第57話 カジノ・ロワイヤル。スライムレースとミミックの罠。
【場所:ダンジョン・シティ 中央娯楽施設「ラス・ベアトリス(仮)」】
【日時:6月上旬 プレオープン初日】
「……フォッフォッフォ。血が騒ぐのぅ」
煌びやかなシャンデリア(発光苔入りガラス)の下で、タキシードを着込んだゼノン爺さんが不敵に笑った。
その目は、普段の好々爺のものではなく、かつて世界を恐怖に陥れた「魔王」の目だった。
「準備は万端じゃ。ディーラーの教育も、イカサマ対策の魔法結界も完璧じゃよ」
「頼もしいですわね、ゼノン様。……で、本日の『回収目標額』は?」
「金貨100万枚じゃ」
「採用!」
私は即決した。
ここ、カジノ「ラス・ベアトリス」は、我がダンジョン・シティの最大の集金装置。
合法的に、客の財布を空っぽにして笑顔で帰す。それがコンセプトだ。
「オーナー。スロットマシンの調整、完了しました」
田中さんが、疲れた顔で報告に来た。
「全部、現代のパチンコの確率論(ボーダー理論)を魔導回路に組み込みました。……勝てそうで勝てない、絶妙なラインです」
「素晴らしい。田中さん、貴方は本当に『搾取』の才能がありますわね」
「褒め言葉として受け取っておきます……」
【第1種目:激走! スライムレース】
『さあ! 第1レースの出走です!』
実況席のスケさんが、マイクに向かって絶叫した。
中央の巨大トラックには、色とりどりのスライムたちがプルプルと震えている。
1枠:レッド・ホット・チリ(火属性)
2枠:アシッド・クイーン(強酸性)
3枠:メタル・スライム太郎(逃げ足最強)
……etc.
「わらわは1枠に全財産じゃー!」
VIP席で魔王ヴァネスが叫んだ。彼女はプレオープンの招待客だ。
「ふふふ。ヴァネス様、1枠は火属性。今日のトラックは『氷の床』ですわよ?」
「な、なにぃ!? 聞いてないぞ!」
パンッ!!(号砲)
ゲートが開いた瞬間、スライムたちが飛び出した。
ジュワァァァッ!!
1枠のレッド・スライムが、氷の床に触れた瞬間、蒸発して消えた。
「ギャァァァ! わらわの金貨が蒸気に!」
「ざまぁみろ! 俺は3枠のメタルだ!」
隣で見ていたガルドス(警備員兼サクラ)がガッツポーズをする。
しかし、メタルスライムはあまりの速さに――。
ヒュンッ!!
コースを逸脱し、観客席に飛び込んだ。
「逃げたァァァ! 経験値が逃げたぞォォ!」
「捕まえろ! 換金するんだ!」
会場は大混乱。
結局、地味に這い進んでいた「苔スライム(緑)」が優勝し、大穴(万馬券)となった。
「……計算通りですわ」
私は、誰も賭けていなかった苔スライムの配当金を懐に入れた。
これが胴元の特権だ。
【第2種目:ミミック・ロシアンルーレット】
続いてのコーナーは、ホール中央に設置された5つの宝箱。
その周りを、命知らずの冒険者たちが囲んでいる。
「ルールは簡単じゃ!」
ゼノン爺さんが、ステッキで宝箱を指した。
「5つのうち、1つは『純金』入り。……だが、4つは凶暴な『人喰いミミック』じゃ。さあ、手を入れて金を掴みたまえ!」
シンプルかつ最悪なゲームだ。
参加費は金貨10枚。成功すれば金貨100枚。失敗すれば……指(または腕)を失う。
もちろん、切断されても私が「有料ポーション」で治療するので、死ぬことはない。完璧なビジネスモデルだ。
「俺がやる! 俺の『盗賊の勘』を信じるぜ!」
一人の冒険者が名乗り出た。
彼は慎重に箱を見定め、一番右の箱に手を伸ばした。
ガブゥッ!!!
