瓶を持ち、着物を着崩したような姿をしている。
「……あー、テステス。……マイク、入ってる?」
ハスキーな声。
リーダーらしき人魚が、ドスの効いた声で客席を睨んだ。
「聞いてください。……新曲、『情念の荒波』」
♪〜(哀愁漂うイントロ)
「酒ェ〜えがァ〜ぁ……あ、あ、あ〜……!!」
ズドォォォォォン!!!
歌い出し一発。
その声量は、物理的な衝撃波となって会場を襲った。
コブシが回りすぎて、水面に激しい波紋(津波)が起きる。
「うおっ!? なんだこの重低音は!?」
「心臓に響く! というか、歌詞が重い!」
「男なんてェ〜……シャボン玉ァ〜……割れて消えるゥ〜運命ェ〜……ッ!!」
ヒュォォォォォ……。
会場の気温が、物理的に下がった。
そして、楽しげだった空気が一変する。
「……うっ、うぅ……。俺、なんでこんなところで遊んでるんだろう……。故郷の母ちゃんに会いたい……」
「……カレシに振られた傷が……うずく……」
「……酒だ。酒を持ってこい……」
客たちが次々と泣き崩れ、プールサイドに突っ伏した。
レオニダスでさえ、プロテインのシェイカーを握りしめて号泣している。
「うぉぉぉん! 筋肉がつかないよぉ! 俺の努力なんてシャボン玉だよぉ!」
これは「チャーム(魅了)」ではない。
「ソウル(魂の叫び)」だ。
あまりにも情念のこもった歌声が、客たちのトラウマや哀愁を強制的に引きずり出している!
「ちょ、ちょっと! ストップですわ! 雰囲気がお通夜ですわよ!」
私が止めに入ろうとすると、リーダーの人魚が私を見た。
その目には、数百年を生きた女の「業」が宿っていた。
「……アンタも苦労してるねぇ。……わかるよ、そのシワの数だけ、イイ女になったってことさ」
「誰がシワだらけですかッ!?」
しかし。
この状況を喜ぶ者たちがいた。
「……くぅぅ〜ッ! 染みる! 五臓六腑に染みるぞォ!」
ドワーフのガンテツたちが、涙を流しながらハイボールを煽っていた。
さらに、仕事終わりのガルドス(元騎士団長)や、スケさんたち従業員も聞き入っている。
「……いい歌だ。……俺の転落人生に、光が差したようだ……」
「……骨身に染みるッス……」
そして、驚くべきことに、魔王ヴァネスまでもが。
「……うっ、うぅ……。魔王業も辛いのじゃ……。中間管理職の悲哀なのじゃ……。おひねりを投げるのじゃァァァ!」
ヴァネスが金貨の袋をステージに投げつけた。
それを見た他の客(主に年配層や疲れた冒険者)も、次々と金を投げ始めた。
チャリン! チャリン! ドサッ!
「……あら?」
私は計算機を弾いた。
若者たちはドン引きして帰ってしまったが、代わりに「金離れの良い大人たち」が、酒とツマミを大量に注文している。
焼きイカ、冷奴、熱燗……。
プールサイドの売上が、爆上がりしている。
「田中さん! 作戦変更です!」
私は扇子を高らかに掲げた。
「ここは『ナイトプール』ではありません。『地下健康ランド・歌謡ショー』です! 今すぐ赤提灯を吊るしなさい!」
数時間後。
地下リゾートは、演歌と紫煙と焼きイカの匂いに包まれた、巨大な宴会場と化していた。
ステージでは、人魚たちが「兄弟船」を熱唱し、ドワーフたちが肩を組んで合唱している。
「……オーナー。これで良かったんですか?」
「ええ。見てください、この売上を」
私は、山積みになった金貨の山に腰掛けた。
プールとしての爽やかさはゼロだが、利益は過去最高だ。
「夏はやっぱり、演歌とビールですわね」
『……ベアトリス、おっさん化が進んでない?』
ダンくんの失礼なツッコミは、演歌の重低音にかき消された。
こうして、ダンジョン・シティの夜は、哀愁と熱狂の中で更けていくのだった。
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