「ギャァァァァ! 噛まれたァァァ!」
一発アウト。
会場がどっと沸く。
「はい、治療費として金貨50枚いただきますわ〜」
「ぼったくりだ! ……でも治して!」
その時。
「……私にもやらせて」
ピノが、キノコジュースを片手に現れた。
「ピノ様? 貴女、従業員ですわよ?」
「……いいから。……小遣いが欲しい」
ピノは、迷いなく真ん中の箱に近づいた。
そして、箱に向かってボソッと呟いた。
「……噛んだら、全身に『水虫菌』を植え付ける」
カタカタカタッ!!
箱が激しく震えた。
ピノが手を入れると――ミミックは恐怖で口を大きく開け、自ら中の金を吐き出した。
「……ん。ゲット」
「脅迫ですわ! それゲームとして成立していませんわ!」
【メインイベント:魔王対決】
夜も更け、カジノの熱気は最高潮に達していた。
そして、ついにこの時が来た。
「……ゼノン。わらわの負け分、返してもらうぞ」
「フォッフォッフォ。返してほしくば、実力で奪い取るがよい」
ポーカーテーブルを挟んで、現魔王ヴァネスと、元魔王ゼノンが対峙した。
賭けるのは、ヴァネスの「魔王城の権利書」と、ゼノンの「隠し財産」。
「勝負は『ブラックジャック』じゃ」
「望むところじゃ!」
ディーラーはダンくん(アーム操作)。
カードが配られる。
「……ヒット(もう一枚)」
「……スタンド(勝負)」
張り詰めた空気。
ヴァネスがニヤリと笑った。
「ふふふ。わらわの魔眼には見えているぞ。次のカードは『ハートのA』……これで21(ブラックジャック)じゃ!」
「甘いのぅ、ひよっこ魔王よ」
ゼノンが指をパチンと鳴らした。
【幻影魔法:カード偽装】
「なっ!? いつの間に『ジョーカー』に!?」
「カジノでは、騙されるほうが悪いんじゃよ」
ドガァァァン!!
ヴァネスがテーブルを叩き割った。
「イカサマじゃ! 貴様、それでも魔族の誇りはあるのか!」
「誇りで飯は食えん! わしは今、オーナーに雇われた『カジノ支配人』なんじゃよ!」
元魔王と現魔王の魔力がぶつかり合い、カジノ内のスロットマシンが一斉に誤作動を起こし始めた。
ジャラジャラジャラジャラ!!
すべての台からコインが噴き出す。
「うわぁっ!? 大当たりだ!」
「金だ! 金の雨だ!」
客たちが狂喜乱舞してコインを拾い集める。
「あああぁっ!! 私の利益が! 田中さん! 結界を! レオニダス! 魔王たちを取り押さえなさい!」
結局、二人の魔王の喧嘩により、プレオープンの利益はすべて客に還元されてしまった。
閉店後。
コインのなくなった床で、私は放心していた。
「……赤字ですわ」
「……宣伝費だと思えば安いものですよ、オーナー」
田中さんが、壊れたテーブルを片付けながら慰めてくれる。
「客たちは大満足で帰りました。『あのカジノは本当に出るぞ!』と噂になれば、明日はもっと客が来ます」
「……そうですわね。損して得取れ、ですわ」
私は立ち上がり、服の埃を払った。
カジノは大盛況(物理的な意味でも爆発的)だった。
しかし、街にはまだ足りないものがある。
「田中さん。客が増えれば、必要になるものがありますわね?」
「はい。……食料と、日用品の大量生産です」
「ええ。手作業では限界があります。……そろそろ、『産業革命』を起こす時ですわ」
私は、以前応募があった「あの履歴書」を取り出した。
王都を追われた、魔女たちの集団。
彼女たちの魔法を動力源にした、全自動工場の建設。
ダンジョン・シティは、カジノのネオンの次は、工場の煤煙に包まれることになる。
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